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裁く人ではなく見守る人に

自分のことを振り返ったとき、どのように感じますか?

なにかと自分の欠点が目に入って来るでしょうか?
それともただそういう人間だからと笑って受け入れているでしょうか?

とは言っても、ずっとどちらか一方という人は少ないでしょう。

その時の状況によって、欠点が気になったり、思い出して憂鬱を感じたり、不安になったりすることもあれば、こういう自分も好きだよと思えるときもあるでしょう。

それはバランスの問題ですが、自己批判の傾向が強すぎると、いつも自分に不満を感じて、なにかと別の自分に変わりたいと、せき立てられているように感じるかも知れません。

そうなると「今のままではダメ」という思いが、いつも付きまとうので、何もかも忘れてゆったりするということが出来ません。

そして、ひとりで自分自身と向き合っていると居心地がよくないと感じる人は、その不安を隠すために他の人とのつながりを求めるようになります。

人と話をして、不安をごまかせている間はいいのですが、そのうち自分の中の不安が表面に表れてきます。

そして問題なのは、自分自身の不安なのに、そうなってしまうのを相手のせいにしてしまうということをやりがちなのです。
他人のせいで自分が居心地が悪いと思ってしまいます。


実は自分を評価したり、批判したりすることなど必要ありません。
必要なのは、いまの自分をそのまま受け入れることだけです。

批判的に自分を見る傾向があると、そこでは「裁く自分」と「見張られている自分」が存在することになります。

自分の中に、そのような駆け引きを必要とする関係があったのでは、いつも間違いをしでかさないかをチェックしながら生きていくことになります。

この対立関係が自分の中での葛藤を引き起こす原因なのです。

自分を2つの自分に分裂しないことです。

ただそのままの自分でいればいいと思えるとき、何も考えずに自然に自分を動かすことが出来ます。
その時はじめて、自分の感じたことがそのまま自分だと思えるのです。

そこには、裁く人も、許可する人も必要ないのです。

面白いことに、自分ひとりではこの「裁く人」を断ち切れない人が、誰かと一緒だとゆったり出来るといった場合もあります。

それは、自分ひとりでは許せないことを、その人が「大丈夫やっていいよ」と言ってくれる気になれるからでしょう。

ですが、それでは誰かに依存した生き方から抜け出せません。

自分で自分を許す人になり、さらには裁くこと自体がもう必要ないと思えるまで、自分を受け入れる人になることです。

それは、独善家になるということではありません。

独善家というのは、名前の通り善悪の裁きを常に持っていて、自分の考えと違う人を裁こうとしている人です。

実はそのままの自分でOKだと言えることは、特別なことでも何でもなくごく当たり前のことであるはずです。

自然界を見て下さい、自分で芽を出していいか自信を持てない種などありません。
蔓を伸ばしていいですかと許可を求めたり、今日も咲いていいですかと尋ねる朝顔など見たことがないでしょう。

ですから、不安を感じるのは、何か余計なものを自分で背負ってしまっただけだと思って、いずれそれは消えてなくなると信じればいいのです。

風船


自分でそうなると思えば、そうなります。

それが出来ないのは、相変わらず自分の邪魔をする自分を大事に持っていようとするからです。
嘘みたいですが、自分を痛めつける原因を自分から手放さないようにしてしまうのです。
そんなのどう考えても不自然なことじゃないですか?

どちらを信じるかと考えていたのでは、いつまでも騙され続けます。
裁く自分は巧妙にあなたを信じさせようとするからです。

「これだけは許せない」なんて思っていませんか?
いったいどれだけ「これだけ」を作ってきたでしょうか。

ただ「もういらない」といって手放して振り返らないこと。
手を放してしまった風船のように、飛んで行ってしまうのをただ見送ればいいのです。


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自分から

実は自分を評価したり、批判したりすることなど必要ありません。
必要なのは、いまの自分をそのまま受け入れることだけです


同感いたします。これがすんなりできれば、他人に対しても、
評価・批判せずに、すべてを受け入れることができるように
なることでしょう


ありがとうございます
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