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問題の本質を捉える/語りかけてくるものそのものに目を向けましょう

いま何か悩んでいる問題があるとします。
いままでもその問題には、何度も取り組んできたつもりなのに、いつもあいかわらず進展しないと感じていないでしょうか。

それは、おそらく取り組んでいるつもりでも、問題の本質をとらえていないのではないでしょうか。

問題に取り組むには、「語りかけてくるもの、そのものに目を向けましょう」。
そして「それが主張して指し示している方向には目を向けない」ということを考えて見て下さい。

たとえば、このような問題を考えて見ましょう。

親の問題:わたしはもっと決めたことをきちんと実行しなければならないのです。
でもついついいい加減になって、やり残してしまうのです。

子どもの問題:うちの子は宿題をよく忘れると先生に言われます。ときどき遅刻もしているようなんです。
なんとか、ちゃんとやる子になるように、私がもっときちんと言わないといけないのでしょうが。

喧嘩する親子


親の問題では、「もっとこういうふうにならなければいけない」という理想を指し示す自分がいます。
そして、その声にしたがって自分がもっと努力すれば、いつか問題は解決するのだと考えています。

しかし、単にやるべきことをやれなかっただけで、やる気になれば出来るはずというのが正しいのであれば、いつまでもそれに失敗するという事態を繰り返すというのは変ですね。

そこでは、「わたしはもっと決めたことをきちんと実行しなければならないのです」と主張している自分の裏側にある、ありのままの自分の感情を見直してみる必要があります。

何が問題であるかは、それこそ人の数だけ要因は考えられるでしょうが、肝心なのは「こうあるべきだ」という声が正しいと信じて突っ走ってしまわないで、そこで一度ストップして見ることです。
そして理想をすべて外してみたとき、そこに見えて来る自分を感じ取ってみることです。

たとえば親から「きちんとしなさい」と言われて「うん、やるよ」と答えながら実行を先延ばしにしてきた自分はいないでしょうか?

あるいは、出来ない理由を作り出すのが得意な自分はいませんか?

もしそういう傾向があるとしたら、自分が本当にしたいことは何なのでしょうか?

それとも、いつも出来ないほどの課題を抱えて、悲鳴を上げながら取り組むことで、少なくとも自分は何かを努力しているんだと納得しようとしている人はいませんか?

そのとき、もし実行可能な量に課題を減らしてみたら、どんな感じがするでしょうか?
決めたことが終わらないままでいるのに慣れていると、たまに時間通りに終わったりしても何か足りないことがないかを探してみたりするのです。
そこにあるのは、何を求めている自分なのでしょうか?

ためいき3


子どもの問題に目を移してみましょう。
宿題をよく忘れる。
私がもっと、きちんと目を光らせていれば、そんなことはなくなるだろうと親は思っています。

確かにそういう場合もないとは言えないでしょう。

たとえば、子どもは学校から帰ると一直線にテレビゲームに向かいます。
ごはんだよと声を掛けても、いい加減な返事ばかりでなかなか食事に出てきません。
あんまりしつこいと、今度こそゲーム禁止令を出さなければと思いながら、つい忙しいので目の前のことに気をとられてしまいます。
ほおっておくと、子どもは寝る直前までゲームをやっているようで、夜更かししてもいるようです。
これでは、宿題は出来ません。時々遅刻するのも原因は明らかでしょう。
子どものゲームの時間を減らすのがまずは先決です。

しかし、そんな極端な原因が見られないのに、なぜか宿題を忘れたり、遅刻したりという子どももいるものです。
そういう子は見ていると、そんなに好き放題に自分のやりたいことをやっているようには見えません。
宿題をやれと言うと、しかたなく取りかかる様子も見ています。
それなのに、なぜ見ていないと宿題を忘れてしまうのでしょう?
わけがわからない。

どうも、親の監督のしかたの問題ではなさそうです。
子どもは実際に何を表現しているのでしょうか?

こどもは、親の「言っている」ことにはしたがわずに、親が実際に「やっている」ことをまねるものです。

「また宿題を忘れたんだって?」「うーん、ちょっとね」
このような、やり損ねては罰せられるパターンが繰り返されるとすれば、そのパターンこそが子どもが無意識に実行していることなのかもしれません。

親がこどもに普段見せている姿はどのようなものでしょう。

たとえば、いつも「いそがしい、いそがしい」と悲鳴を上げている。
「けっきょく今日も終わらなかったわ。どうしてこんなにいそがしいの(フーとため息)」
「生きていくことは、たいへんなのよ!」

こどもは、親のやっていることを取り込むのです。
終わらない作業、大変なのが人生、ため息。

ためいき2


「どうして宿題を忘れるの? いやなことでもやらないといけにこともあるのよ。」
こどもは、親の行動から何となく感じとって、次のようなことを取り込んでいるのかもしれません。

「宿題をやるのは大変なことなんだ。だから、他にも忘れてくる子がいるんだな。
大変なことだから、ため息をつきながら、時には今日も終わらなかったと嘆きながらやるのが人生というものだ。」

しかし、そんなことは子どもには、言葉ではよく表現できません。
「おかあさんも、よくやっているじゃないか」とでも言いたいのですが、言葉で言っているのと実際の親の行動は違っているので、何と表現していいのかわからないのです。

親の裏面的な交流がこのような訴えをしているとすれば、子どもが「もう宿題終わったよ。ゲームやっていいでしょ!」と言ったとしても、親は素直に喜べない反応をするかもしれません。

そこで子どもは思います。
「やれ、やれっていいながら、出来たら出来たで喜んでくれないようだ。やっぱり、大変なことは簡単に終わらしてはいけないのかなあ。」

これは、ひとつの例にすぎませんが、それこそ人の数ほど要因はあるはずです。

問題に取り組むには、「語りかけてくるもの、そのものに目を向けましょう」。
正直に、建前を取り払って自分を見てみることです。
即座に反応して動き出そうとするのを、一度ストップして本音を聞いてみましょう。

言葉が指し示すことではなく、そのものになりきって、本当に感じていることをつかまない限り、
いつものごまかしや建前に騙されて突っ走ってしまうのですから。


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こんにちは(^^)

子供は本当に親の行動をみていますよね~。
子供の行動を見て、自分自身の行動を反省することもよくあります。
何かに集中している時に、話しかけると、うるさいんですよね……。
それなのについ、話しかけてしまいます。。。(うるさがられます)
夏休みの宿題に関しては、本人まかせにしていたのですが、焦って自分で自分を追い込み、何とか終わらせましたよ^^


No title

耳が痛いお話ですね。
無意識なのに伝わってしまうことって多いと思います。
無意識に受け取ってしまっていることも多いし。

親と子ども、上司と部下。
なんだかんだと意識の有無は別にしても見られているし、見てもいるなぁと思いますね。

Re: こんにちは(^^)

> 子供は本当に親の行動をみていますよね~。
> 子供の行動を見て、自分自身の行動を反省することもよくあります。
> 何かに集中している時に、話しかけると、うるさいんですよね……。
> それなのについ、話しかけてしまいます。。。(うるさがられます)
> 夏休みの宿題に関しては、本人まかせにしていたのですが、焦って自分で自分を追い込み、何とか終わらせましたよ^^

放っておけば自分で自分を追い込める子は問題ないですね。
それが無事終わるかどうかは、それに比べれば大した問題ではないでしょう。
うるさく感じる子どもは自分で考えることを始めているからでしょう。
親の働きかけを待っている子どもは、何かのゲームを仕掛けようとしているのかもしれません。
子どものやっていることをみて、親が自分のことに気づくのは大事なことだと思います。
親がそれに気づけば、子どもがそこから脱却できるのも早くなるでしょう。

Re: こちくんさん

> 耳が痛いお話ですね。
> 無意識なのに伝わってしまうことって多いと思います。
> 無意識に受け取ってしまっていることも多いし。
>
> 親と子ども、上司と部下。
> なんだかんだと意識の有無は別にしても見られているし、見てもいるなぁと思いますね。

会社でも課とかチームを見れば、そこに家族関係のようなものが出来上がっているものですね。
親子関係でも、本来はまずは親が先にこだわりから解放されないと、子どもを救ってあげられないのでしょうが、実際には子どもの行動を見て親が助けられるということも多いのではないでしょうか。
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