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屈することですべてを失わない/曲則全

この人は争わないので、
だれも議論をふっかけない。
古に言われるように
「自分を曲げて屈する人は、すべてを残して失わない」
まったくそうじゃないですか?
そのような人が自分のすべてを全うして帰って行けるのです。

Because he is not contentious,
Hence no one under heaven can contend with him.
What the ancients say: "Bent, thus preserved whole,"
Are these empty words?
Be preserved whole and return.

老子道徳経第二十二章
The Tao Te Ching: A New Translation With Commentary
Ellen M. Chen Paragon House / 1989-07



議論することは、言葉の中に、論理の中に自分を無理やり閉じ込めてしまいます。

議論に参加すれば、自分の全体性は置き去りにされて、その狭い言葉の世界であらそうことになるわけです。

言葉は自分を表す一部に過ぎないし、相手の言葉はまた相手の人の世界を反映したものでしかありません。
しかしそんな限定だらけの世界に入り込むとき、人はつい自分の全体性を忘れて、言葉に反射的に反応することになります。

言い争い

論理は結論を出します。
誰かが議論に勝って、誰かが負けます。
そして、議論が終わって、どちらも満足出来ないまま、自分の世界にも戻らなければなりません。
そこでは、言葉にならなかった自分の全体性との折り合いをつけなければなりません。

議論に勝とうとすることは、自分の全体性をさらに犠牲にすることにもなりかねません。
ロジックを突き進めれば、それだけ元の自分をさらに限定する方向に進むことになるからです。

自分の全体性を失いたくなければ、議論には屈して参加しないことです。
議論に勝って自分のトータルなバランスを崩すのは割に合いません。

議論好きが進めば、ますます自分を狭めていき元に戻れなくなります。
そうなれば、さらなる議論で刺激を求めつづけることで、自分を維持しなければならなくなります。

言葉で自分を規定すれば、自分の全体性から離れていきます。
自分の全体性を維持するには、言葉にとらわれてしまわないことです。

その意味では、議論というのは、議論のために自分の言葉を堅持させることになるため有害だと言えるのです。
心にもないことを言ったために、前言を翻せなくなるのがいかに自分を苦しい立場に追い込むかを考えればわかるでしょう。
それはまさに、自分の中でも争いを引き起こすのです。

トータルな自分に戻れるように、誘惑に負けずに自分を曲げて屈する人でいること。
これもひとつのあり方でしょう。

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こんにちは(^^)

議論は…私は得意ではありません。。
他の方の議論を聞いているのも辛いときもありますね~。
なんとなく議論に”勝ち”を求めているところがなじめないのかもしれませんね。
もちろん理路整然と意見を話す方はすごいな~と思うし、尊敬します^^

Re: こんにちは(^^)

> 議論は…私は得意ではありません。。
> 他の方の議論を聞いているのも辛いときもありますね~。
> なんとなく議論に”勝ち”を求めているところがなじめないのかもしれませんね。
> もちろん理路整然と意見を話す方はすごいな~と思うし、尊敬します^^

この章の「曲則全」の解釈には、微妙に異なるものも在ります。
枝が曲がりくねった樹木は、まっすぐな材木に加工しにくいので切られずに生き残るといった意味ですね。

議論には勝っても、相手は結局したがう気にならないのでは意味がない。
適当な所で意見を曲げてトータルには目的を達成するといった解釈もできます。
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