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何を脅えているのでしょう/恐怖から自由になる

「何に脅えているのですか?」と聞かれたら、どう思うでしょうか。

たまたま気になることがあって、すぐに思い浮かべる人もいるかも知れませんが、多くの方は「別に何も脅えてなんていませんよ」と答えます。

しかし答えた後になって、そうはいったもののときおり感じるなにか漠然とした不安やおびえを、思い出す人も多いのではないでしょうか。

まあこんな書き方をすれば、占いのようなもので誰しも何かしら「すねに傷持つ身」であると言えるのかもしれません。

脅えることなど何もないという人は殆どいないと思いますが、このような恐れが何に根ざし、それを癒すためにはどうしたらいいのか、そんなことを書いてみたいと思います。

メンタル


まず恐れの前提になるのは、いま安全であろうとしがみついているものがあるということです。
それが壊れてしまうのではないかという、時には具体的な、時には漠然とした恐れがそこにはあるのです。

その壊れて欲しくないものとは、あなたが作り上げてきた想像上の信念、思い込み、間違った道徳観念、神経症的なしがみつきといったものです。

それらに共通するのは、元になった出来事があったとしても、今はもう観念として独立して存在しているのです。

それらは、あなたが思わず誰かに教えてあげようとしたくなる意見などを、普段から観察していることで見えて来るはずです。

あなたにとっては、それはとても自明なことで、誰が考えてもそう思うはずだと信じる内容です。
逆に他人からそれを批判されると、衝動的になにか言い返したくなるような信念の固まりなのです。

それは人との関わり方についてや、成功という概念、道徳観、宗教などといったものです。

ワールドカップが盛り上がっていますが、選手に対する期待や圧力は国民性によっても随分違うようですね。
日本人には想像もつかないような、サッカーへの熱狂ぶりに驚かされたりします。
ニュースによれば、試合を占う“神託タコ”パウル君まで攻撃対象になったりしているようですね。

サッカー国際試合


国によっても人によっても正しさは異なります。
それが誰に対して自明のことなのかを前提にしなければ、誰にとっても自明なことなどそうそう存在しません。

しかしそのような、その人にとって自明なこととは、時には命がけで守らなければなりません。

なにかが起こって自分の築き上げた観念の城が、崩されてしまわないかを恐れています。
誰かの意見が自分の信念に脅威を与えそうなら、攻撃するか無視するかが緊急の関心事となります。

自分の信じている世界が壊れることを恐れて、脅威にはなりふり構わず抵抗し、疑り深くなったり敵対的になってしまいます。

しかし、問題はこのような観念は観念に過ぎないことがわからなくなり、脅威を感じると自分そのものの価値への脅威と勘違いしてしまうことです。

自分のアイデンティティが、このような観念の固まりでできあがっていると信じているので、これを破壊しようとするものには、相手が誰であろうと真剣に戦おうとしてしまいます。

そうしないと自分が破壊されてしまうと感じてしまうのです。

しかしこの思いこそが脅えの原因であり、それを守ろうとする行動がこの観念で作られた悪循環を強化することになってしまいます。

このまちがった自己観念を何とかしないかぎり、恐れは存在し続けます。

ではどうすればいいのかといえば、この築き上げた自己観念を壊してしまうしかありません。

まず何かを恐れている自分に気づくようにして、そのときの自我を守ろうと反射的に感じてしまう自分に気づくことです。

そして、すぐに反応してしまう自分を押しとどめて、それを受け流したら何がおこるのかを正面から見届けることです。

今まではすぐに反応していたため、何もせずにいたらひどいことが起こるに違いないと信じ込んでいました。

しかし今度は何もしないでいたらどうなるのかという現実を、あてにならない想像の代わりにじっくり観察してみるのです。

勇気


これが難しいのは、いままで経験していないことに踏み切る勇気が必要だからですが、実はこのような状況さえなければ、私たちは予想できないことであっても、ただ受け流して生きているものなのです。

何も知らない子どもなら、大人が何を脅えているのかを不思議がるでしょう。
それに対して「お前は子どもだからわからないんだ」と言い切れるでしょうか?

受験生やオリンピックの代表選手が過酷なのは、それまでの何年間かの努力に対して、一回の挑戦で結果を出すことが要求されるからです。

そのような状況さえなければ、実際には試験や試合の本番でも、今まで何度もやってきたことをただもう一回行っているだけです。

今までの馴染みのあるやり方を捨てる決心についても、「これを失敗すればとんでもないことになる」という思いを捨てて、「やってみたらどうなるだろうか」というチャレンジ精神で気軽にトライしてみることです。

あれこれ逃げ道を用意しないで、ただ実行してみます。
他にやり方があるかもしれないとという逃げ道が、勇気を出すことを余計に難しくしているのです。
ちょっと試しにやってみようという気軽さで試してみるのです。

その経験は勇気を出しただけの効果をもたらします。

防衛しなければならない虚構はもはや捨ててしまったのですから、恐れの原因はなくなります。

防衛したり、他のもので隠そうとしないとき、もはや脅える対象は存在しなくなります。

勇気を出して試した結果を見てみましょう。

そこであなたが発見するのは、恐れていたような外部の状況の変化は、実際には何も起こらなかったことです。

外側から脅威がやってくると脅えていたのに、何も今までと変わらない状況が淡々と起きていっただけです。

あなたの恐れは、あなたの内部にあっただけだということを悟ります。

外側の出来事はあなたに何も脅威を与えません。

あなたがどう受け取っているかだけが問題だったのです。

このようにして、あなたの恐れの原因である思い込みをひとつずつ正体を明らかにしてみましょう。
それを進めるにしたがって、恐怖は加速度的に減っていきます。
それは同類の恐れは一気に消えていくからです。

うつむく


さらにもうひとつ、脅えを緩和するための重要な要素があります。

それはあなた自身や誰か他の人、あるいはどんな出来事についても、何も責めないという態度です。

あなたが恐れているのは、出来事とその他にもう一つその結果を責めてくる誰かです。

あなたが誰かを責めるとき、それは別の機会にあなた自身を責める態度をも強化します。
逆にあなたが自分を普段責めているほど、何かあったときの他人への攻撃も強くなります。

あなたが何者も責めないとき、あなたが恐れている責め立ても弱くなりやがて消えていきます。

また何かを責めていると、私たちは現実をありのままに見られなくなります。

原因は責めるべき誰かにあると思っているから、そこにある現実をそのまま受け取れないし、それがもたらしてくれる洞察すらも一緒に切り捨ててしまうのです。

何でも他人のせいにしてすねているとき、いくら体験を重ねても一向にあなたの経験は生かされていきません。

相も変わらず人を責めて、愚痴を言い続けている自分を発見するだけです。

「何でいつも自分は運が悪いのだ」と思っていますが、それはあなた自身が作り出している必然であるわけです。

「自分も他人も責めないで、起きてくることを受け止めてやろう」

そう決心すれば、「恐れは実は自分が作り出していたのだ」と気づく機会がどんどん増えていきます。

外にあると思っていた脅威がなくなれば、警戒すべきは自分の内側にあったと気づいて、恐れから外側をキョロキョロ見回すエネルギーが必要がなくなってきます。

あなたは自分の反応さえ見ていればいいのだと気づいて気軽になります。

そして「何を脅えているのでしょう」と聞かれても、「いいえ何もありません」と本心から答えることが出来るようになるでしょう。


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国によって違う。。。
でも国際結婚している人がいるから不思議。。。

Re: タミリンさん

> 国によって違う。。。
> でも国際結婚している人がいるから不思議。。。

作られた文化的なものを取り去った後に、残るものがあるんでしょうね。

こんにちは^^

「自分を普段責めているほど、何かあったときの他人への攻撃も強くなります」という箇所、納得しました。
他人を攻撃するタイプの人は、普段自分を責めているのでしょうね。
小さい時に親から責められて育ったんだろうな~、と思ってしまいます。

タコのパウル君、凄いですよね。
攻撃する人たち、ひどいですよね~。

Re: こんにちは^^

> 「自分を普段責めているほど、何かあったときの他人への攻撃も強くなります」という箇所、納得しました。
> 他人を攻撃するタイプの人は、普段自分を責めているのでしょうね。
> 小さい時に親から責められて育ったんだろうな~、と思ってしまいます。
>
> タコのパウル君、凄いですよね。
> 攻撃する人たち、ひどいですよね~。

日本人からすれば、日本という国に生まれてよかったと思うことがあると思いますが、
それは自分たちが日本人だからそう思うのかも知れませんね。

国が違えば考え方の基本が随分違ったりしますが、自分たちと比較して
日本人はそういうところがダメと決めつけて、日本の考え方を否定する人がいたり、
あるいは、それとまったく逆の立場をとる人もいます。
しかし、所詮はあとづけの文化、本質的なものではないと思うんですが。
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