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社会の期待だけで生きようとしない

頑張ってしまう人ほど、社会やまわりの人への期待に応えなければと、ついつい無理をしてしまいがちです。
他の人の役にたつことを目指すのはいいのですが、それが前面に出すぎて、自分自身の欲求を無視したり、押さえ込んでしまうことが強くなりすぎると、他の人の期待することが自分の願いでもあると思い込んでしまいます。

自分は、期待に応えられる人間であることを証明することが、自分の日々の活動のすべてになってしまうので、他の人の反応を大事にする一方で自分の奥底からの声に耳を傾けることがおろそかになります。

残念ながら、そのままではバランスをくずして、なにか足りない、どこか苦しいと感じながら、それを抑えつけてしまう生活を、耐えきれなくなるまで続けてしまうことになるのです。

それは、体の不調や、すぐ疲れるといった症状、あるいは「うつ」を招くかもしれません。

2つの感情


そんな無理をしながらも、こんなことではダメだと思って、もっと自分を奮い立たせるような方法はないだろうかと、見当違いのハウツーを探したりすると、症状をより悪化させてしまうかもしれません。

元気がでないのは、自分が怠けているからだと思って、一時的にから元気を出すような訓練をしても、いっこうに改善されるはずはないのです。

元気がでないのは、自分の中で認められない自分が悲鳴をあげているのに気づかないからであり、これ以上耐えられないと無言の抵抗をしてくるからなのです。

そんな状態から抜け出すためには、今の自分が忘れている、押さえつけてしまった自分の欲求を外に出られるようにしなければなりません。

本当に望んでいるのは、自由になりたい自分を解放することにあるのです。

ところで、無理を重ねてしまうと、外に向けていい顔をしながらも、時おり見せる一貫しない態度に気がついて不審に思いだす人がいるかもしれません。

そんな無理をしすぎて他の人のことを考える余裕がなくなった人を、自分のことしか考えない自分勝手な人というように、道徳的な目で決めつけるのは早計です。

その人は、自分を守ることに手一杯で、他の人のことを考える余裕がない状態なのです。

関心があるのは、まわりの期待(実は自分で作り上げてしまった期待なのですが)に答えることです。

ですから、それが必要だと言い聞かせて、期待に応えるように他人の手助けもするのですが、自分のことをうまく制御できなくなっているのでなかなか続けることができなくなります。

他の人から見た場合、一貫しない態度を不思議に思い、このあいだはあんなに親切にしてくれたのに、今度は冷たくあしらわれた、どういう人だかよくわからないという印象を持たれてしまうかもしれません。

挨拶会話


そこまで自分が無理を重ねてしまったことに気がついたら、なんとか押さえつける一方だった自分を解放することを目指すべきです。

それには、いままでの関心の向け方を変えることが必要です。

いままでどうすればよく思われるか、どうすればまわりが喜んだり、自分に関心を示してくれるかばかりに注意を向けていました。
寛大であることがいいことだと教えられ、自分の寛大さを証明しようとして、やりたくもないことばかりやって、不満を感じながらもこれが正しいやり方だと言い聞かせようとしてきたのです。

それを一旦ストップして、自分の望みの方に関心を向けるようにしてみましょう。

苦しい思いをして相手に合わせるのではなく、自分の要求を表に出してみる練習をするのです。

もしかすると、自分の要求を口にだすことが非常に難しく感じるようになっているのに気づくかもしれません。

頭では、こんなちょっとしたこと何でもないと思っているのに、実際に誰かに頼もうとすると声にならず、なにか頼まなくてもいい方法を探しだそうとしてみたりするのです。

何でこんな簡単なことが頼めないのか不思議に思いながらも、実際にできなくなっている自分がそこにいるのを正直に認めること。
これがまずはバランスを取り戻すための第一歩です。

モジモジ


ごまかしていないで、自分には人に頼みたいことがいっぱいあるのを、正直に認めてしまいましょう。
そして、人にしてあげることばかりでなく、逆方向の人にものを頼むことを増やしていくのです。

頼みたいと感じている自分を、理屈をつけて見ないようにしようとしてはいけません。
少しずつ気がつくたびに、軽く人に求めることができるようにするのです。
こんなことをしてもらっては悪いなどと気にせずに、気楽にものを頼んでみるのです。
そうすれば、人は思っている以上に、人に何かを頼まれることに好意的であることを発見するでしょう。

そのうち、人に求めることに抵抗を感じなくなってくると、不思議なもので、自分が頼んでばかりいないで、自然に他の人になにかを与えたくなってくると感じ始めます。

以前のように、人から認められたいがために、無理して相手に与えるのではなく、そうしたいから思わず行動してしまうようになるのです。
無理をしないで、人のために動いている自分を発見するでしょう。

今までは人に喜んでもらえるためだと頭では思っても、なんでこんなに苦しい思いをするんだろうとなんとなく感じていました。
そしてそんなことを感じてはいけないという自分と葛藤を起こしては、一人相撲をとっていた自分がいたのです。
そんな自分から脱却すれば、今度は自然に与えたいと思って与えることができるようになります。

求めることと与えること、ギブとテイクのバランスが正常に戻ったということです。

もはや、義務感から与えないといけないと苦しむことはなくなってくるでしょう。
すぐに疲れて気力が出なくなることも少なくなってくるはずです。
そして、今までよりも何でも自分で望んでやっているという実感が、本当の満足感をもたらしてくれるはずです。
「今までやってきたのは、はなんだったんだろう?」といえるようになれば、社会は苦痛を与えるばかりの存在ではないと思えてきます。
社会が先にあって、自分が従うのではなく、自分が社会を作り出せる存在であることを目指すようになるのです。


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こんにちは(^^)

最近思うのですが、人から物を頼まれることって、嬉しいこともありますよね。
そう思うので、私もお願いできる事は人に頼むようにしています。
頼まれた相手も、けっこう嬉しそうにしています(多分…^^)。
かなり腰を低ーくしているので、疲れることもあるんですけどね。
一人で抱え込むよりは、分けあうと精神的にラクですよね。

そうですね

私も気がつけば、自分が何を感じているのかわからなくなってました。

ただ、毎日家族のお世話を当たり前のようにこなしながらも、家族からはダメ出しを受けている気がして…
さらに頑張らなくちゃと思いだけが先立って、心の波風が立っていることを無視してました。


しばらくは、家族を信じて出来ないことをやってもらえるように頼んでみようと思います。

Re: こんにちは(^^)

> 最近思うのですが、人から物を頼まれることって、嬉しいこともありますよね。
> そう思うので、私もお願いできる事は人に頼むようにしています。
> 頼まれた相手も、けっこう嬉しそうにしています(多分…^^)。
> かなり腰を低ーくしているので、疲れることもあるんですけどね。
> 一人で抱え込むよりは、分けあうと精神的にラクですよね。

頼まれるというのは、自分が頼りにされている、必要とされていると感じることでも
あるので、相手もうれしい場合も多いんですね。

バランスの問題ですから、頼むことが少ないと感じていたら、少し意識してやっってみると
思わぬ発見があるかもしれませんね。

Re: そうですね

> 私も気がつけば、自分が何を感じているのかわからなくなってました。
>
> ただ、毎日家族のお世話を当たり前のようにこなしながらも、家族からはダメ出しを受けている気がして…
> さらに頑張らなくちゃと思いだけが先立って、心の波風が立っていることを無視してました。
>
>
> しばらくは、家族を信じて出来ないことをやってもらえるように頼んでみようと思います。

どこかで頼むことは相手に悪いと思い込んでいると、頭では頼むことくらいなんでもない
と思っていても、行動に移せなくなっている自分を発見するでしょう。

自分が人に頼めることが増えてくれば、その分相手に与えることもあたり前のように
できるようになっているのに気づきます。

それも、義務感からでなく自然にできるから、自分が与えてばかりで、損している
と思うこともなくなります。

しばらく、意識してちょっとしたことでも悪いと思わずに、「気軽に、明るく」
頼んでみることを習慣にしてみたらいいかもしれませんね。

No title

私は昔から頼られると無理してやってしまい、そして人に頼むのがヘタでつい抱え込んでました。結局疲れきってしまったりね。
今は回りに頼りきってます^^
コメントありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

Re: mu.choro狸さん

> 私は昔から頼られると無理してやってしまい、そして人に頼むのがヘタでつい抱え込んでました。結局疲れきってしまったりね。
> 今は回りに頼りきってます^^
> コメントありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

そうですか、今は悠々自適の生活なんでしょうね。
記事を見て、木造の校舎を思い出して懐かしく思っていました。

No title

そうやって生きて来て、結局鬱になりました。
「どうしても」と言う程には我を通したい事が
自分には無かったので周囲を優先した結果でした。
だから、自分が本当は何をしたいんだろうと考えても
最早それが分からなくなっています。
あるいはそんな物は元々無いのかもとすら思ってしまう。
でも、鬱は身体と心が耐え切れなかった結果です。
周囲の為に生きる事も出来ず、己の為に生きる事も出来ず
前に進めなくなっている私は、結局、今では
他人から非難されるばかりで気力もほとほと涸れ尽きてしまい
本当にどうしたいのかが分からなくなってしまいました。

Re: 桃蓮さん

> そうやって生きて来て、結局鬱になりました。
> 「どうしても」と言う程には我を通したい事が
> 自分には無かったので周囲を優先した結果でした。
> だから、自分が本当は何をしたいんだろうと考えても
> 最早それが分からなくなっています。
> あるいはそんな物は元々無いのかもとすら思ってしまう。
> でも、鬱は身体と心が耐え切れなかった結果です。
> 周囲の為に生きる事も出来ず、己の為に生きる事も出来ず
> 前に進めなくなっている私は、結局、今では
> 他人から非難されるばかりで気力もほとほと涸れ尽きてしまい
> 本当にどうしたいのかが分からなくなってしまいました。

まずは、自分の押しこんでしまった声を、聞いてあげることではないでしょうか。
それは、表に出ていた強い自分にまけて、長いあいだ反論することが出来なかった
のですから、いきなり何がしたいと聞いても答えが出ないかもしれません。

言いたいことがはっきり言えずに、閉じこもってしまた子どもを扱うように、
辛抱強く接する事が必要でしょう。

記事で書いたように、しばらくお返しをすることを忘れて、反対のことをしてみるのです。
ちょっとしたことでいいですから、自分を人に頼む人に変えてみるのです。

相手に悪いからと思わず、誰でもやっていることだと思って、軽く朗らかにものを頼んでみる。
深く考えたりしないで。

そうすれば、自分の望んだことを、他人が返してくれるということがどういう事だったのか
思い出すでしょう。

自分もやってもらう側の人間でいてもいいのだと分かってくれば、自分が望むことを考えることが悪いことだと思わなくなります。

自分の希望を言ってもいいのだと分かってくれば、自分が本当は何を望んでいるかを考えられるようになります。

自分自身に許可を与えることです。

自分のことを考えてもいいこと。
自分の感じたいように感じてもいいこと。

そんな中から生まれてくる素直な願いには、人は嫌な顔をせず答えてくれるものです。

自分自身を許すことができるほど、まわりの人もあなたが願うことを許してくれる人なんだと思えるようになってきます。

もらい始めてみましょう。


たまたま通りかかりました。

おはようございます。井上と申します。
初めて訪問させていただきました。


また遊びに来ますね♪


ここに意識を

本当に望んでいるのは、自由になりたい自分を解放すること

ここに意識を向けることですね

いつでも、どこでも自分から、ですね


ありがとうございます Paoさん

Re: ここに意識を

> 本当に望んでいるのは、自由になりたい自分を解放すること
>
> ここに意識を向けることですね
>
> いつでも、どこでも自分から、ですね
>
>
> ありがとうございます Paoさん

忘れていた自分を発見して取り戻すことは、大きな意義があります。
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