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あえて名前をつけない

前回ペットは役に立っていないのに必要な存在であるということを書きました。
「どんな役に立っているのかうまく言えないけれども、自分を癒してくれる存在である」

ここでそれならペットは「人を癒してくれる」という意味で役に立っているのだといえるじゃないか。
そんな風にいいたい方もいらっしゃるかもしれません。

しかし「癒し」という言葉を使って「役に立つ」ものに含めてしまうことには反対です。

「癒し」を役に立つもののひとつとして扱ってしまえば、やがて「癒し」は商品化し今回はこの癒しを使って見ようという使われ方をすることになります。

そうやって再現可能な手続きとなってしまった「癒し」は、言葉で理解可能な範囲でしか扱えないものに変容してしまいます。

自我が扱いやすいやすいような、ことばで容易に表されるものになったとき、それは限定されたものでしかなくなるのです。

いつか「癒し」で表される内容は言葉で征服されたものだけになり、本来そこにあった言葉にならない意義や存在は、かつては確かに存在したのにやがて未知のものの仲間入りをしてしまいます。
こころの奥にしまい込まれて、表にあらわれないもの、忘れられた存在になってしまうのです。

フィジー6


日常を離れて自然に接したときに私たちが癒しを感じるとすれば、それは言葉で解釈したものではないはずです。

ただ一目見て自然に感動し、それに圧倒されたりするわけです。
「この花は○○という花だから綺麗だね」とか「この色と形が私を感動させる」というような解釈が先にあるわけではないでしょう。

それは感動したあとにこじつけた解釈でしかありません。
そのとき行っているのは、自分持ち合わせている名前や言葉を使って見たものを説明しようというあとづけの行為です。

ことば以前に感動があってこそ、それの存在がもたらす意味があったわけです。

このように名前をつけたり、言葉をあてはめることを安易に使ってしまえば、あいまいな状態で存在していた意義を失ってしまうことになります。

あいまいさを曖昧なままで扱うことは、通常の問題解決とは相容れないものです。

問題を解決するには、対象をハッキリさせ、区別し、その因果関係をハッキリさせていくという過程になります。
このやり方が必要で有効であることはもちろんたくさんあるわけです。

しかしこれとは逆に曖昧さを維持し、あるいは言葉で限定されていたことをそれ以前の曖昧な状態に戻してやるというやり方が必要な場合もあるはずです。

それは効率を重視し結果を求める世界にはなじまないでしょうが、曖昧なまま扱わなければ得られない経験をもたらす為には必要なことです。

さらにいえば、従来の尺度で「役に立つ」かどうか見ている限り思いつかないことがあるものです。新しい発見もとらわれを捨て、役に立たないとして扱っていたものを見直すとき見つかることが多いようです。

森木漏れ日


「それはどんな風に役に立つのですか?」と聞かれても答えようがありません。
どんな風にと解釈しない過程こそが意味を持つことだからです。

ますます曖昧さを排除しようとする社会にあって、「あいまいなまま」の状態にいることから逃げようとしないとき、初めて見えてくるものもあるのではないでしょうか。


天と地よりも以前に生まれた何ものかがあった。
それは静かで音もなく、ぼんやりしているようで形でもない。
なにものにも頼らず独立していて、変わることがない。
どこまでもひろがって止まるところがないようだ。
あえていえば、それはこの世のすべてを生みだす母のような存在である。
それには名前がないので、仮にこれを道(タオ)と呼んでおこう。

名のあるものと名のないものは、もとは同じ源から出てきたものなのだ。
名のある領域の後ろに名のない領域がはるかに拡がっているのだ。
名のない領域を観るものは根源を見る。
名のある領域を観るものは結果を見る

老子道徳経 第一章




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ブログを書いていると実感しますね
嬉しかったこと、悲しかったこと、どんなに考えてもうまく表現できないです。
書くとかえって
「こんなことで感動したの?」
ってチープに感じたりもしちゃいます。

名のない領域をみるものは根源をみる
って
「なるほどな~」
と思いました。
ぼやーんとわかる気がします。

Re: こちくんさん

> ブログを書いていると実感しますね
> 嬉しかったこと、悲しかったこと、どんなに考えてもうまく表現できないです。
> 書くとかえって
> 「こんなことで感動したの?」
> ってチープに感じたりもしちゃいます。
>
> 名のない領域をみるものは根源をみる
> って
> 「なるほどな~」
> と思いました。
> ぼやーんとわかる気がします。

活字だけで伝えるのは難しいですね。
ツイッターともなると、明確な表現以外は暗号か謎かけに思えてしまいます。

> ぼやーんとわかる気がします。
ぼやーんとでなくなると名のある領域に入り込んでしまうのかもしれません。
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