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腑に落ちない

「ふにおちない」という感覚をいい加減に扱わないようにしたいと思います。

腑に落ちないと感じるのは、トータルで見たときに気がつくものです。

そうなる前には、部分部分では納得してやっていると思い込んでいる行動が、先行しているものです。

しかし、少し長いスパンで振り返って見ると、何か納得がいかないで、不快で居心地が悪い状態に陥ってしまうのです。

たとえば、「過剰適応」といわれる状態があります。

人との関係を良好に保つために、適度に相手に合わせてみるというのは、スムーズな関係を生み出すのに有効です。

しかし、「過剰適応」というのは、その適応が過剰になってしまう。

たとえば、誰かにめんどうなことを頼まれたとします。

「えー、そんなことやってられない」と本音では思っても、「いいわよ、それくらい何でもないから」「私そういうのが好きだから、喜んでやらせてもらいます。」「人の為になることをするのって気持ちいいものね。」というように、無理をして引き受けてしまいます。

腑に落ちていない自分を納得させるために、どんどん理屈を追加していくのです。

めんどうなことを頼まれて、「私はそう言うことが好きな人間だ」と言い聞かせてみる。

さらには「人間は助け合って生きていかないといけない」という理屈でだめ押しをするのです。

しかし、困ることを引き受ければ、困るのは当たり前、あとから「何でこんなこと引き受けたのだろう」と後悔しだします。

過剰適応につきものなのは、エリック・バーンのいうところのゲームです。

やっかいなことを引き受けたのは自分ですが、やがて、「こんなにやってあげているのに、何であの人は感謝してくれないのかしら」と思い出す。

自分が嫌な役目を引き受けているんだから、相手もこちらのためにお返しをすべきだ。

それが出来ない人間は、ダメな人間、間違っている、ちょっと教えてやらないといけないようだ。

というように、相手への批判、反撃、復讐へとエスカレートしていきます。

「ひとは~すべきだ」という言い方が問題を起こすのは、このような状態から発生するケースなのです。

言っていることは、もっともで、反論のしようがないのだけれど、それだけにやっかいなのです。

そもそも、「相手を批判し、追い込んでやり込めたくなる終わり方」に行き着くところが問題なのです。

エリック・バーンは、こういった結末が予測出来る、「腑に落ちない」やりとりをがゲームと呼んだわけです。

このタイプのゲームをやりたがる人は、やたらと「正しい」ことを振りかざす傾向があります。

しかし直接的にいってくる人は、まだわかりやすいのですが、やっかいなのは、笑顔で皮肉を込めてくる人(笑)。

通常の「適応」ならこのような嫌な結末には行き着かないし、腑に落ちない状態には陥らないのです。

日本語には、せっかく「腑に落ちない」という微妙なこころの状態を指す言葉があるのですから、それを感じ取れる感性も失わないようにしていきたいものです。

腑に落ちないことがあったら、何が起きているのかを探ってみる。

そのときには、さきほどの「ひとは~すべきだ」というような理屈が入り込んでくることを、注意して避けないとなりません。

言っていることはわかるけれど、納得がいかないと思ったら、腑に落ちるまで正直に自分を振り返ってみる。

自分がわからない状態に陥らないためには、大事なことだと思います。

考える若者


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No title

正直に自分を振り返ってみる

これは報われることでしょうね

評価・判断せずにただ自分の意識を
観つめてあげる

世界は、宇宙は自分の中に…
を体感することとなるでしょう


ありがとうございます

素晴らしい。

言うことがありません。

腑に落とせばその事象が消えていく。
私は貴方、貴方は私。

今日はリチュアルマスター

あきらとしてコメントします(o^∀^o)

付け加えると、グルを求め分離していくんですよ(笑)

私は《正しい》《間違い》…色々な表現がありますが、全てはエゴと呼ぶ我という訳です。それがあるうちは手厳しいですが永遠にかがみから抜け出れないでしょう。

未だに、それすら気づかないのは非常に不味いことではなかろうか?ということです。何かが見えても繋がっても、我があるうちは、所詮我が引き寄せた低い者です。そんなもんよりも、今を生き道を磨くことが大切なのです。今、どんな意志を持ちどんな判断をしどう生きて行くのか?は今にしか養えない、人間に与えられた本題です。本物は本物を呼びますが、偽物は偽物しか呼ばないのです。



かがみはが《我》を抜けばカミ《神》という事を忘れると、人の意識の上昇は我で終わるのです。

どのくらいの人に道が見えるようになるのだろうか?

私は皆さんの無事を祈るばかりです。

感謝感謝

あきら



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