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避けているもの、あるいはワーカホリック

現代はますますペースが速くなっているように感じられます。

インターネットは世界の物理的な距離を狭めただけでなく、何でもネットでショッピングが出来てしまうようになると、買い物に出かけることさえ省略してワンクリックで決めてしまうといったことも現実味を帯びてきます。

スピードアップすることは確かにある面では便利なことですが、そもそもなぜそんなに急いでいるのかを考えたことはあるでしょうか。
作業を楽にするために便利さを追求していたのに、そのことで別のやることが増えてしまって、結局は忙しいのは相変わらずです。
いやむしろもっと忙しくなっているといったほうがいいでしょう。

急いで出勤


そのように考えると、もともと私たちは暇になるのを望んでいないか、あるいはそれを避けているのではないかと思えてきます。

「社会がペースが早くなっているので、どうしてもそれに合わせてペースをゆるめるわけにはいかないんだ。」と言い訳していますが、私たちの側でもその忙しさを利用して避けるようになってしまったことがあるのです。

それは、社会に合わせて理性的に生きることを優先するあまり、「感情」とゆっくり向きあうということを避けるようになっているということです。

忙しいのに慣れきっている私たちは、作業が一区切りしてゆっくりできる時間ができたばあいでも、じっとしてくつろごうとすると、すぐに落ち着かなくなって何かを始めたい衝動に駆られるのです。

じつは、なにもしないでいると具体的な思考が忙しく働かないので、どこからか出番を待っていた未解決の感情が忍び寄ってきて脅しをかけるので、無意識にそれを避けようとするのです。

ただでさえ扱いのやっかいな感情、それが今の生活に入り込んでこられると、その中にどっぷり入り込んでしまうことになると予想するのです。
また、いつまでその感情がわき出し続けるかわからないという思いもあり、それを恐れているのです。

そんな事になったら忙しい今の生活に支障をきたしてしまうに違いないと予測して、すぐに忙しさの中に入り込んで感情が入り込んでくるのをせき止めようとします。

しかし一度腫れ物に触るように感情をしまい込んでしまったら、もとはそれほど大したことのなかったものでも、想像の中で巨大になりとても向き合うのが怖い存在にまで育ってしまいかねないのです。

上司に叱られる


押し込めてしまっているにもかかわらず、日常生活ではそんな素振りは見せずにうまく立ち回らなければなりません。
仕事では上司から小言を言われ、部下からは負担をかけられ、家庭では日常的に処理しなければならない細々した作業が溢れています。
とても、やっかいな感情と付き合っている時間はないのです。

もちろん周りの人や、社会からはあなたの状態などには関わりなく、社会や家族や地域の一員としての役割を果たしてくれる人間であることを期待されています。
それをこなさないと何を言われるかわからないですから、期待にそって役割を果たそうと思うのです。

ともかく、扱いのはっきりした理性的な行動に関わっていれば、その間は不安を感じなくて済むと考えています。
ワーカホリックとは、仕事に依存し、仕事を離れてしまうと落ち着かなくなってしまう状態を言いますが、その原因は仕事が忙しくてそれに対応しようという思いからだけではなく、忙しくしていないと困るという心理的な働きがそれを後押ししているということも見逃してはいけないのです。

こうした感情は、すきを見て襲いかかってくるような気がします。
隙を見せると感情に入り込まれていつもの自分を維持できなくなっては困ると心配なのです。
ですから、チラッとでも感情を見かけると落ち着かなくなり、正体の分からない身体的な不快感をもたらすこともあります。

またそれを避けるためには、仕事以外でもすぐに没頭できる何かを探し求めます。
テレビに熱中できればそれで何時間か過ごせます。
ネットサーフィンやツイッターで、バーチャルな関わりを持ち、それによって気をそらしていれば感情はしばらく気配を消してくれます。
パチンコやギャンブルあるいは居酒屋での憂さ晴らし、どれもその時は忘れられても後には虚しさや後ろめたさが控えているのです。

仕事だけでなく、これらのどれもワーカホリックを構成しているとも言えるでしょう。


私たちは、自分にとって心地いい感情ならば歓迎し、さらには本来の継続期間を過ぎてもそれを続けたいと思ってしまうのですが、一方で逆の感情の場合は、お断りなのでないものとして扱いたくなるのです。

怪我をすれば治療すればいいというのと同じ感覚で、不快な感情は消し去る方法を知りたいと考えているかのようですが、感じきるまではどんな感情であれ残されたままになってしまいます。

2つの感情


感情というのは都合のいい方だけを感じて、反対の感情はしめ出すというわけにはいきません。
そのように分けているのは、思考でいいとか悪いとかあとから判断した結果だからです。

じつは、最初に感情が発生した状態では、私たちの都合からの良い悪いはありません。
いまという瞬間にとどまっていれば、ただ判断されないままの感情を受け取り、そのまま味わうことになるわけです。
そして、たとえ感じたくないとあとから思うような感情であっても、そのまま味わってしまえばあとあと引きずることもないわけです。

そのことは誰もが経験し知っていることですが、過去に嫌な感情を味わったことを思い出して、それを再現したくないと拒絶することから問題が起き始めるわけです。

その単純な回避行為が、あとあと蓄積され続ける未完了の感情を生み出しているわけです。
「どこかでつけは払わなければならない。」という問題なのです。

しかし単純なことながら、いまの感情をありのままに受け入れることが必要だし、それで心の安らぎも得られると気づいている人は少ないし、現実にはたとえ知っていてもなかなか実行しようとはしないのです。
「なんとか他の方法で感情をチャラにできるはずだ」と信じていたいのかもしれません。
しかし、誰もそのやり方では成功していませんし、その結果こじれた感情を持て余すことになることが一般的になっているのです。

感情を選り好みしなければ、心を開いたままでいられるわけで、その結果相手からイライラさせられたり、憤慨することも味わいますが、同じように相手のいいところも素直に喜ばしく感じることができるのです。
いちいち感情を受け取るかどうかの判断をしないでいいわけですから、そのまま「いまを生きている」感覚を獲得できるのです。

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おはようございます(^^)

自分の感情ときちんと向き合うことを避けるために、忙しくしているということ、私にもあるような気がしますね~。
いやな事を考えたくないので、他のことで意識をそらしているような気もします。
ショッピングに出かける時もそうかもしれませんね~。
たまには、何もしないで、ゆっくりと自分自身の感情と向き合った方が良いですよね。

Re: おはようございます(^^)

> 自分の感情ときちんと向き合うことを避けるために、忙しくしているということ、私にもあるような気がしますね~。
> いやな事を考えたくないので、他のことで意識をそらしているような気もします。
> ショッピングに出かける時もそうかもしれませんね~。
> たまには、何もしないで、ゆっくりと自分自身の感情と向き合った方が良いですよね。

煮詰まってきたときは、一度ペースを落として自分と向き合える時間的な余裕を
作ってみると、返って時間を取り戻せることにつながりますね。
あまり社会のスピードに巻き込まれない様にしたいものです。

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