« ホーム »

邯鄲の夢(かんたんのゆめ)

この話は、唐の沈既済の小説『枕中記』(ちんちゅうき)に登場する故事です。
「邯鄲の枕」とか「黄粱の一炊」などさまざまな呼び方があります。

趙の都の邯鄲を目指していた廬生という若者が、食事をしようと旅宿に立ち寄ったとき呂翁という道士に出会います。

廬生は、呂翁に話しかけます。
「毎日畑を耕し、あくせく働くばかりの変わりばえのしない生活にうんざりしてきました。そこで人は功を成し遂げて官吏とか将軍になってこそ生きている意味があるのだと思い直し、そのために邯鄲に向かっているのです。」と。

「毎日同じことの繰り返しで生きているなんて、どこに生きている意味があるのでしょう」と主張するわけです。

廬生は宿の主人から黄粱(栗粥)がまだ出来ていないから待つように言われます。

そのとき、呂翁という道士は、「待っている間、この枕で少しお休みなさい。この枕には夢を叶える不思議な力が備わっているから。」といって廬生に枕を貸します。

黄粱が出来上がるまで少しだけ休もうと思った廬生は、枕を借りて横になります。

すぐに眠りに落ちた廬生は、夢の中で次々と功を成し遂げ、願っていた地位や名誉を手にします。
ところが得意の絶頂にあるときに誰かにはめられて逆賊の疑いをかけられ、一転して罪人にされてしまうのです。
その後もかろうじて夢をつなぎながら一生を終える自分を夢の中で経験します。

夢を叶えることに執着して、成し遂げるたびに新たに生きがいにする夢を探し続けることになる。
しかしそれも老いて死ぬときがくれば何の保証にもならない。
廬生は後悔します。こんなことなら田舎で地道に田畑を耕している方がよかったと。

そこで廬生は夢から覚めます。
「よかった夢だったのか。」

それは黄粱がまだ蒸し切っていないほどの短い時間の夢だったようです。

呂翁は廬生に言います。
「人生とはみんなそのようなものだ。」

廬生は、先ほどの後悔を思いだし、「毎日同じことの繰り返しで生きている」そのことにこそ実は意味があったのだと気がつきます。

その意味を悟った廬生は呂翁に礼を言い、出世する夢を捨てようと思います。
邯鄲に向かうことも止めにした廬生は、再び田舎への道を戻っていきました。

☆~⌒☆

夢見る女性


この話をどのように受け取るか、それは一通りではないでしょう。
ここでは、タオイズム的に解釈してみたいと思います。

廬生の生き方や考え方は、現代においても何も変わるところは感じられません。

なんとか、老後も楽に暮らせるだけのお金を蓄えておきたい。
そのために、少しでも待遇のいい仕事に就きたい。

いつしか肝心なことは仕事をする自分自身よりも、仕事がもたらす成果にこそあるのだと考える様になります。

成果にもとづいて夢を思い描きます。
そこにたどり着くための道筋を描き、計画を立てます。

あとは、「生きるための指針とは目標を叶えることにある」と思うようになるのに時間はかからないでしょう。

目標を立てたり、夢を見ること自体が問題があるというわけではありません。
問題が生じるのは、それに依存してしまうようになる点にあるのです。

目標に生きることは、未来に向けてそれを逆にたどって、いまの自分のあり方を決めることになります。

いまの自分は、純粋な意味での「いま」の自分ではなく、未来から遡った「いま」どうあるべきかという自分に置き換えられてしまいます。

その結果、純粋ないまを生きる自分はどこかに置き去りにされて、代理の自分を生きなければならないという奇妙な生き方が始まることになるのです。

本来は目標に向けて何をするべきかは、その時々の「いま」に起きてくるできごとに従うことであるはずです。

しかし人為的に、目標に依存した生き方を採用しはじめると、頭で考え出した現実のモデルが現実となり、それに沿った行動を取りたいと願う自分が本当の自分だと錯覚するようになります。

廬生に話を戻すと、夢の中で見た廬生の生き様は、一生をその中で終えたけれど結局後悔して終わる人生でした。

しかも、その一生は「黄粱の一炊」にも満たない短い時間で経験出来るような、中身の薄いものでしかなかったのです。

廬生がこれこそが生きがいを感じる一生だと思ったものは、夢見て、果たし、破れ、夢見て、果たし、破れ、そして気がつけば終わってしまうはかないものでしかなかったのです。

なぜそんなに中身が薄いのかと言えば、頭で考え出した代理の人生を生きているからではないでしょうか。

自分の考えた未来像に合うように作り出された「いま」を生きているから、本当の生きている実感がないまま時間が過ぎていくのです。

目標さえ達成すれば、その時は本当の人生を生きられると思っているから、いつもいまは準備のための時間でしかないのです。

本当にいまを生きるには、その「過程」こそが生きる意味がある時間であることに気がつかないとなりません。

目標達成の時だけが意味があるのではなく、そこまでの一つ一つの過程がすべてであり、それだけで終わりになってもいいくらいに生きるなら、目標などその中のちょっとした道しるべにしか過ぎないのです。

未来の目標のために自分のすべてをかけるなどと言う人がいるとしたら、それは多分に神経症的な考えであると思わざるを得ません。

夕食がごちそうだから、今は少し我慢しておこうというのはわかりますが、遠い将来のごちそうのためには、それまで一切食べないでおこうとは普通考えないのです。

生きている実感とは、いまここで、自分自身にしか経験出来ない、常にユニークな一瞬に存在するのです。

目標や未来のために、いまにかけるバランスを崩してはならないのです。

いまだけが大事という言い方をすると、それは刹那主義だといって反対する人もいます。

しかし、刹那主義とは、実は目標達成主義から逃れられない人が、それに反発してとっている生き方です。

どうせ夢がかないそうにないから、今だけよければいいと言う考えです。

ですから、未来から逆算していまの自分を認識しようとする基本姿勢こそが、刹那主義を生み出すのではないでしょうか。

もうそろそろ目標をプラカードに掲げて生きようとするやり方から、いまここのあなただけしかできない経験を充分に味わってみてはどうだろう。

そんなことを思わせる寓話として、この邯鄲の夢を読んでみました。


気に入っていただけたらワンクリック ⇒  人気ブログランキングへ
関連記事

ACR WEBブログパーツ

テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体


にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


現実とあなた自身のずれがなくなるほど、あなたは無理している自分を発見できるでしょう・・・
思考と感情からの解放~そして現実のみを信じる3ステップ|ヒーリング・スピリチュアル | ココナラ

スポンサード リンク







コメントの投稿

非公開コメント

刹那主義

邯鄲の夢

面白い寓話ですね。そして、われわれが陥りやすいジレンマ
とも言えましょう

目標を持ちつつも、今一瞬に意識を払って生きる

ということなのでしょう

逆に、今に居る時間が長いと、目標はどうでもいいことのように
思えてきて、事実そんなぐらいのものなのかなぁ、とふと
感じ入ってしまいます

刹那主義というのは、この宇宙の自然のありようかもしれませんね


ありがとうございます

No title

とても面白く読ませていただきました。

今を楽しむ、かなかなできそうで出来ない事ですよね。
これができれば悟りを開いたのと同じなのかな、なんて思ったりもします。

この邯鄲の夢、逆に功を多くたてた人が田舎で耕す夢をみたら、
やっぱり自分の人生はよかったと思うと思います。

人は皆、自分の生き方は全部自分で決めているんですよね。
今の自分に少し飽きてしまった時、他はどうなのか、と考えずにはいられない。けれど、こういった夢のように他の人生を歩んでみても、やっぱり何か違う、と思ってしまう
そういう人はまた同じ自分の人生を歩み、
こんな人生がいいな、と思った人は方向転換していくのかな

下手に書きなぐってしまってすみません
勉強になりました


こんにちは

 
応援クリックさせていただきました。
 
ブログを拝見して、勉強させていただいております。
また寄らせていただきますね。
 
暑い毎日ですが、ご自愛くださいませ。


sidetitle最新記事sidetitle
《最近7日間の人気順位》
~ランキング全体をみる~
~ランキング全体をみる~

sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle全記事表示リンクsidetitle
過去の記事はこちらから↓

全ての記事を表示する

sidetitleブログ紹介sidetitle
☆~新刊⌒☆
☆ちゃん見るシリーズ☆


好評発売中


アルファポリス
第2回エッセイ・ブログ大賞
特別賞『タオに生きる』 pao
WebコンテンツPickUP!タオに生きる
【 エッセイ・日記・blog > blog 】
老子の教えに学ぶ
老子のいう「タオに生きる」ということはどういうことなのか。さまざまなアプローチから、自らの考えや学んだこと、思ったことが綴られています。心をやすめ、身体をやすめ、穏やかで落ち着いた生活をしたい……そう願う人たちにとって、ヒントに溢れたブログです。


ez-HTML





PRR
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
sidetitleにほんブログ村sidetitle
sidetitleスポンサード リンクsidetitle
sidetitleメール心理相談sidetitle
メールを利用して1,000円/週で心理相談を受け付けています。
詳しくは下記から「どういう内容か知りたい。」旨のメッセージをお送りください。





アクセスカウンター
アクセスカウンター
アクセスカウンター
ブランド買取優良店***word-2******word-3******word-4******word-5******word-6******word-7******word-8******word-9***


このエントリーをはてなブックマークに追加

sidetitleジャンル・ランキングsidetitle
[ジャンルランキング]
心と身体
64位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
スピリチュアル
20位
アクセスランキングを見る>>

sidetitle検索フォームsidetitle


もう一つの「タオに生きる」カテゴリー別
Screen Shot_30p ※徐々に更新しています
タオに生きる(人間関係)
タオに生きる(アドバイタ関連)
タオに生きる(YouTube#1)
タオに生きる(YouTube#2)


[上位タグ20]
感情、莊子、思考、怒り、罪悪感、老子、いまここ、人間関係、バイロン・ケイティ、交流分析、タオ、エックハルト・トール、ありのまま、許す、YouTube、老荘思想のコラム連載、不安、過去、無為、OSHO

sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleアクセスランキングsidetitle
訪問いただいているサイト
(週間 木曜日リセット)
※こちらでタイトルを入れさせてもらっていますが、出したくないとか変更したいという方はご連絡下さい。

sidetitleカテゴリsidetitle
カテゴリーを追加し整理しました。 バイロン・ケイティ、エックハルト・トール、ガンガジ、ムージ、OSHO
sidetitleQRコードsidetitle
QRコード
FX