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無条件のやすらぎ/正直さ

瞑想とは精神を一切の不正直から自由にすることである。
不正直の原因は思考にある。
正直になろうとする思考の試みは、何かとの比較による相対的なものであり、それゆえ不正直をまぬかれない。
一切の比較は逃避の過程にほかならず、それゆえ不正直を生むのである。
正直とは不正直の対極にあるのではない。
それは何らかのパターンに従うことではなく、あるがままの実相を全的に理解することである。
そして瞑想とはそのような正直さの、沈黙における運動である。

Europe9 P.197
クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (サンマーク文庫) ジッドゥ クリシュナムルテイ (1998-09)



正直な自分の感情や考えは、思考によってはもたらせません。

私たちは正直な自分を取り戻そうというとき、「私はこんなところが正直でなかった。だからこれをやり直そう」と考えてしまうのです。

しかし、正直でない部分をいくら探して取り除こうとしても、正直さは見つかりません。
正直でない自分を掘り起こしている行為自体が、すでに思考の働きの中に入り込んでいることだからです。

「正直とは不正直の対極にあるのではない。」

正直さは、探し求める所からでもなく、時間をかけて思考を巡らすわけでもなく、一切の条件をつけないでも取り出せるものであるはずです。

では不正直な自分をチェックして正直さを求めようとしているとき、そこに登場してくる自分とはどんなものでしょうか。

私たちが、「これが正直な自分だ」とか「これが正直な私の考えだ」「これが私の正直な感情だ」といっているときの、その実体とはどんなものでしょうか。

・人生のどこかで取り込んだ考え方、生き方、哲学といったものを遵守しようとする自分。

いまの自分のやり方を正しいと思いたい。それにはその同じ線上にあるさまざまなやり方を否定するわけにはいきません。
たとえば「私はどんなときも子どもの意見を尊重します」という方針を選択します。
しかし、子どもはどんなでたらめで不合理な意見を言い出すかも知れません。
ばかばかしくて聞いてられないと思っても、相手の意見を尊重するでしょうか。
あるいは、その意見を認めたら子どもが危険な目にあうかもしれないとわかったら、そんな方針を崩さずにいられるでしょうか。
正直に反応するなら、断固としてNOを言わなければならないかも知れません。
方針にとらわれている自分の中にいる限り、自分の本当の正直さを見つけることが難しくなるでしょう。

・あなたの考え方に真っ向から反対してくる人や、あるいはもっと単純にあなたが嫌いな人の意見に相対するときの自分。

もし正直に考えれば相手の考えの方が正しいと感じたとしたら、あなたはどのように反応するでしょう。
あなたは正直に相手の考えの正しさを認められるかもしれません。
あるいは、それを上回るような自分のプライドがそれを認めることを拒否するかもしれません。
そしてどちらを選んだにせよ、そのような自分の信念がからんだ思考を経由して取り出した「正直さ」とは、あるがままの自分であることは疑わしいのです。

・正直に言えば反対だけれど、あきらかに相手の意見に従った方が自分の利益になるという場面での自分。

典型的なケースは、自分が組織に所属する場合の行動です。
会社員であるあなたは、やりたくなくても会社の方針であれば従わなければなりません。
どこまでなら、自分を曲げても会社に従うかは人それぞれ、さまざまでしょう。
また、時には「これは自分の考えを変えたわけではない」という説明を考え出して、自分も会社の方針も正しいと証明し自分を納得させなければなりません。

・誰かと喧嘩して意地を張っている自分

正直な自分に無条件に従うと決心したとき、すべてのわだかまりは消えるのですが、それはなかなか難しいのです。

けんかする子ども2


考え出すともっと色々ありそうですが、このようなさまざまな自分を抱えている私たちは、正直な自分を見つけたいと思っても、なかなか至難の業であることに気がつくでしょう。

気づかないうちに、このようないろんな自分の中の1つが前面に押し出されてきて、これこそが本当の自分だと言い張ります。

「正直な自分を見つけたい」と思っても、思考に巻き込まれている限りすぐに迷路にはまり込んでしまうのです。

それでは正直さを探し求めることは、いつも無駄なあがきになってしまうのでしょうか。

おそらく「探し求める」などという言葉を使っているかぎり無理な様な気がしませんか。

「正直になろうとする思考の試みは、何かとの比較による相対的なものであり、それゆえ不正直をまぬかれない。」

「探し求める」ことは、思考に入り込んで、「あれじゃない、これじゃない」とか「こちらの方が本当の様な気がする」といった、比較の世界に入り込んでしまいます。

もし本物の「正直さ」を取り出せるとしたら、それは努力を放棄したところで、どんな条件もつけないでいい状態で、しかも一瞬にして取り出せるものの筈です。

なぜなら、努力とは思考に他ならないし、そこに条件が必要であるというのも同様です。
また、時間を必要とすること自体が、思考の働きであることを物語っているからです。
時間とは思考がたどってきた痕跡にほかならないからです。

そんなさまざまな思考を放棄した状態で、ただ「正直」な自分を感じようと思っただけで、直ちに得られるのが本当の正直さなのでしょう。

何も用意せず、どんな力みもないところで、「正直なところ自分はどう思うか」を問いかけられたとき、そこに現れるのがありのままの正直な自分といえるでしょう。

あえてつかまえようとすると非常に難しいけれど、幼子のような正直さで求めれば直ちにつかめるのがそれなのです。

王子様


そして、そんな正直な自分をみつけてそこに留まるとき、あらゆるまわりの問題は消え去ります。
それはどんな思考も絡んでこないからです。
そしてあらゆる不安も一瞬で消えてしまいます。
そんな体験こそが、本物の自分にあえたという感覚を与えてくれるのです。

それを得られないために、ああでもない、こうでもないと自分を捜し回っているのではないですか。
それは、しかし思考の中で探してもいつまでも、見つかるはずのないものです。

それが一瞬でも自分で見つけられたと感じられ、またそこに戻っていけると思えるとき、どんなにまわりの現状が問題だらけでも安心できる自分を発見したわけです。

そして、それは特殊な訓練を積んだ人にだけ発見できるようなものではなく、だれもが今までに体験している感覚であるはずなのです。

ただ私たちが、思考の世界に入り込んで、それが自分だと思い込んでしまうから見えなくなってしまうわけです。

なんでもないことだよ。
心で見なくちゃ、
物事はよく見えないってことさ

星の王子様



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こんにちは(^^)

星の王子様のこのことば、いいですね^^
自分で最初に決めていた考えが、他の人の意見や言葉でかわること、ありますよね~。
そういう時は、柔軟に相手の考えをみとめたいなと思っています。

「子供の意見を尊重する」と思っていても、不合理なことを言ってきたら、その時は、尊重しませんね。。。

子供の素直さから

最近、子供の素直さから学ぶことが多いような気がします。あの純粋な心にヒントが、、、。特に感じています。

比較(対極を意識)をしている間は、心の平安は得られないのでしょうね。ただ、普通は比較(対極を意識)しないで生きていける悟り?の境地の人は、通常ほとんどいないと思います。亡くなるまで、その境地になる人がどのくらいいるか?ほとんどの人は亡くなるまで、本当の心の平安は得られない気がします。私は、それはそれで良い気がします。色々な感情を体験するのも、とても大切と思うからです。文章にまとまりがありませんがご意見聞かせてください。よろしくお願い致します。

Re: こんにちは(^^)

> 星の王子様のこのことば、いいですね^^
> 自分で最初に決めていた考えが、他の人の意見や言葉でかわること、ありますよね~。
> そういう時は、柔軟に相手の考えをみとめたいなと思っています。
>
> 「子供の意見を尊重する」と思っていても、不合理なことを言ってきたら、その時は、尊重しませんね。。。

「かんじんなことは、目に見えないんだよ」」
思考に入り込んでいれば、見たいものだけみてしまいますから、
ありのままは見えなくなります。

Re: 子供の素直さから

> 最近、子供の素直さから学ぶことが多いような気がします。あの純粋な心にヒントが、、、。特に感じています。
>
> 比較(対極を意識)をしている間は、心の平安は得られないのでしょうね。ただ、普通は比較(対極を意識)しないで生きていける悟り?の境地の人は、通常ほとんどいないと思います。亡くなるまで、その境地になる人がどのくらいいるか?ほとんどの人は亡くなるまで、本当の心の平安は得られない気がします。私は、それはそれで良い気がします。色々な感情を体験するのも、とても大切と思うからです。文章にまとまりがありませんがご意見聞かせてください。よろしくお願い致します。

比較の世界に生きている以上、それを無視して生きていくことは出来ませんね。
しかし、心の平安は悟りを開いた人だけが得られるようなものでしょうか。
それであれば、私は仏陀には慣れないから諦めますと言う人がいるのも不思議ではないですが、
仏陀自身そんなことは言っていない訳で、どこかでそんな考え方が出来上がってきたのでしょう。
また一度悟りを得たら一気に聖人になってすべてが変わるというのも、現実的でない話に思えます。

長くなるので、今回の話の中からとりだせば、これが手がかりかと思っています。

「そして、そんな正直な自分をみつけてそこに留まるとき、あらゆるまわりの問題は消え去ります。
それはどんな思考も絡んでこないからです。
そしてあらゆる不安も一瞬で消えてしまいます。
そんな体験こそが、本物の自分にあえたという感覚を与えてくれるのです。」

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「正直は不正直の対極にあるのではない」
というのに納得です。
「相対的なものでもない」
も説得力を感じました。

自分が正直であるか?
という疑問を感じた時点で正直ではなかったことになるんでしょうね?

前回と併せてじっくり読み返してみます!

Re:こちくんさん

> 「正直は不正直の対極にあるのではない」
> というのに納得です。
> 「相対的なものでもない」
> も説得力を感じました。
>
> 自分が正直であるか?
> という疑問を感じた時点で正直ではなかったことになるんでしょうね?
>
> 前回と併せてじっくり読み返してみます!

正直さが相対的なものでないという見方からすれば、
不正直を排除しなくても、直ちにありのままの自分を取り戻すことが出来る
という視点が持てるわけです。

いまこの瞬間にでもです。

これはなかなか希望の持てる考えじゃないですか。

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