« ホーム »

新しいことが始められない!

新しい自分に変わりたいと思うけれど、いつもそんな思いはどこかにいってしまって、気がつくといつもどおりの同じ繰り返しをしている自分を発見してしまう。

どうして、こんなに今までの自分を脱皮するのが難しいのか。

こんな話を書いてみようと思います。

変わろうと決心しても変わらないままに元の自分に戻るとき、一体何が起こっているのでしょうか。

新しい自分に変身したいと願う自分がいるのは確かなようです。
その自分は、「いままでの自分にとってそこが変われたら、きっと新しいもっといい経験をできるようになる」と客観的にあなたは評価しているのでしょう。

「そこを変えれば、自分は変われる」、そう思っているときのあなたは、それはうまくいきそうに思うし、やって出来ないことではないという勝算も感じています。

ですが、いざそれを実行に移そうとすると、「でもやったことがないし、失敗の可能性がある」とささやき始める自分が現れます。

「失敗の可能性」という言葉は、対象を細かく分析し始めます。
その分析は、「どうやっても失敗のない方法がないだろうか」という追跡に変わります。
さて、分析を始めた思考というのは、目標へ一直線に進みます。
あらゆる自分の経験を総動員して、「失敗のない方法」へ向かっての大追跡が始まります。

尾行する探偵


こうなってしまえば、この大追跡の行き着く所は最初から見えています。
いままでやったことのない経験に対して、いままでの自分の経験を総動員しても答えは出ないからです。
「いままで成功した試しはない」が結論になるだけなのです。

しかしその結果導き出される結論は、あなたを納得させるものでないといけないのですが、その点は大丈夫です。
今まで成功したことがないのだから、「どうやっても失敗のない方法」は今のところ見つからない。
その時が来たらまた考えようという結論が出るのは自然な成り行きなのです。

このやりとりが進行している間は、最初に客観的にあなたを評価して変われる可能性はあると思っていた自分は、蚊帳の外に置かれているのです。

そして、しばらくして客観的にあなたを評価しようとする自分が前面に現れるたびに、どうしていつも自分は変われないのだろうと嘆き、追いかける者と出来ない理由を完璧に説明する者の葛藤が始まるのです。


あなたが自我に騙されているような気がすると言っている
この自分というのは誰のことか?
それが自我そのものなのだ。
自我というのはそれ自身をたくさんの破片に
たくさんの部分に分けることができるものだ
そうやってゲームがはじまる
あなたが追跡者であり
そして、あなたが追跡される者なのだ
それはまるで
自分自身のしっぽをつかまえようとして跳びはねている犬みたいなものだ
あなたがそれを見れば
その馬鹿馬鹿しさはよくわかる
だがその馬鹿馬鹿しさを見抜くのはあなたであって
犬にはそれがわからない
しっぽをつかまえるのが難しいとわかればわかるほど
彼は気違いのようになってなおさら跳びはねる
そして、速く、大きく跳びはねれば跳びはねるほど
しっぽの方も速く、大きく跳びはねる
そして、その犬には何が起こっているのかわからないのだ
それも、彼はどんなものでもつかまえられる名人だというのに----
このただのしっぽがつかまえられない

般若心経(88頁) バグワン・シュリ・ラジニーシ
めるくまーる / 584ページ / 1993-08


犬がしっぽをつかまえようとグルグル跳びはねている。
その姿は、獲物を追いかける姿そのものです。
しっぽ以外のものは、目に入らない。

それを外から見ている自分も確かにいるのですが、
一度しっぽが目に入ると、
あなたは、獲物しか見えないハンター犬になってしまう。
失敗しないやり方という実在しない方法である「しっぽ」を目標にしたが最後、あなたは外側から見る自分ではなくなってしまうのです。

テントウ虫と犬


この悪循環から脱出する方法は、「失敗」という言葉の魔力から逃れるしかないでしょう。

ですが、「失敗は誰にでもあること、だから私は失敗を怖がらない」という宣言するやり方は、今までずっと失敗してきたやり方ではないでしょうか。

「私は失敗を怖がらない」などと強がって嘘を言ってみても、効果は期待できないのです。

まずは、「失敗するのが怖い」とさけんでいる自分を認めてしまうことです。

そうすれば、「失敗するのが怖い。なぜなら?だから。」という自分の棚卸しが出来る様になるでしょう。

怖がっているもの、その正体を見極めることです。

それを、新しい自分に変わることとはかりにかけて、どちらが自分にとって重要なのかを考えて見るのです。

また、怖がっていることが実際に起きたらどんなことになるのか考えて見ましょう。

じつは、こちらは自分の経験を振り返れば答えは見つかるのではないでしょうか。
準備等何もしていないとき、突然失敗した経験を思い出してみればいいのです。

その失敗は、突然襲ってきた。
そして、その時は不快だったかもしれませんが、起きてしまえば起こるがまま、いつのまにか過ぎ去っていったのではないでしょうか。
一時的な不快さはあっても、それは過ぎ去り、後で思い出せば「そんなこともあったね」で終わってしまうこと。

ところが、もしその出来事をあらかじめ予想して構えていたらどうなっていたでしょう。
まさに、しっぽを追っかける犬がそこで登場していたのではないでしょうか。

そうなのです。
あんなに警戒し続けて避けてきたことは、起きてしまったら「仕方なかったね」で終わらせられる事でしかなかったのです。

失敗しない方法など、あまり真剣に追求しないことです。
どうやっても、失敗は避けられません。

もっと大局的に見てみましょう。
「この手の失敗は起きないように準備しよう、あとは起きたときにでも充分対処できるから。」というように。

何でもかんでも失敗を避けないことです。
失敗は必要経費のようなもの。
ある程度は支払う必要があると予想しておけば、怖がる必要はないのです。


気に入っていただけたらワンクリック ⇒  人気ブログランキングへ


[関連記事]
偏っている処に生きている意味もある
思った通りにはならないが..



関連記事

ACR WEBブログパーツ

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


現実とあなた自身のずれがなくなるほど、あなたは無理している自分を発見できるでしょう・・・
思考と感情からの解放~そして現実のみを信じる3ステップ|ヒーリング・スピリチュアル | ココナラ

スポンサード リンク







コメントの投稿

非公開コメント

こんにちは(^^)

この記事を読ませていただき、自分を振り返って感じたことは、
スムーズに上手く出来たことは、そのまま流してしまうけど、
失敗したことは、後々まで心に残るな~、という事です。
その失敗談を笑い話にしてしまうことも多々あります…^^

もちろん、失敗せずに進んでいくことは、嬉しいことですが、
失敗をうまく乗り切る力こそ大切だな、と思いました^^

Re: こんにちは(^^)

> この記事を読ませていただき、自分を振り返って感じたことは、
> スムーズに上手く出来たことは、そのまま流してしまうけど、
> 失敗したことは、後々まで心に残るな~、という事です。
> その失敗談を笑い話にしてしまうことも多々あります…^^
>
> もちろん、失敗せずに進んでいくことは、嬉しいことですが、
> 失敗をうまく乗り切る力こそ大切だな、と思いました^^

鋭いご指摘だと思います。

「うまくいった方って、浮かれててはダメだ」という警告も、
それなりに意味がありますが、うまくできたら素直に喜んでる人の方が
親しみを感じますよね。

失敗は怖がると、もともとたいしたことないことでも、どんどん大きなものに
なってしまうようです。
笑い話に出来ると抜け出せますね。

失敗は経験のもと

自分のしっぽを追いかける犬。

まさしく自分でした。
敢えて、過去形にしたいと思います。

そういう自分自身であったからこそ
今の時点に到達するまで8年かかりました。

自分にとって前代未聞の出来事は「怖い」のだ。
怖がっている自分がいると言うことを認めていいのだ。

かなりはしょりましたが
今回の記事ではそれを改めて認識しました。
いつもありがとうございます。

Re: 失敗は経験のもと

> 自分のしっぽを追いかける犬。
>
> まさしく自分でした。
> 敢えて、過去形にしたいと思います。
>
> そういう自分自身であったからこそ
> 今の時点に到達するまで8年かかりました。
>
> 自分にとって前代未聞の出来事は「怖い」のだ。
> 怖がっている自分がいると言うことを認めていいのだ。
>
> かなりはしょりましたが
> 今回の記事ではそれを改めて認識しました。
> いつもありがとうございます。

しっぽを追いかける犬が自分の中にいる。

それは知っているけど、自分はそれを外から見られる自分だけだと思いたくなるのです。

そう思う自分にとっては、残念なことですが、犬も自分そのものです。
それがなくては、自分という存在も成り立たない。

「私はしっぽを見ると何もかも忘れてのめり込んでしまうんですよ。」
そう認めてしまえば、弱さを認めても自分が無くなってしまうわけではないし、
それでこそ自分を生きている実感があることがわかってきます。

失敗を否定したがる自分、怖がる自分が、真っ先に姿を見せても、それはそれでいいから、
そのあとトータルな自分をふりかえる事が出来ればいいわけだと思います。

ふりかえる

失敗を恐れない自分と、極度に恐れる自分がいる気がしました。
心の奥に、自分でも認識できない恐れがあって、何かブレーキがかかっているような、妙な感覚を覚えてしまいました。

Re: タイトルなし

> 失敗を恐れない自分と、極度に恐れる自分がいる気がしました。
> 心の奥に、自分でも認識できない恐れがあって、何かブレーキがかかっているような、妙な感覚を覚えてしまいました。

実はその「妙な感覚」を大切に扱うべきなのかもしれませんね。

「妙な感覚」は言語化された自分からすれば、「気のせいだよ」でかたづけられてしまいます。
それは説明出来る自分を維持することには役立ちますが、脱出を試みる自分はクーデターに失敗する。
例えばですけど。

パラドックス

変わろうとすると、変わらない

変わらなくてそのままでいいと思っていると
自ずと変わってくる

この世はパラドックスの世界
かもしれませんね


ありがとうございます
sidetitle最新記事sidetitle
《最近7日間の人気順位》
~ランキング全体をみる~
~ランキング全体をみる~

sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle全記事表示リンクsidetitle
過去の記事はこちらから↓

全ての記事を表示する

sidetitleブログ紹介sidetitle
☆~新刊⌒☆
☆ちゃん見るシリーズ☆


好評発売中


アルファポリス
第2回エッセイ・ブログ大賞
特別賞『タオに生きる』 pao
WebコンテンツPickUP!タオに生きる
【 エッセイ・日記・blog > blog 】
老子の教えに学ぶ
老子のいう「タオに生きる」ということはどういうことなのか。さまざまなアプローチから、自らの考えや学んだこと、思ったことが綴られています。心をやすめ、身体をやすめ、穏やかで落ち着いた生活をしたい……そう願う人たちにとって、ヒントに溢れたブログです。


ez-HTML





PRR
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
sidetitleにほんブログ村sidetitle
sidetitleスポンサード リンクsidetitle
sidetitleアクセス情報sidetitle
sidetitleジャンル・ランキングsidetitle
[ジャンルランキング]
心と身体
38位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
スピリチュアル
15位
アクセスランキングを見る>>

sidetitle検索フォームsidetitle


もう一つの「タオに生きる」カテゴリー別
Screen Shot_30p ※徐々に更新しています
タオに生きる(人間関係)
タオに生きる(アドバイタ関連)
タオに生きる(YouTube#1)
タオに生きる(YouTube#2)


[上位タグ20]
感情、莊子、思考、怒り、罪悪感、老子、いまここ、人間関係、バイロン・ケイティ、交流分析、タオ、エックハルト・トール、ありのまま、許す、YouTube、老荘思想のコラム連載、不安、過去、無為、OSHO

sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleアクセスランキングsidetitle
訪問いただいているサイト
(週間 木曜日リセット)
※こちらでタイトルを入れさせてもらっていますが、出したくないとか変更したいという方はご連絡下さい。

sidetitleカテゴリsidetitle
カテゴリーを追加し整理しました。 バイロン・ケイティ、エックハルト・トール、ガンガジ、ムージ、OSHO
sidetitleQRコードsidetitle
QRコード
FX