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客観視できる自分

ひとは誰でも自分の欠点や弱点を認めたくはないものです。

自分の欠点を認めることは、自分を否定し非難することにつながるからです。
自分の一部を間違っていると認めることは、自分の存在を脅かす脅威と感じられるわけです。

ですからこのような認めたくないという反応自体は、正常な反応であるとも言えます。

しかし、一旦自分の欠点や弱点を、自分自身で認め受け入れられた時、ひとは一回り大きく成長した自分になれると言うことも確かです。

現在の自分を否定することが到底出来ないと思ってしまうのは、それを認めた後の自分を受け入れるものがないと感じてしまうからです。

しかし、子供にはなかなか出来ない、自分を客観視する自分というものも、大人になるにつれて育ってくるものです。

そしてそれが出来るようになるには、自分の欠点を認め、それでも自分を受け入れるだけの揺らがない強固な自分というものを持っている必要があります。

そのような自分が存在する時、ひとは自分の欠点も客観的に見ることが出来るし、欠点があるからと言って自分を否定してもう終わりだと思わなくてもよくなります。

欠点は欠点として認めて、反省するにしても、それで自分がへこたれてしまうことはないのです。

また欠点を認められると言うことは、自分自身で奥にしまい込んで、ひた隠しにしてきた感情を呼び覚ますことにもつながります。

たとえば先日の共依存の親子関係では、表面的には自己愛を満たすことの出来る関係であるため、なかなか自分の本当の感情に気づけない場合があるでしょう。

メンタル


実は、子どもは親に対して「怒り」を感じているのかも知れません。

しかし、共依存にある子どもにとっては、親に対して怒りを感じることなど、とても考えられないことだと感じている可能性があります。

本人は自分が親に対して怒りを感じていることなどあり得ないと思っています。

ですが、怒りの感情が認識されないままでは、子どもはいつも表面的には平和な関係にもかかわらず、何かやり切れない気持ちを抱くでしょう。

訳のわからないイラダチは、ときおりどこかで爆発して行動に表れるわけです。
それでも、怒りを感じている気づきは、なかなか得られないままかも知れません。

自分の怒りの発見は、何かのきっかけで起こるかも知れません。

たとえば親と離れて住むことになったり、自分の周りの人間関係に変化が生じた時です。これ以上、訳もなく外に怒りを向けることが出来なくなり、自分の内面の怒りの存在を認めるしかなくなったという様な場合です。

自分が実は怒りを感じていたのだと発見できたとき、そこにはすでに自分を客観視出来る自分が存在していることになります。

今まで自分が感じていたものが何かわからなかった状態から、それが親に対する怒りであったことに気づけるのです。

欠点を持った自分から離れて、それを客観的に見られる自分を持つことが出来たと言うことです。

そして、怒りを感じる自分でも、別にOKであり、それが自分の存在を脅かすものではないと信じられるようになったとき、ひとは自分の感情に対する束縛から飛躍的に解放されることが出来ます。

怒りの感情を認められたと言うことは、それまで認められず隠されていた他の感情についても、同じように認められる自分というものが育ってくるからです。

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No title

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No title

時々自分の怒りがコントロールできなくなるときがあります。
ちょっとしたきっかけで…。
怒った後に反省できる自分はいるんですけど。
自分の余裕が無くなると駄目ですね・・・。

Re: No title

> 時々自分の怒りがコントロールできなくなるときがあります。
> ちょっとしたきっかけで…。
> 怒った後に反省できる自分はいるんですけど。
> 自分の余裕が無くなると駄目ですね・・・。

瞬間的な怒りの反応というのは、なかなかコントロールできないですね。
しかし怒りを感じている自分を自分で認められないという場合はもっと
問題が深くなるようです。

共依存する彼女を自分をどうにか出来るのは自分だけだよと教えてあげたいです。外側の事だけどもと言うけども、その意味も感じてわかっていません。
うーむ貴方の様に丁寧に諭せればよいのですが…外側の事に惑わされるのはハートが比較を持ち尚且、正常ではない精神状態ではないかな?とおもわれます。はぁー(´Д`)ほんとに疲れますね。人間ただでさえ通りすがりの人をよく覚えていないのに、外側からの情報をいとも簡単には理解できないはずです。
つまり、外側には事実が沢山転がってはいますが、(わたし)はよく見ているとは限りません。確かなものは自分の中にですね。はぁーそれにしてもこれから結婚しようと決めた相手がこれだと先が思いやられます。何かアイデアはないのでしょうか?

Re: タイトルなし

> 共依存する彼女を自分をどうにか出来るのは自分だけだよと教えてあげたいです。外側の事だけどもと言うけども、その意味も感じてわかっていません。
> うーむ貴方の様に丁寧に諭せればよいのですが…外側の事に惑わされるのはハートが比較を持ち尚且、正常ではない精神状態ではないかな?とおもわれます。はぁー(´Д`)ほんとに疲れますね。人間ただでさえ通りすがりの人をよく覚えていないのに、外側からの情報をいとも簡単には理解できないはずです。
> つまり、外側には事実が沢山転がってはいますが、(わたし)はよく見ているとは限りません。確かなものは自分の中にですね。はぁーそれにしてもこれから結婚しようと決めた相手がこれだと先が思いやられます。何かアイデアはないのでしょうか?

日本の文化自体が共依存を容認する部分が含まれています。
いきなりスパッと切り捨てるのはまず難しいでしょう。
頭だけで理解しようと思ってもうまくいきません。
自分の責任で決定するということを徐々に増やしていくことが必要です。
それには、お互いが逆戻りするのを助けないようにしなければなりません。
自分が自分の決定に全面的に責任を持つには、相手にも相手の自由を認められなければなりません。
それでOKと相手に教えること自体が、相手の判断をこちらが横取りすることになるという、
非常に難しいことがからんできます。

片方が自立した分相手も歩調を合わせるということを繰り返して、
逆戻りしない関係を作って行くしかないでしょうね。
相手がいての関係なので、片方だけが変わってもバランスがとれません。
理屈がわかっただけではだめで、実際に具体的に体感することを
積み上げていくしかないのがもどかしいところですが、ある程度まで進まないと
一気にわかったというような進歩は難しいでしょうね。

まさしくその通りで、自分が発言する言葉、その時々の心、行動が自由な選択を得ているにも関わらず、自己の責任を放棄し他者のいうことを信じてしまっている依存状態にあることを認めていないし、気づいておりません。何おいても常に軸がないので、毎回、直ぐに不安が訪れてしまうみたいです。占い師に直ぐに相談を持ちかけるみたいで、それで安心を得ているようです(´Д`)(ちょっと呆れ笑)タオ以前の問題で、自分で生きるということを放棄しています。一歩間違うとどこかに入信しそうな勢いがあります笑
また占い師というどうでもいい連中もどうにかならないものでしょうか?彼女を通して世の中の闇も見えてきます。はぁー共依存か…これは酷い(´Д`)返答ありがとうございます。バランスを大事にしながらというか、地雷を踏まないように、少しずつ懐柔していこうかなと思いました。根気のいる作業ではありますが、今、彼女に気づかさないでいつ気づかせる?と自問自答する私でした
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