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2つの関わり方/取っ手のないドア

あなたがまだ2,3歳で、ものごとの良い悪いが充分に判断できなかったころを想像してみて下さい。

あなたは、いい気分で家の中を探索しながら遊んでいます。
いろんな珍しい物が目に入って夢中になっていますが、触っていい物、悪い物の区別は付きませんし、大人の目で見た場合のやって良いこと悪いことの判断がつききません。

昨日まで部屋の中で走り回っていても、お父さんもお母さんも怒らなかったし喜んでるみたいだった。
だけど今日は同じことをしていたのにいきなり大きな声で叱られてしまった。
あなたはつかまえられて、叩かれてしまった。
「ストーブをつけたのだから、あぶないでしょ!やけどするよ」
いままでは同じことをやっても叱られなかったのに、喜んでくれたのに、急に恐ろしいことが起きてしまった。
あなたは、状況を理解できないまま、いつも無邪気に遊んでいることは安全ではない場合があることを思い知ります。。
やさしいお母さん、お父さんも、急に人が変わったようになることにショックをうけ、この怖かった出来事を言葉や説明の出来ない感情体験として刻み込んでしまいます。

大人になってからも、どのようなきっかけかはわかりませんが、このようなよく説明出来ない不安や恐怖感が
よみがえってくることがあります。
たとえば、調子よく楽しんで夢中になっているときにふと浮かんでくる不安感、「あまり無邪気に遊んでいると怖いことが起きるかもしれない」というようなものかもしれません。

言葉で説明出来ないような感情だけが刻み込まれた記憶は、思い出そうとしてもハッキリせず、漠然とした不安や恐怖の感情が身体に再現されるのです。

このような言葉で説明出来ない感情は、扱いに困ってしまいます。
できればそんな感情は自分には存在しないことにしてしまおうと考えるかもしれません。
あるいは、自分が抱いている感情ではないよ、相手がそう思っているんだよと他人になすりつけてしまおうとします。
しかし、やっかいでも存在を無視することは、あとあと余計に事態をこじらせることにつながります。

笑う赤ちゃん  泣く赤ちゃん


そのような感情が潜んでいる一方で、私たちが普段意識する感情については、自分でもつきあい方がわかっていることが多いでしょう。
たとえば、今この文章を見ている方の多くは、パソコンの画面で文章を読んでいることでしょう。
パソコンの操作がよく解らないときは、間違ったキーを押して壊してしまわないかと怖がったりしたのではないでしょうか。
画面が急に変化して、何かとんでもないことをしてしまったのではないかと、冷や汗を流したりしたかもしれません。
しかし、操作を覚えてしまったことに対しては、もはや使えるのが当たり前になっていますから、かつての恐怖はどこかに消えてしまっています。
あるいは、新しいアプリケーションを導入しても、今度は前のように使い方を覚えていけば何とかなるものだと余裕を持って取り組めるようになってきます。

つきあい方がわかっているかどうかで、身近になっている感情と、正体がつかめず恐怖を覚える感情が存在するのです。

言葉で説明出来ない感情の傷は、存在には気づいてもつかみ所がありません。
取っ手のないドアのようなものです。
取っ手のついたドアなら、容易にドアを開くことが出来ますから、すぐに中を見ることも出来ます。
しかし、取っ手のないドアは、目の前にドアが見えている(感情の存在には気づいている)ので、同じように簡単に開けられそうですが、やってみると手がかりが何もないので開けようがないのです。

廊下


しかしこのドアもあなたの家の一部です。
そんなドアは存在しないことにしようと思わないで、たとえ今は開けられなくても存在を認めなければなりません。
無視しようと思っても、何度もその前を通りすぎなければなりません。
放置してしまわないで、汚れていたら綺麗にしてあげることです。

あなたが、このドアは封印するといって開かずの扉にしてしまうと、誰かがそれを聞きつけて利用しようとするかもしれません。
あなたはそんなドアはないと言い張りますが、ないのならどうしてそんなに隠そうとするのだろうと考える人が出てくるのです。
どんな事情があるのかは知らなくても、隠しておいて欲しいのなら私の言うことを聞いていなさいと脅迫めいた働きかけをする人が現れます。
あなたは脅しに乗っていいなりになってしまうかもしれません。

隠そうとしないで、自分自身でその存在を認めることです。
それ以外の方法は、いずれ事態をこじれさせてよりやっかいな存在にしてしまうことになります。

自分にはこんな弱みがあると認めてしまえば、それにつけ込んでくる人(実際にはあなたが作りだしているだけかもしれません)は一気にいなくなってしまい、あなたは平和な日常に戻れるのです。

「私は高所恐怖症です」と認めた人は、その恐怖自体は消え去らなくても、つきあい方を覚えたわけですから以前ほど問題ではなくなります。
自分の恐怖が何かわからない間は、例えばエレベーターに乗っていて、なぜ段々不安な気持ちになるんだろうと恐怖に陥ってしまったでしょう。
「高所恐怖症」ということを知り、自ら認めてしまえば、恐怖症は残るにしても大抵の問題は消えてしまいます。

自分で存在を認められない感情があると、人にそれを知られまいとして入り組んだ嘘を作り上げてそれをこじらせてしまいます。
そのうちに、自分でも自分の感情がわからなくなってしまうのです。

自分には、そんな欲求はないと信じたい人は、まわりの人を巻き込んで欲求を見たそうとするかも知れません。
たとえば、自分は欲しくないけど、みんなが欲しいんなら一緒に参加してもいいよと言ってみる。
さらに進めば、まわりの人は私にそれを与えるべきだとという状況を作り上げようとするかも知れません。
「仕方ないでしょ、こんな状況なら私がそれを要求しても。」

逃げる


もう一つ重要なことは、隠したり逃げたりすることは、その行為自体が恐怖心を作りだしてしまうという点です。
隠すくらいだから、何らかの恐れを元々感じているのでしょうが、それを否定したりそれから逃げようとすることは、おおもとの問題以上にあなたを苦しめる可能性が高いのです。

あなたが逃げずにその存在を認め、あまり見せたくはないけど隠すのをやめたとき、消えることはない傷であってもそれ以上にあなたを悩ませる存在ではなくなっていくでしょう。

仕方がないけど、このやっかいな感情が自分には付きまとうようだから、諦めて一緒に暮らしていこうと考える時、一気に問題は解決するでしょう。

いつでも自分は合理的に考えて行動していると勘違いしないことです。
何でもやり方を見つければ自分で解決できると思い込まないことです。

解決可能なことには、何とかしようと取り組むのがいいでしょう。
どうにもならない相手とは、知らない振りをするのではなく、和解して付き合っていこうと思うことです。
2つの関わり方、
はたして今目の前にある感情はどちらが適切なのか、うまく選び分けるのがいいでしょう。


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こんにちは(^^)

子供が小さい時に親から言われた言葉ってずっとおぼえていますよね。
娘に「ママは私が小さい頃に言っていたことと違うことを言う」と言われることがあります。(私は記憶にないのですが…)
親がきちんとした態度でいないと、子供がずっと不安を持ち続けることにもなりますよね。
娘の心の中に取っ手のないドアができないよう、私も気をつけなければいけないな、と思いました。

Re: こんにちは(^^)

> 子供が小さい時に親から言われた言葉ってずっとおぼえていますよね。
> 娘に「ママは私が小さい頃に言っていたことと違うことを言う」と言われることがあります。(私は記憶にないのですが…)
> 親がきちんとした態度でいないと、子供がずっと不安を持ち続けることにもなりますよね。
> 娘の心の中に取っ手のないドアができないよう、私も気をつけなければいけないな、と思いました。

子どもは、親の言っていることではなく、していることをまねると言われますね。
親自身が満足して自由に生きているのを見せることが一番いいのかもしれませんね。
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