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自分の中に毒を持て 岡本太郎

 人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。
 人生に挑み、本当に生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれ変わって運命をひらくのだ。それには心身とも無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。
 今までの自分なんか、蹴トバシてやる。そのつもりで、ちょうどいい。


岡本太郎さんの「自分の中に毒を持て」という本を読んでいます。
上に載せたのは冒頭の言葉ですが、老子を知っている方なら、まさに老子そのものだと感じるのではないでしょうか。

過去の条件に縛られているほど、いまは輝きません。
ただ過去のしがらみで、いやいや日々の課題をこなしているのは、生の無駄遣いでしかないのです。

「これが終わったら」と先のばしする人生は、やがてその「しばり」が終わって解ける時が来ないまま、本物の終わりを迎えてしまいます。

人生で拾い集めてきた知識を捨てて、捨てて、軽くして、やがて「わたし」が為すことがなくなってきたとき、無為にものごとが運んでいくというのが、老子が言っていることだと思います。

ですが、岡本さんの生き方は、それだけに止まらず、危険に挑む様子は「反老子的」ともいえるものです。

「危険な道をとる」
 いのちを投げ出す気持ちで、自らに誓った。死に対面する以外の生はないのだ。その他の空しい条件は切り捨てよう。そして、運命を爆発させるのだ。


 戦後、ぼくが猛烈に闘いはじめた頃、親しい友人や好意的なジャーナリストは真剣に忠告してくれた。
「あなたのようなことを言ったりやったりしたら、この社会から消されてしまいますよ。西洋なら別だが日本では通らない」
 随分何度もそう言っていさめられた。ぼくは答えた。
「消されるなら、それで結構。とことんまで闘うよ」



岡本太郎さんといえば、ちょっと変わったピカソみたいな芸術家としか知りませんでした。
最初に名前を聞いたのは、やはり大阪万博の「太陽の塔」だったでしょう。
しかし、こんなことを考えていたのかと思いながら読んでいると、非常におもしろい本です。
「わかるけど、そんな真似はできないな」と思うような生き方を実際にやってのけて、その言葉を聞いていると、嘘っぽい理想話でもなく思えてくるのです。

画家


もっと自分を大切にしたいと思っていませんか?

たとえどんな作品でもすばらしいと感じたら、それはすばらしい。逆にどんなすばらしい作品でもつまらない精神にはつまらなくしかうつらないのです。作品自体は少しもかわっていないのに。



この言葉、「作品」を「わたし」に置き換えてみます。

たとえどんな「わたし」でもすばらしいと感じたら、それはすばらしい。逆にどんなすばらしい「わたし」でもつまらない精神にはつまらなくしかうつらないのです。「わたし」自体は少しもかわっていないのに。



「わたし」はどんな人からの評価で自分を諦めてしまっているでしょうか?

「わたし」を密かに評価し、あこがれている人だって必ずいるはず。
自分で諦めてやめてしまったら、ガッカリする人が出てくるでしょう。
「わたし」のままでいることを禁止するものは、自分が作りだしているんだから、その原因を作り出す自分を手放してしまいましょう。
「その他の空しい条件は切り捨てよう。そして、運命を爆発させるのだ。」

 結果がまずくいこうがいくまいがかまわない。むしろ、まずくいった方が面白いんだと考えて、自分の運命を賭けていけば、いのちがパッとひらくじゃないか。



もうひとつ感動した話ですが、禅宗などで言われる「道で仏に遭えば、仏を殺せ」という言葉を受けての、岡本氏の講演の場での言葉です。

そのまえにこの言葉を解説しておきましょう。

同じような言葉に、「河を渡ったら舟は捨てていけ」というのがあります。
いつまでも手段であった舟を担いだままで歩き続けるな、役目が終わったら捨てていくのだという意味です。

仏の場合も同じように、どれだけすごい師であったとしても、いつかは自分を頼むことに切り替えないといけない。
師を捨てていかなければ、それはやがて自分の足かせにおなってしまうのだ、といった意味になります。

さて、講演での岡本氏。

「道で仏に遭えば、と言うが、皆さんが今から何日でもいい、京都の街角に立っていて御覧なさい。仏に出逢えると思いますか。逢えると思う人は手を上げて下さい」
誰も上げない。
「逢いっこない。逢えるはずはないんです。では、何に遭うと思いますか」
これにも返事がなかった。坊さんたちはシンとして静まっている。そこでぼくは激しい言葉でぶっつけた。
「出逢うのは己自身なのです。自分自身に対面する。そうしたら、己を殺せ」



かつては、自分を守るために身につけた「己」だったのかもしれません。
しかし、それはもはや手放してもいいものになっているかも知れないのです。
いつまでもしがみついているのをやめて、捨て去ったとき、自分を守らないといけないと思わせていた外側の脅威が姿を消します。

「わたし」がまわりに見つける人は、実は「わたし」の中にある存在だけです。
「あなた」が同じ場所で見つけるのは、それとは別で「あなた」が持っている自分です。

まわりの他人のせいで、自分は虐げられていると思うでしょうか。
それを許しているのは誰でしょうか。
自分をいじめてくる人もまた、自分の分身に過ぎない。

大きなスパンで見ればそのひとなりの傾向はありますが、まわりの世界が自分に好意的と見えるか、自分をいじめる世界と見えるかは、日々刻々変わっているものではないでしょうか。

ちょっとしたひと言であなたの世界がバラ色に輝き、また別の言葉で油断のならない世界に見えて来る。

今日が憂鬱なら、自分の何が憂鬱にさせてしまったのだろうと考えて見ます。
誘因は外側にあったとしても、それを受け入れたのは自分自身です。

己を守ろうとする自分が、自分を拘束しているに過ぎません。
ひとつこだわりを捨てれば、ひとつ軽くなれる。
この世は辛いものだと外側のせいにしていたけれど、ひとつ己を殺せば、それは自分が作り上げていた世界に過ぎなかったことがわかってきます。

自分に全く関心のないものなど、自分の世界には存在しないのと同じです。
自分が何とかしないといけないと言い聞かせているから、世界が自分に対して強制しているように見えるのです。
自分のことを嫌いな分だけ、まわりの世界に嫌いな人が登場します。
自分のことを好きになれただけ、まわりの世界にはあなたの好きな人が存在することになります。

【引用文献】
自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)
著者: 岡本 太郎 青春出版社 / 文庫 / 218ページ / 1993-08

また続きを読んだら書いてみたいと思います。


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こんにちは^^

岡本太郎さんの言葉、私のような凡人には逆立ちしても真似できそうにありませんが、ズバリ神髄をついていますね。

そういえば少し前、NHKで岡本太郎さんと松下幸之助さんのドラマを見ました。奥様役は、偶然どちらも常盤貴子さんでした。お2人の共通点は奥様がスペシャルにすばらしいのです。

松下幸之助さんは、松下幸之助さんの功績はすべて奥様の采配だった、とNHKが世の中に暴露する為のドラマだったのではないか、と思うほどでした(笑)。松下幸之助さん、生死にかかわる病気を隠して結婚するは、上手くいかないとすぐに癇癪を起して奥さんを怒鳴るは(笑)で、私なら確実に離婚です(笑)。結婚の決め手は、幸之助さんが何も持っていない人だったから、だそうです。自分の実力を旦那さんを通して証明したかったそうです。確かに(笑)証明してみせました。

岡本太郎さんは奥さんを奥さんではなく養女にしたそうですね。彼女の人生の決断にもしびれます。私は太郎さんのお父様にもしびれました。自分の奥さんの愛人に頼んで一緒に同居してもらうのです。こんな愛の形もあるんだな、そう思いました。世間では当然白い眼で見られますが、自分の愛の形を貫く強さに私は完全ノックアウトされました。

もし、ご覧になっていなかったら、時間のある時にご覧になって下さい(NHKの回し者ではありません(笑)。是非お勧めです^^。
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