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「起こること」と「やること」

私たちは普段、自分の意志で行動していることがすべてであるかのように思って過ごしています。

「自分に起こることは、自分がそのように予定して動いたからそうなっているのだ。たまには不測の事態もあるかもしれないけれどね。」といった感じですね。

しかし、この世界で起こっていることは、自分のはからいで起きたことだけでなく、それとは関係なく起きることが支配しているとも言えるわけです。
あるいは、もしかすると私たちが行った結果だと思っていることも、私たちの行為にもかかわらず、そうなるはずだったのかもしれません。

どちらにしても、「起こること」と「やること」の両方があることをあまり意識しません。
勝手に起きることなど考えてもしかたが無いと考えるのは、大抵のことは自分の意志で起こるのだからと信じているからにほかなりません。

のぞく


それで問題ないのかもしれませんが、自分のはからいとは違うことが起きてくることで、私たちは絶えず悩まされているのも確かです。
当然、自分の思ったように世界を変えていくのだという思いが強いほど、その悩みは大きくなります。

自分で変えてみせるのだという気力があるのなら、それを出しきってみることも意味の有ることでしょう。

しかし、いつか自分が変えられることなどたいしたことではない事に気づいたとき、「起きてくること」に委ねてみるのも賢明なやり方だと思うようになるかもしれません。

世界は、どこまで自分の分別の力で動かせるのでしょう。
私のはからいが、どれだけ目の前の世界を変えているのでしょう。
私の願いとは関係なく「起きること」とは、どのように付き合って行けばいいのでしょう。

バランスはかり


能動的であることと受動的であること、抵抗に対して逆らうことと受け入れること、このバランスをどのように守っていけばいいでしょう。

「私」が勝ちとって獲得したものと、「私」のあずかり知らぬところで頂いたもの、どちらにどれだけ価値を感じるのでしょうか。
同じようにありがたさを感じられれば、どこまでも「私」が動かなければとは思うこともないのかもしれません。
「私」の負けも、それほど自分を痛めつけるものでもなくなるかも知れません。

「私」は「起きてくること」に抵抗し、征服しようとするのでしょうか。
それとも、「起きてくること」の中に「私」も組み込まれているのでしょうか。

いずれにしても「起こること」はあっても「やること」のできないことからは手を引きましょう。
その見極めをつけることです。

たまには、こんなことも考えてみると、時を止められるかもしれません。

こんなことを考えると、何もしなくなると思いますか。
何もしなくなるとしたら、それは誰なのでしょうか。



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こんにちは(^^)

「自分のはからいとは違うこと」で、思い出しましたが、娘が図工の時間にそんなに一生懸命描いていない絵が、入選したんですよね。
娘は、どうしてこの絵が?という気持ちだったようです。
以前、paoさんが、「思った通りにはならないが…」の記事で書かれていた事を娘に話したら、とても納得していましたよ(^^)
……でも、「じゃあ、これからは一生懸命描かないほうがいい絵が描けるのかもね^^」と言っていました……^^

Re: こんにちは(^^)

> 「自分のはからいとは違うこと」で、思い出しましたが、娘が図工の時間にそんなに一生懸命描いていない絵が、入選したんですよね。
> 娘は、どうしてこの絵が?という気持ちだったようです。
> 以前、paoさんが、「思った通りにはならないが…」の記事で書かれていた事を娘に話したら、とても納得していましたよ(^^)
> ……でも、「じゃあ、これからは一生懸命描かないほうがいい絵が描けるのかもね^^」と言っていました……^^

スポーツなどでも力んでしまってうまく力が発揮できなかったということがよく言われますが、何でも自分で意識してやっているという側にとどまっていると、うまくいかないものです。
たまには手抜きしたのに偶然うまくいったことも受け入れるような、反対側に揺れる自分も楽しんでみるくらいの余裕があるといいんでしょうね。

ただ、それは大人の場合に言えることで、中学生くらいまでは何も考えずにストイックなくらいに頑張ってみる時期は必要かと思いますが。「なんでこんなことばかりやらされるの」って文句ばかり言ってる子は、逃げ道ばかりさがすようになりますからね。
でも「一生懸命描かないほうがいい絵が描けるのかもね」というのは、あたってるような気がします。

なんというか

>こんなことを考えると、何もしなくなると思いますか。
>何もしなくなるとしたら、それは誰なのでしょうか。

この最後の部分がガードというか
フィルターを通り抜けて頭の
どこかに当たっている感じがしました。


自分が動いたことで得たものと、
めぐり合わせで頂いたもの、
どちらかだけでなく両方をおいしいと
思えばほどほどが見えてくるのかな
と思いました。

あらら^^;

>>「なんでこんなことばかりやらされるの」って文句ばかり言ってる子は、逃げ道ばかりさがすようになりますからね。

今ちょうど中間テスト中ですが・・
今日「なんで勉強ばっかしなくちゃいけないの?」って
文句言ってました^^;
「高校なんかいかなくてもいいし」まで言ってました^^;
その後素行の悪いお友達と遊びに行ったんですよ^^;
前途多難ですかねぇ・・・

Re: なんというか

> >こんなことを考えると、何もしなくなると思いますか。
> >何もしなくなるとしたら、それは誰なのでしょうか。
>
> この最後の部分がガードというか
> フィルターを通り抜けて頭の
> どこかに当たっている感じがしました。
>
>
> 自分が動いたことで得たものと、
> めぐり合わせで頂いたもの、
> どちらかだけでなく両方をおいしいと
> 思えばほどほどが見えてくるのかな
> と思いました。

計画して何かをやろうとします。
自分が計画したことだから、うまくやる責任があると感じます。
もしうまくいかなかったら、
誰かのせいでうまくいかなかったと感じて外に怒りをぶつける人、
うまくできなかった自分を責めたくなる人、
いつも計画してもうまくいかない、もう計画など立てたくないと思う人、
人によって感じ方は様々ですがその人なりの傾向が見られます。

そして、これらの感じ方は、すべて私が世界を操っているという立場なのです。
どう感じるにしても、失敗は実際の被害以上に自分を傷めつける事になります。
他人に怒りをぶつけるにしても、それはそのまま自分に返ってくるのです。

もう少し緩やかに、私の支配をゆるめてみたらどうでしょうか。
良くも悪くも、ことは起きてしまったのです。
それはすべてが自分のせいではないのです。
失敗を見て即座に誰かに言い訳することを考える必要はないのです。
ただ、被害はそのまま受け入れ、よかったことは喜ぶ。

起きたことすべてに責任をとろうとしないことです。
もう少し穏やかに事態を受け入れようとするとき、それを邪魔する自分がいたとしたら、
その自分と向き合ってみましょう。
こんな自分は自分じゃない、許せないと言いたいのでしょうか。
こんな自分は人には見せられないと思うのでしょうか。
しかし、現にそれをやってしまった自分は存在するのです。

失敗をやらかす自分も認めないわけにはいきません。
責めるのではなく、ただ受け入れるしかありません。
それが起きたことです。
そして同時にそれを責め立てる自分がいるのも現実です。
それも起きたことです。

起きてきたことの、一部分だけを強調して取り上げることが
現実との接点から離れてしまう原因です。

自分にとって理想的でない自分が見つかったとしても、
それもまた変えようのない現実です。

それを受け入れないで、変えられないことを正面から見ないことでごまかそうとするとき、
それと結びつく自分のいろんな面も切り捨てなければいけなくなるのです。

ちょっとまとまらなくなってきましたね、また機会がありましたら。


Re: あらら^^;

> >>「なんでこんなことばかりやらされるの」って文句ばかり言ってる子は、逃げ道ばかりさがすようになりますからね。
>
> 今ちょうど中間テスト中ですが・・
> 今日「なんで勉強ばっかしなくちゃいけないの?」って
> 文句言ってました^^;
> 「高校なんかいかなくてもいいし」まで言ってました^^;
> その後素行の悪いお友達と遊びに行ったんですよ^^;
> 前途多難ですかねぇ・・・

まあこの年齢だと、いろんなセリフを言ってくれるものですね。
あまり言ったことの言質を取らないで、本音がどこにあるのかを掴んであげるしかないでしょう。

生意気なことを言ってる割には、自分の責任であることも自覚しているものです。
仲間といる間は、強がっていてもひとりになると悩んでいたりするものです。

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