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人を許すことで得られるもの

もしあなたが許せない人がいるのなら、許せないことがいかにあなたを苦しめているかを考えて見て下さい。

恨みを終わらせるには、どろどろした感情を抱えたままでは、いつまで経っても解決しないでしょう。
許すことは妥協でも退歩でもなく、むしろあなたを解放するためのもの、あなたの利益のためにあると積極的に考えた方がいいでしょう。

「恨みを晴らす」とか、「かたきをとる」という言葉があるように、このような行為は日本の文化にも昔から根付くものです。
いまでも、悪代官を懲らしめるという時代劇は人気があります。
水戸黄門が印籠を見せる場面や、仕事人の復讐劇、それらの現代版のドラマなども多く作られ人気は依然と強いようです。

しかしこのような復讐はドラマだけにして、自分の現実生活には適用するのはやめておきましょう。もちろん心理的な意味においてもです。

侍


理不尽な父親や母親を許せないと思っている人は、問題があるのは父親や母親であって自分の問題であるとは考えません。
しかし、実際に問題を抱えているのはその人自身であるのは明らかです。
その人が恨みを手放せばそれは誰のこころにも残らないのです。

恨んでいる人自身がどのような問題を抱えているかは、その人固有の問題であって恨む側の感じていることとは別のものなのです。
しかし、恨んでいる人というのは、自分が恨みを思い浮かべることで相手の人に影響を与えていると錯覚するのかもしれません。
当の本人はあなたの恨みなどまったく知らずに何も気にせず生活を送っている一方で、あなただけが自分の抱えた感情に苦しめられているという構図になるわけです。

いつまでも恨む気持ちを持ち続ければ、被害を受けるのはあなた自身です。
それはあなたの身体を痛めつけ、胃潰瘍になったり、不眠症になったり、憂鬱な気持ちやそんな自分自身に対する悪感情を抱くといったことが、すべてあなた自身に返ってくるのです。
そしてそのことは、相手には何も直接には影響を与えないのです。

にらむ女子


それから人を許せないでいるときに、関係してくる問題として、相手に問題の責任があることにして自分の責任を回避するという心理です。

あなたが許せないと思う出来事が起きたときには、相手に何らかの問題があったのかもしれませんが、それをいつまでも抱えるのは自分自身の責任であることを認めるしかありません。
いまあなたがどのような感情を持ち続けるかは、相手にはどうしようもないことなのですから。

問題の責任を外側に押しつけるとき、あなたはそれに託けて自分の責任をとることを避けてしまいがちです。
「こんなひどい目にあったのだから、何も出来なくても仕方ないだろう!」といったいいわけです。

しかしそんなことを言って自分の責任を果たさない人に対して、まわりの人は最初は同情したとしても、いつまでもそれを免罪符にはしてくれないでしょう。
いくらあなたの最初の状況がひどいものであったとしてもです。

それから「人を許す」ことに条件をつけていては完全な解決には至らないものです。
「許します」と言っていても「でも忘れないよ」と思っていたのでは、なにか状況が変化すれば、またそれを持ち出すつもりだといっているようなものです。

許すなら全面的に手放すしかありません。

「私の場合は特別だから」という別のパターンもあります。
私のようなひどい目にあった人間は、例外であって恨みを手放せなくても仕方がないという主張です。他の人の被害など大したことはないからそんなことが言えるんだというわけです。

しかしどれだけ悲惨な状況だったとしても、いままで書いてきたことが例外となるわけではないでしょう。
許さないでいつづけることは、その人の選択ですがダメージを受けるのは自分自身であるという原則は変わらないのです。

ためいき3


恨みを持ちながら、なんとか自分を抑えているというのは、それが積み重なると復讐を実行するという考えにつながる人もいます。
このような心理を交流分析では「スタンプを集める」という表現を使っています。
スタンプのシートいっぱいにスタンプを埋めれば景品と交換できることに例えた表現です。
恨みの気持ちを少しずつこころの中にため込んでいって、もうこれで充分だと思った時点で復讐の行動を実行することになります。
その結果は、軽い口論から殺人にまで至る悲惨な結果までさまざまです。

「人を呪わば穴二つ」(墓穴が二つになる)というのは、あながち誇張した表現ではないのです。


「許す」という選択が「恨み」に対する唯一の解決となるでしょう。

ノーマン・カズンズ(アメリカの著名なジャーナリスト)は不治の病を笑いの力で克服したことで有名です。入院生活でテレビのコメディ番組を見続けるなど、笑いとユーモアで痛みを和らげ、生きる気力で難病を克服して奇跡的な復帰をとげました。
その間の事情を綴った『笑いと治癒力』という本も書いています。

彼は難病に対して人任せにせずに自分でも治療法を選択しながら病気を克服したわけです。
ここでこの話を持ち出したのは、『笑いと治癒力』とは少しずれるかもしれませんが、病気になってしまったことを恨んで、運命を呪っていたとしたらこのような本を書くことも、あるいは病気から復帰することもなかったのではないかと言うことです。

生への意欲とは、責任の回避や人を恨むような方向とは真逆なことです。
病気を恨むことも、人を恨むことも外側の要因のせいで自分は思うように生きられないとする点で、自分の生への意欲を歪めるものということでは同じです。

病気を恨む場合は、特定の人を対象にしていないかもしれませんが、人を恨むという場合もそのきっかけは誰の責任とも言えない場合が多いわけです。
たとえば親の育て方が悪かったと責任を押しつける人がいますが、最初からベテランの教育者である親などどこにもいないでしょう。
限られた知識やまわりの手本を頼りにして、自分の経験の範囲で親としての精一杯のことをして来たわけです。不充分な親だとしてもそれで自分が責任を持たないと言う理由にはならないのです。

怒っているハート     ハート3


そもそも人に責任を押しつけることで一体何が得られるでしょうか。
誰かを許せないから、仕方なくでたらめなことをしているんだという主張をしたところで、すべての結果を受けとるのは自分自身でしかありません。

人を許せない思いで1日のうちのどれだけの時間を使ってしまうでしょう?
今日の恨みは今日のあなたを痛めつけるだけです。
そんな自分をいじめるようなことをやめて、人を許すとき病気を克服したノーマン・カズンズと同じように奇跡的な変化が起こるかもしれないのです。


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非公開コメント

こんにちは(^^)

人を恨み続けるのはかなりのエネルギーが必要でしょうね。
私は人を恨み続けたという事がありませんが、恨みを許す気持ちになるのも難しそうですよね。

『笑いと治癒力』、面白いですね。
たしかに明るく笑っていると活力もでるし、病気も治りそうですよね。
明るく笑う生活をこころがけたいと思います(^^)

人を恨み続ける
人に怒りの感情を持ち続ける
大変なエネルギーですよね。
幸いに私はそこまでのことにあったことはないですけど・・・
ニュースなどをみていると
「そりゃあんまりだ」
と思うようなニュースも多いです。
そのような状況になったら、許せるのか。
ちょっと自信ないですねぇ

Re: こんにちは(^^)

> 人を恨み続けるのはかなりのエネルギーが必要でしょうね。
> 私は人を恨み続けたという事がありませんが、恨みを許す気持ちになるのも難しそうですよね。
>
> 『笑いと治癒力』、面白いですね。
> たしかに明るく笑っていると活力もでるし、病気も治りそうですよね。
> 明るく笑う生活をこころがけたいと思います(^^)

ノーマン・カズンズと言う人は、日本人にとっては原爆の被害者への支援活動をいろいろ
行った人としても知られています。
最近注目されだしたホリスティック医学に通じるような治療を自らに対して行って見せた
とも言える人ですね。

Re: こちくんさん

> 人を恨み続ける
> 人に怒りの感情を持ち続ける
> 大変なエネルギーですよね。
> 幸いに私はそこまでのことにあったことはないですけど・・・
> ニュースなどをみていると
> 「そりゃあんまりだ」
> と思うようなニュースも多いです。
> そのような状況になったら、許せるのか。
> ちょっと自信ないですねぇ

すぐに許すというのは出来る人は少ないでしょうが、許さないでそれを思い続けるのか、あるいは出来るだけそれから自分を切り離せるかは選べるわけだと思います。
理屈で言うより遙かに難しいでしょうが、怒るのが当たり前と決めつけずに、どちらを選ぶのがいいかを見直してみたいものだと思います。

こんにちわ^^

問題は個人的な恨み辛みなのか、
複数の人間、或いは社会的に影響があるものかどうか
と言う気がします。

個人的なものでも、他者に今後影響を及ぼすものであるならば
笑い飛ばして忘れるよりも社会的活動によって啓蒙するべき
かも知れないという気がします。

社会にも、加害者にも、啓蒙するという事は
同じ過ちを当人、或いは組織が繰り返すのを防ぐ働きが
あると思うからです。

法の裁きに任せるという手もありますが、
法は正義とは必ずしも言えない現状があるので、
むしろ、草の根的な活動や世論に訴える方が
効果がある場合も否定できない気がします。
難しいですね、こういう問題は・・・

Re: こんにちわ^^

> 問題は個人的な恨み辛みなのか、
> 複数の人間、或いは社会的に影響があるものかどうか
> と言う気がします。
>
> 個人的なものでも、他者に今後影響を及ぼすものであるならば
> 笑い飛ばして忘れるよりも社会的活動によって啓蒙するべき
> かも知れないという気がします。
>
> 社会にも、加害者にも、啓蒙するという事は
> 同じ過ちを当人、或いは組織が繰り返すのを防ぐ働きが
> あると思うからです。
>
> 法の裁きに任せるという手もありますが、
> 法は正義とは必ずしも言えない現状があるので、
> むしろ、草の根的な活動や世論に訴える方が
> 効果がある場合も否定できない気がします。
> 難しいですね、こういう問題は・・・

そういう話になれば、まずは「人が人を裁く」ということが可能なのかを考えないといけない話ですね。
「裁き」が時代と社会を反映したものでしかないことは、歴史が語っていることだと思います。
「裁き」はそれへのカウンターを生み出し続けます。

しかし「裁き」がどうあろうと、個人の心情は置き去りには出来ません。
それはあくまで個人の問題でしか処理できないと思います。

こんにちは

人を恨むのは本当に疲れます。。。

私は最近長年おつきあいをしていた
婚約者と別れました。

結婚を決めた後の数ヶ月間
それまではそんなことは一切なかった彼が
嘘をついては他の女の子と遊びにいくようになり
浮気までしてしまいました。

きっと覚悟ができてないまま覚悟したつもりになって
苦しくなってしまったのでしょうね。。

結婚を約束していた分、私も目を瞑る場面も多く
自分の気持ちを殺して、数か月我慢したのですが
話し合いをしても繰り返される現状に限界がきてしまいました。
大好きだけど、この彼とは未来はないと判断し
私から振ったのです。

両家の家族のこともありましたし
未だに私は彼を少なからず恨んでいて
本当に疲れてしまいます。。。

早く自分の心の健康の為にも
彼を許してこのモヤモヤした毎日から抜け出したいです。

この記事を読んで、そのきっかけをつかめた気がします。
ありがとうございました。

Re: こんにちは

> 人を恨むのは本当に疲れます。。。
>
> 私は最近長年おつきあいをしていた
> 婚約者と別れました。
>
> 結婚を決めた後の数ヶ月間
> それまではそんなことは一切なかった彼が
> 嘘をついては他の女の子と遊びにいくようになり
> 浮気までしてしまいました。
>
> きっと覚悟ができてないまま覚悟したつもりになって
> 苦しくなってしまったのでしょうね。。
>
> 結婚を約束していた分、私も目を瞑る場面も多く
> 自分の気持ちを殺して、数か月我慢したのですが
> 話し合いをしても繰り返される現状に限界がきてしまいました。
> 大好きだけど、この彼とは未来はないと判断し
> 私から振ったのです。
>
> 両家の家族のこともありましたし
> 未だに私は彼を少なからず恨んでいて
> 本当に疲れてしまいます。。。
>
> 早く自分の心の健康の為にも
> 彼を許してこのモヤモヤした毎日から抜け出したいです。
>
> この記事を読んで、そのきっかけをつかめた気がします。
> ありがとうございました。

人を恨んで許せないと思っている時というのは、
私が許してあげる権限を持っている人、相手は裁かれる立場の罪人
と言った構図になっているものです。

これを維持したままでは、頭でどう考えても本当の意味での「許す」自分は見えてきません。

こうした自分を切り離して、少し離れた位置からそんな自分を眺めてみる。
そうすれば、なんで私はひとりの人間に振り回されて苦しんでいるんだろう、バカみたい。
と思えるかもしれません。

あるいは、そんな自分がこだわっているのが、
ちょうど小さな子が「○○ちゃんが悪いことをしたから罰を受けるまで許さない」
とだだをこねているように、すねている自分を見つけるかも知れません。
相手が罰せられたら、そしたら私は変われると思っているから、今の自分を変えようとしない、
その自分から抜け出せないままになっているのです。

だだをこねていた子どもも、やがてそんなことは忘れて新しい興味に向かって楽しいことを
考えるように変わるでしょう。
それには、誰かが罰せられることが必要なわけではありません。
そんなことはどうでもよくなっていくのが自然です。
いつまでもこだわって、罰を受けさせると言い張っている自分が「不自然な状態=許せない苦しみ」
を続けさせているのです。

人間に作られた社会は、誰かに責任をとらせたり、罰を受けさせることで成り立つ面もあります。
しかしそれにつられて、自分の自然な変化をせき止めてしまうと、いつまでも許さない自分が作られてしまうのです。

「婚約」という言葉が、相手のあるべき姿を作り出し、それに合わない人間を非難したくなる。
相手を「婚約者」とみなければ、過ちをする人間はまわりにいくらでもいるし、自分もまた例外で
ないことを思い出す余裕も出てきます。

つい長くなってしまいましたが、スッキリ切り離して、その時間とエネルギーを新しい自分の
可能性に振り向けるようになれるといいですね。

Re: こんにちは

お返事ありがとうございました。

すごい、まさにおっしゃる通りといったお言葉でした。
どうしてそんな風に考えられるのですか(´・ω・`)??
本当に尊敬です。

今までの流れと自分の決断と
今の自分の現状を客観視してみたら
少し視界が広くなりました。
少しずつ心に余裕をつくって
スッキリと切り離したいです。

ありがとうございました(^v^)/
救われました。またおじゃまします。

始めまして^^

そうなんですよね~許すってなんか 損するみたいな錯角にとらわれてしまいます。

ただ こっちの思いだけで相手は何もおもってないのでしよね

 浮気・仕事放棄 家庭放棄 こんな最低なこと

裁いてやる・・・・だけど・・・・・

なんか。時間が無駄・・落ち込んだり裁いたり・・・・

 その中で 一つの笑いのゆとりがあれば

子供もつらくない・・・何かが違いそう

うまくいえないけど  

うーん わかんない・・・・・

 

Re: 始めまして^^

> そうなんですよね~許すってなんか 損するみたいな錯角にとらわれてしまいます。
>
> ただ こっちの思いだけで相手は何もおもってないのでしよね
>
>  浮気・仕事放棄 家庭放棄 こんな最低なこと
>
> 裁いてやる・・・・だけど・・・・・
>
> なんか。時間が無駄・・落ち込んだり裁いたり・・・・
>
>  その中で 一つの笑いのゆとりがあれば
>
> 子供もつらくない・・・何かが違いそう
>
> うまくいえないけど  
>
> うーん わかんない・・・・・
>
>  
最初は自分の為だからと割り切ってでもいいから、相手を許せないと思う思考をストップしてみる。
そうすると新しく見えて来るものがあるんじゃないかと思います。
ちょうどこれしか解決法がないと思ってしがみついていると、いつまでも抜け出せないのと
同じようなものですね。

わからないから動けないというのも、やりたくないときの一つの抵抗の表れかも知れません。

ありがとうございます(^^)

ありがとうございます^^

 自分で書いた文を冷静にみても なんら

進歩がなく感じます。自分の思いを文にするということは

大切だと思いました。

自分も逃げてるのでしょうね・・・・・

でも 逃げないで何を したらよいのでしょうか・・・

 あっさりと楽な解決を望むばかりで

コメントいただいたとおり 少しやってみますね^^

んー、言いたい事はなんとなく分かる気もしますが、これでは読んでる人が救われないように思います。どうせ伝えるなら読んでる人が読みながら救われる書き方をする方が良いと思いました。

Re: タイトルなし

> んー、言いたい事はなんとなく分かる気もしますが、これでは読んでる人が救われないように思います。どうせ伝えるなら読んでる人が読みながら救われる書き方をする方が良いと思いました。

「救われる」と言う言葉が何を意味すると思っておられるのでしょうか?
それによって解釈は全く変わってしまいます。
それがわからなければ、何とも言いようがありません。

いま流行の「倍返し」で仕返しすれば、ひとは救われるのでしょうか?
ほんとにそんな事を信じていいのでしょうか?

本当に救われるとは、人への恨みなどに影響されない生き方にあるはずです。
だれかが何かをしてくれないと、私は救われないのなら、あまりにも救いのない世界ではありませんか?
他人次第で不幸になってしまう、救いようのない世界です。
「どうせ伝えるなら」ではなく、これを伝えたくて書いているわけです。
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