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かけがえのない存在

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『あなたは、あなたであるだけで存在価値がある。』

このような言葉を聞かれたことがあるかも知れません。

しかし、それが正しいかどうかを証明することは難しいでしょう。
おそらく誰かがそれを証明してくれることはないでしょう。

それよりも、もっと現実的な意味を持つのは、あなたがそれを自分で納得できるかどうかではないでしょうか。

自分でそれを心から信じられたら、感じながら生きられたら、素晴らしいことだと思わないでしょうか?

先に進むその前にこんな話題から、
やがて蚊に悩まされる季節がやってきます。
この小さな虫、外を飛んでいて雨に打たれたらどうなるのでしょう。

考えたことはありますか?

雨粒とは言っても、蚊のような小さな個体、きわめて質量の小さいものにとっては、とんでもない重量を持っている存在です。

人間の場合でいえば、自動車の下敷きになってしまうようなものです。
そんな衝撃を受けて、どうやって生き延びているのでしょうか?

実は最近までこのような仕組みは、充分に科学で説明出来ていなかったようです。

ごく簡単に言えば、『雨粒の質量に対して、昆虫の質量が極度に小さいこと』が、小さな虫が雨粒に潰されてしまわない理由だということです。

つまり、質量の小さな蚊は、雨に打たれても逆らわずに雨粒と一緒に落下します。
これによって、雨粒が蚊に与える衝撃がきわめてゼロに近くなるのです。

雨を跳ね返すほどの重量を持たない生き物だから、平気でいられるのです。

ところで、こんなことくらい科学は説明出来ていると思っていなかったでしょうか。

もちろん正当な科学者なら、わかってもいないことを偽造したりはしません。
正直なところ、ごく簡単なことでも、分かっていないことは多いのです。

話を進めましょう。

蚊はなぜ自分が雨に当たっても平気でいられるのか、知っているわけではありません。
また人間はこういったことについて説明がそれに追いついているかどうか、怪しいものです。

しかし、現に蚊は生きています。平気で活動できるのです。

いま、ここで存在できていることは、様々な説明など出来ていない奇跡の塊なのです。

いま現に存在できるのは、それに叶う条件を持ち合わせたからでしょう。
それに適合できたものだけが、今ここで存在しているわけです。

しかし、その条件が何であったのか、何と何が必要だったのか、そんなことはわかりようがありません。
その意味で、いま存在できていること自体、奇跡の集まりなのです。

飛躍しているように聞こえますか?

科学や人間の知識が多くのことを解明するかも知れません。
しかし、その「多く」という言葉が、全体のどれだけを締めているかは、いつまでもわからないままでしょう。

なぜなら、わかっていないことがどれだけあるかは、わかっていないのだから知りようがないのです。

「世界は、ほとんどわからないことで成り立っている」と信じるのと、
「科学はやがてほとんどのことを解明するだろう」と信じることと、
両者は同じ先ほどの理由から、正しいかどうか証明しようがありません。

わからないことがどれだけあるのか、それはわからないことだから知りようがないのです。

そして、科学が説明出来ていないのと同じように、あなたもあなた自身のことをわかってはいません。
あなたが説明出来ない、あなたが知りもしないことで、あなた自身は出来上がっていると信じた方が当たっているでしょう。

「自分のことはわかっている」と思うことの無謀さ、尊大さを認識できるほど、あなたは自分の中にある奇跡を信じられるようになり、あなた自身もそしてまわりの人も、もっと大切に扱おうと思うようになるでしょう。

話を本題に戻しましょう。

「世界は、ほとんどわからないことで成り立っている」という前提を信じるなら、そして、そう信じる方がずっと理にかなっていると私は思いますが、私たちのユニークさは奇跡の集まりです。

説明のつかないことだらけだけれど、それでもひとつひとつが意味あって存在しているのです。

ですから、説明出来ることだけで生きようと思うことには、疑問を呈しましょう。

あるいは、私はすべて自分でわかって行動していると信じ込むことに、待ったをかけてみましょう。

これはごく現実的な話をしています。

あなたが、自分とはこういう人間だと説明し、それに沿ってだけ生きようとすることが、あなたにどれほど無理を強いているのかを知ろうと思うことです。

あなたは、簡単に「自分はこういう人間だから」といって自分を説明し、それに沿った行動をしていると信じ込んでいますが、それは自分の中のほんの一部に過ぎません。

説明出来ないこと、あるいはその存在すらわかっていない原理で、自分では知らずに動かされています。

過去を振り返ってみれば、その時その時で、自分はこういう人間だ、これから先もその延長で生きているだろうと考えていたでしょう。

しかし、それはどれだけ一貫していたでしょうか。

いやわたしは、過去も未来も一貫していると言いきる人もいるでしょう。
しかし、その一貫性の指すものにもよりますが、その人はかなり自分を縛り付けて生きているはずです。

普通は、これこそが自分の望みだと信じていたものは、時と共に移り変わるものです。

テレビやマスコミで知られるようになった著名人は有名税を払わなければなりません。

自分が有名になりたいと思って、自分の一面を売り出し、それがヒットして有名になれることもあるでしょう。

しかし、そのある一面だけがその人であると世間から見られ続けることは、その当人にとって、やがて苦痛に変わってきます。

それ以外の自分を犠牲にしてきたことが、だんだん自分をいじめるようになるのです。
有名になればなるほど、その負担は増してきて、最後は悲惨な結末を迎えることも少なくないでしょう。

「私はこういう人間です」それだけで生きていくことは、無謀な賭けです。
長続きしませんし、自分を安売りしているようなものです。

自分自身にも知られていない自分が集まっている。

そんな中の一部だけ知っている自分が、今知っている自分であるだけなのです。

今自分が現にやっていることですら、その本当の意味はよくわかっていないのです。

しかし、それだからこそ、
『あなたは、あなたであるだけで存在価値がある。』
という言葉が生きてくるのです。

無理やり信じ込まなくても、わかっていない自分が、自らその存在を表現し続けています。

意識してやっていることなど、表面的なことだけなのです。

その自然の流れを滞らせないことです。

そのためには、頭で説明できることばかりに頼らないことです。
むしろ、なぜかはわからないけれど、本心からこうしたいと思うことに従うことです。
そして一方で「~すべき」だからと無理やりやっていることから解放され続ける必要があります。
その両者を見分ける自分を育てていきましょう。

なぜか説明出来ないけれど、これは大切にしたいと思うことにもっと市民権を与えるのです。

それはわがままではありません。
わがままとは、無理な締め付けの反動で起きる不自然な行動なのです。

自然で、本心から大切だと感じることは、社会の常識とあっていようと、ずれていようと大事なのです。
社会の常識など、時間と共に変わるあてにならないものです。

こんな奇妙で、役に立たないこと考えてはいけないと思っていることはありませんか?

それこそが、あなたがあなたであるだけで価値を持たせているものかも知れません。

あなたが社会の常識から外れているという理由で、考えることをやめてしまったタブーがあなたを蘇らせるかも知れないのです。

ただし、他の人に自分を説明するときには最低限の説明が必要でしょう。
ですから、むやみに自分を限定するような説明を安売りしないことです。

一つの説明が、あなたをそれに沿って限定することになるからです。
最初は単なる説明のための説明だとおもっていても、やがてあなた自身が信じて、あなたを規定してしまう束縛になるかも知れません。

あなたは一つの言葉で説明出来るほど、単純でも一貫してもいない筈です。
一瞬一瞬、矛盾する自分が登場してくるかも知れません。
ある程度のモデル化は行っても、いつでもそのモデルを壊せる勇気を持つことです。


あなたが自分の存在の価値を無理しないで信じられるには、あなたの存在がきわめて貴重な奇跡で成り立っていることを信じるようになることです。

自分で説明出来ている自分など、表面的なことに過ぎないこと、その裏に拡がる大きな知らない自分の存在を認めることです。

それは、あなたが意識しようがしまいが、それがあるから今の自分が存在できているもとになるものだからです。

人に説明出来る様な自分などたかが知れています。

そんなものをあてにして生きるから、すぐに矛盾する自分と問題に出くわして行き詰まってしまうのです。

『あなたは、あなたであるだけで存在価値がある』ことを信じられるようになるには、あなたが知っている自分を一度リセットしてみることです。

「自分とはこういう人間だ」と説明づけて、それで安心していたいと思うのをやめてみることです。

いままで身につけたものも、ようやく手に入れたのにと言ってしがみつくのをやめてみることです。

一時的に失ったように思えても、それは想像しないくらい大きなものになって自分に帰ってきます。

なにかにしがみついていれば、それによって制限された範囲でしか、あなたは生きられません。
それでは、存在自体の価値などわかりようがないのです。


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