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惨めさの原因を理解する

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<人生で親しい人と別れたあと、いつもしばらくの間、とても惨めに感じます。そのあとすぐ私は自分を笑ってしまい、自由が戻ってきたのを感じ、私がやっていたことはすべて、自分を愛するのをやめることだったとわかります。ほとんどの人の苦しみのもとにはこれがあるのですか? それとも私だけの体験ですか?>


 それはあなただけの体験ではない。それはほとんどの人の苦しみの根底にあるものだ--しかし、あなたが思っているような意味ではない。あなたが惨めになったのは、あなたが自分を愛するのを止めたからではない。それはあなたが本当は存在しない自我を作り上げているからだ。それで、時々、この偽の自分は人を愛するときに苦しむのだ。なぜならば、愛は現実ではないものをベースとしてはなりたたないからだ。しかも、それは一方だけではない。二つの偽の人間が互いに相手を愛そうとする・・・遅かれ早かれ、この組み合わせ失敗するだろう。この組み合わせが失敗すると、あなたは自分自身に立ちかえる---他に行く場所がないからだ。そこで、あなたは「私は自分のことを愛するのを忘れていた」と思うのだ。

~OSHO JOYより

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至福はあなたの最も奥深いところにある本質なのだ

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 至福はあなたが発明するものではなく、発見するものだ。至福はあなたの最も奥深いところにある本質なのだ。それはまさに最初からそこにあるのに、あなたがそれに目を向けていなかっただけだ。当たり前だと思いこんでいたのだ。あなたは自分の内を見ようとしない。
 これこそが人間の唯一の不幸だだ。つまり、人は外ばかり見て探し求めているということだ。そして、外には見つけることができない。そこにはないからだ。
 ある日暮れどき、有名なスーフィー(イスラムの神秘家)であるラビヤは彼女の小さな家の前の通りに出て、何かを探していた。太陽はもう沈みかけていた。ゆっくりと、ゆっくりと暗闇が迫ってきていた。二、三人の人がそこにやってきた。彼らは彼女に尋ねた。「あなたは何をしているのですか? 何を失くされたのですか? 何を探しているのですか?」
 彼女は言った。「針を失くしてしまったのです」
 人々は言った。「もう日が暮れます。針を探すのはとてもむつかしいでしょう。でもお手伝いしましょう。どこに落としたのですか? 道路は広いし、針は本当に小さなものです。どこに落としたのか場所さえわかれば、見つけやすくなります」
 ラビヤは言った。「その質問はなさらないほうがいいです--実は針は道路に落としたのではないのです。私の家の中で落としたのです」
 人々は笑い始めた。そして、言った。「私たちはいつもあなたを少しおかしな人だと思っていたのですよ! もし針を家の中で失くしたのなら、どうして道路で探しているのですか?」
 ラビヤは言った。「とても簡単で合理的な理由があります。家の中には明かりがありません。でも家の外なら、まだ明かりが少し残っていますから」
 人々は大笑いし、そこから立ち去り始めた。ラビヤは彼らを呼び止めて言った。「待ってください! これこそがあなた方がやっていることです。私はあなた方のまねをしただけです。あなた方は至福を探すとき、外ばかりを探していて、最初の、一番大切な質問、『それをどこで失くしたのか?』をしていません。私はあなたに教えましょう。あなたはご自分の中でそれを失くされたのです。あなた方はそれを自分の外側で探しているのです。あなたの感覚が外に--もう少し明るいところに向かって開いているという単純で合理的な理由からです。あなたの目は外を見ています。あなたの耳は外側の音を聞きます。あなたの手は外側に伸びます。あなたが外側を探す理由はそれなのです。そうでなかったとしたら、あなたがそこでなくしてしまうことはなかったことでしょう--これは私が自身を持って言えることです。私も何回も何回も繰り返した生では外側を探していました。そして自分の中を見たその日、本当に驚きました。探求する必要はなかったのです。それはずっと自分の中にあったのです」
 
 至福はあなたの最深部の中心なのだ。快楽は人に乞いねがわなくてはならない。当然のことだが、あなたは依存するようになる。至福はあなたをマスターにする。至福は起こるものではない。それはすでにそこにあるものなのだ。
~OSHO JOYより
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見失ってしまったそこにある幸せ

釣り2

 私たちは気をそらされて、不自然なことに夢中になっている。お金、名声、権力にだ。小鳥の歌を聴いたとしてもあなたにお金が入るわけではない。小鳥の歌を聴いたとしてもあなたに権力や名声が入るわけでもない。蝶を観察したとしても、あなたが経済的に、政治的に、社会的に助かるわけではない。こうしたことは利益には結びつかない--しかし、これらのことはあなたを幸せにする。

 本物の人間は自分を幸せにしてくれるものと一緒にいる勇気を持っている。たとえ彼が貧乏のままだとしても、彼は貧乏のままでいる。彼はそれに何の不満もなく、彼は何の恨みも持っていない。彼は言う。「私は自分の道を選んだのだ。--私は鳥を、蝶を花を選んだのだ。私はお金持ちにはなれない。それでOKだ!私は幸せだから豊かだ」しかし、人間は倒錯してしまった。
 私は次の話を読んでいた。
 
 テッドおじさんはもう何時間も、川ぶちでつりざおを持って座っていたが、一向に引きがなかった。ビールを何本か開けて飲んだのと、暑い太陽の日差しのために、彼はうつらうつらしていた。元気の良い魚がかかって、糸を引っ張り、彼を目覚めさせたとき、彼は全くその用意ができていなかった。彼はバランスを完全に失って、目が覚める前に、川の中に落ちてしまった。
 一人の人間が興味を持ってその一部始終を見ていた。その男が、やっとのことで水から這い上がったとき、少年は父親に向かって聞いた。「お父さん、あの男の人は魚を釣っているの?それとも、魚があの人を釣ったの?」
 
 人間は完全に本末転倒している。魚があなたを釣って、引っ張り込んでいる。あなたが魚を釣っているのではない。あなたはお金をどこかで見つけると、もはや自分自身ではいられない。どこであれ、あなたが権力や名声を求めるとき、あなたはもはや自分自身ではない。あなたはすぐに何もかも忘れてしまう--あなたはあなたの生に本来備わっている価値、あなたの幸せ、あなたの喜び、あなたの歓喜をわすれてしまう。あなたは常に外側にある何かを選択し、それを内側にあるものと交換してしまう。あなたは外側に何かを得、内側のものを失う。
 しかし、あなたは何をしようとしているのかね? たとえあなたが足元に世界全体を獲得したとしても、自分自身を失ってしまったとしたら、たとえあなたが世界のすべての財産を征服したとしても、自分の中にある宝物を失ってしまったとしたら、あなたはあなたの得た財産をどうしようというのかね? これは悲惨だ。
 
~ Joy 喜び OSHO 角川書店 より
 
 
 
 この様になってしまうのは、まず私たちが「幸せになる条件」を探ろうとし、これだと思うものを決めてしまうからだ。
 これが決まってしまうと、その後、彼は現実を、社会を、ありのままに見ることを捨ててしまう。ありのままに見る能力を失ってしまうのだ。
 彼らが見るものは、「幸せになる条件」と決めてしまったことに囚われ、それ以外にも見えている「あるがまま」は、知覚上も認識上も、もはや有象無象の自分には関係ないものとしてしか映らなくなる。
 
 そうやって、あなたは幸せな時間や、味わう気になれば十分堪能できるはずの出来事を自らのがしてしまう。それらは、もはやあなたの目標からすれば、邪魔者でしかなくなっているのだ。
 
 あなたは幸せな時間を堪能し、ゆっくり過ごしたいと思ってはいるが、それはあなたの作り上げた「幸せになる条件」を達成するまでは、やって来ないし、来るはずもなく、来るべきでないものだと思っている。
 だからあなたは、そこにあるものを「あるがまま」に見ようとする能力を放棄し、来ない来ないと言いながら、幸せを見逃し続けるのだ。
 
「〇〇はこれの後でやってくるものだ!」「これを達成するまでは幸せにはなれない(なってはいけない)」という思い込みが、「幸せになる条件」という足かせが、あなたを本末転倒に陥らせてしまった。

もう一度、信念を捨て、こだわりを捨て、もう一度「あるがまま」を見直してみよう。

あなたが決めつけてしまった、不幸な状況や出来事、時間をもう一度見直してみよう。
あなたが決めつけてしまった、幸せなゴールやそのときこそ自分には資格が得られると思っている条件という足かせを捨ててしまうのだ。

そうすれば、いままでのあなたが、これは悲しむべきときだ、怒りを感じるときだ、と条件反射で決めつけていた時間も、同時に宝物もそこに存在していたことに気づくだろう。

あなたは、実は、そのことにもうすうす気づいていたのだから。
 
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人はわがままなもの

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前回の「発想を変えてみよう」から「他人はわがままなものだと受け入れてみる。」ということを取り上げてみましょう。

 

人はわがままなものであるのは、人間性というものがそのようにできているということです。

「わがまま」という表現に抵抗があれば、「人はだれでも自己関心に基づいて反応し行動する」と言い換えてもいいでしょう。

 

このことは、逆の方向から考えたほうがわかりやすいかもしれません。

私たちは、結果的にこれとは逆の常識を持ちやすくなっています。

 

例えば黄金律と呼ばれるイエスの言葉があります。

「何事も人からしてほしいと望むことは,人にもそのとおりにせよ」

 

まさにそのとおりだと思います。

この言葉自体には問題はありません。

しかし、「自分が期待することを相手にしてあげなさい」と信じて頑張りだすうちに、私たちはそれを相手にも期待するようになっていきます。(心理学で言うところの投射が働く)

 

つまり、私の目の前にいるこの人も、「私が期待することをしてくれるべきだ」と考えてしまうのです。

はっきり期待することを言葉で頼むか、ただ自分の期待をにおわせるか、方法はわかりませんが、それで相手が私の期待に答えてくれること望んでしまうのです。

 

もしそれがかなわないと、「私は普段から相手の期待に答えようと努力している。なのにこの人はどうして私の期待には答えてくれないのか?なんて恩知らずな人なの!」と思ってしまうのです。

この誤解と困惑が、人間関係のもっとも多くみられる悩みの一つです。

 

そこには投射によって生じた飛躍があります。

私が黄金率に従うことはかまいません。

しかしその後、相手も同じことを思っているはずだそうあるべきであるそうでない人は間違っている、というように飛躍させてはならないのです。

 

そこでもとに戻って「他人はわがままなものだと受け入れてみる」ことからスタートしたらどうなるでしょう。

 

相手が自分の期待に答えてくれなくても、その人の自己関心に基づいて行動しているのだから、そういうこともあるだろうと思うことが出来ます。

 

そして、私たちは、相手によっては、素直にその考えを採用することもあるのです。

 

ところが、私たちが間違えてしまい混乱する原因は、相手によって黄金率を期待したり、しなかったりすることから生じるのです。

 

つまり、いったん自分が頼りにしたい親しい人だと思ってしまうと、いつでも黄金率を期待し、それがかなわないと不満を持ってしまう。それが見知らぬ人であれば、本来の期待できない人間性を見ても平気でいられる。

こんな使い分けを無意識にしてしまうのです。

 

間違いの原因は、「この人は期待できる人か、出来ない人か?」という判断を最初に持ってきてしまうところにあるのです。

 

ですから、そうではなく「相手が誰であろうと、人は自己関心に基づいて行動するもの」であると最初から思っておけばいいのです。

 

「人はわがままなもの」であることを受け入れると、もうひとつおまけとして、自分自身にも過剰な期待を抱かなくなります。

 

たとえば「私は、あの時あの人に、こうしてあげるべきだったのに・・・」と思いつめてしまうことがなくなります。

これもまた人間関係の悩みの典型的なものです。

先ほどとは逆に、過剰な期待が内側に向けられた時の悩みなのです。

 

どちらの方向に向かうにせよ、現実離れした期待を持ってしまうことが、自分を悩ませることになります。

最初から、ありのままの人間性をとらえておくこと、それが「人はわがままなもの」という認識なのです。

 


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発想を変えてみよう~人生は不可解

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 私たちが不満を感じる原因は、「これが正しい」と信じていることと、現実の間に食い違いがあるからです。

それを、現実の方が変わるべきだと頑張り続ければ、不満やストレスがどんどん溜まってきます。

 

逆の発想をしてみましょう。

現実は変わらないし、私一人では変えられない。でも私が変わることならすぐにでもできる。

私の方が変わることを、妥協だとか私の負けだと思わないこと。そのように主張しているのもまた私のエゴなのです。

真剣に生きることは大切ですが、それと、がむしゃらに一つにこだわることとはイコールではないのです。懸命に生きるだけでなく、賢明に生きる事も考えましょう。

 

これらを踏まえて、こんな発想はありえないと、今まで信じていたことをチェックしてみましょう。

 

大好物を目の前にして、食べたいけれど「これを食べてなくなってしまった後どうしようか」と考えていたのでは、それを思い切り楽しむことは出来ません。

ものごとは過ぎ去っていくもの、嫌なことも、楽しいことも過ぎ去るから生きていけるのです。

楽しいことだけずっとそこにいてと、執着しないことです。

 

執着するから、失うことへの恐怖が生じるのです。

 

不可能なことを手放しましょう。

たとえば、他人からの賞賛や承認を常に受け取っていたいと思うこと。

その欲求をなくてはならないものだと思い続けることです。

 

外界をあなたの思うとおりに変えることはできません。

あなたにできるのは自分を変えることだけ。

あなたの内面があなたの目の前に現れる外界を変化させることはあっても、外界を先に変えてしまおうとするのは順序が違うのです。

 

「人生は不公平なもの」だと受け入れてみる。

毎日それを見せられているのではないですか?

それを否定するのは、「不公平であってはならない」というあなたの信念が言わせているのです。

あなたのパイの方が5mm小さいと大げさにわめかないこと。大したことではないし、そんなことで神経をすり減らすことの方が、よほど馬鹿げているのです。

 

「他人はわがままなもの」だと受け入れてみる。

事実そうなのですから。

人は自分のやり方でやりたいし、いつでも、そうするものであることを受け入れるのです。

たまたま、あなたの思いと一致する時、それは素晴らしい。

しかしそうでなくても、いけない理由はない。あなたがそれを拒否しない限り。

笑って、その見事なわがままさを表彰してあげましょう。

 

予想しても仕方がありません。

あなたの今までの生き方の範囲を超えた予想は出来ないからです。

無駄なことはやめて、起きることを楽しんでみましょう。

 

欲求不満を繰り返すとわかっているような、不可能なことへの挑戦をやめてしまいましょう。

それは理不尽だと考えてムキになっているだけです。

「それはそういうものなのだ」と受け入れるだけで、もうそれは終わりにしましょう。

無駄な時間を費やさないことです。他にももっと楽しいことが、やりきれないほどあなたを待っています。

 

納得がいかない、復讐しないといられないからと言って、恨みを持ち続ければ、相手よりも自分が先に倒れてしまうでしょう。「人を呪わば穴2つ」

「倍返し」はドラマだけにしておきましょう。まさか現実と混同していないでしょうね?

あれはハッピーエンドが用意された脚本です。

 

私は人を裏切ってはならないが、私を裏切った人は許してしまわないとならない。

私は借りたものを確実に返すべきだが、返さない相手には目をつむってそれを許さなければならない。

理由は上に同じ。

なんと不平等なきまりなんだ!これを受け入れろだって?理不尽極まりない。

しかし、それを受け入れた人だけが、いつも平和に楽しく生きられるのです。

誰のせいでもないと思える人には、責任をとるべき人も、恨みを抱く人も最初から存在しません。

トータルな視点で損得を考えましょう。

 

許すことは、優しさの表れだくらいに思っていませんか?

そんなに甘いものではありません。

いつまでも不満を言う自分を断ち切る克己心や、やると決めたことを徹底してに遂行する持続力も必要になる。成熟した人間にだけできる大事業なのです。

しかし、やる価値は十分すぎるほどあります。

 

駆け引きをやめましょう。

あなたは自分から無条件に愛することをしないで、人からは愛を求める。

君が条件を満たしてくれたら、私も返してあげる。

私が人気者になれたら、その時は、私もさびしい人を気に掛けてあげるのに。

まずは、私に注目して!

 

まさに、駆け引きをやっている。

当然世界は、駆け引きの世界にしか見えない。

 

「あの人は私のことなんか気に掛けてくれません!」

そう見えるのは当然です。

だって、あなた自身が、

相手のことを駆け引きなしで見てあげていないんだから

 

駆け引きのプロ、詐欺師でも、時には魔が差して気を許してしまう。

そして、「たいへんだ、気を許すなんて。プロに徹しなければ」

気を許してはダメよ。私が先に愛したりしたら、ここぞとばかり相手はそれを利用してくるだけなんだから。

あなたは駆け引きの世界にはまりすぎている。

相手を試すようなことをしないこと。

他人の注目を数えようとしないこと。

 

なんという不平等なきまりだ!

もし相手が私に借りがあるのに忘れて返さない時は、私の方も忘れることにする。

もし私が相手に借りがあるときは、忘れずに完済すること。



 


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