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考えるな、感じろ!

考えるな、感じろ!(Don't think, feel.) ブルース・リー



有名なブルース・リーの「燃えよドラゴン」でのセリフですが、身体の動きを考えるのではなく、感じながら動作にうつすようにと指導している場面での言葉です。

頭で考える時と、感じるべきときを区別することが必要です。

論理的に考える必要がある時は、それに従う必要があります。

理由を説明するように求められて、あいまいな主観的なことばかり話していては、相手は何を言っているのかわからないと文句を言ってきます。

パソコン疲れ


論理しか通じない典型は、みなさんもおなじみのパソコンの操作ですね。

こんなに文章を打ち込んだんだから覚えていてくれるはず、そういって電源を落とすとどうなるでしょうか。
保存の操作を指示しない限りパソコンはあなたの意図を察してはくれません。

「何時間かかったと思っているんだ!」と文句を言ってもそれはちょっと筋違いというものです。
あなたの念力ではパソコンの動作は変わりません。

原因になることをしなければ結果は起こってきません。

論理的な思考を導く典型的な言葉は、「なぜ」ですね。

「なぜこんなことになってしまったんでしょう?原因は何でしょう?」

機械なら原因がわかれば故障も直るかもしれません。
この考え方は、今ではいろんなことを考える時の常識になっていて、深く私たちの思考に入り込んでいます。

何にでも原因の究明が答えをもたらしてくれると考えてしまうのです。

しかし「こころ」の問題では、原因の追及は回答をもたらさなかったり、場合によっては問題を悪化させる場合もあります。

「なぜそうしたの?」という質問は、原因の説明を求めているだけではなく、それ以上に責任の追及に聞こえてしまいます。

この考えの背景には、私たちは何でも理由があって行動していて、自分のやったことは必ず理由が説明出来るし責任を持てるはずという発想が潜んでいるのです。

なぜなぜ


しかしいつでも「なぜ」に応えられるように行動している人はいません。
自分でも気づかないうちに、無意識に行動していることの方が多いはずです。

相手が考えて動いているのなら、即座に答えが返ってくるはずで問題は解決します。

しかしそうでない場合には、相手に無理に答えせたところで、事態の解決には結びつかない場合の方が多いのではないでしょうか。

「なぜそうしたの?」という追求は、相手を追い込んでしまい、無理やり理由をこじつけなければならない状態にしてしまいがちです。

そうなると本人もだんだん状況の理解から遠ざかってしまいますし、追求する側も厳しい迫害者を演じることになってしまうでしょう。

私たちは、悩んだり心が動揺したりしたときには、「なぜ?」という質問では答えを出せない場合が多いのです。

論理的な思考は解決が見つかる場合は有効ですが、答えのでない場合には何の力も持ちません。

答えがないという結論が出ているのに、なんとか他の抜け道はないかと探し続けても同じ所をぐるぐる回り続けるだけなのです。

論理回路であるコンピュータの場合も同様のことが起こります。

何らかの理由で繰り返しを脱出する選択が何もなくなってしまうと、コンピュータは同じ処理を延々と繰り返すしかなくなってしまいます。
いわゆる暴走という現象です。

暴走して無限ループに陥ってしまうと、他の処理をしようとする機会を奪い取って同じループの処理にすべてのパワーを使ってしまいます。
こうなると、もはや再起動でもしないと何も出来なくなってしまうのです。

論理的な思考での解決が見つからない場合、こんな時には「考えるな、感じろ」というアドバイスが有効かもしれません。

心が動揺している状態では、言葉ではなくそのままの状態を感じてみることが重要です。

このようなとき、私たちは心だけではなく身体の反応が起きていることが多いものです。

動悸を感じていたり、胃がきりきり痛んだり、汗が出てきたり、何となく身体の反応がいつもと違うと感じることが多いのですが、頭で解決を考えているとそのようなことに注意を払えなくなっています。

しかしそんな時こそ一端考えることをやめて、身体の反応に注意を向けてみることが重要です。

虫眼鏡で観察


考えても答えが得られないときは、今の状態をただ観察してみることです。

身体の状態はどんな感じなのか、うまく言葉で表現できない自分の悩みとはどんな身体の感覚と結びついているのだろうかというように。

こんなことをして何になるんだと言いたくなるかもしれません。
しかしそれは、「なぜ」という問いかけとそれに対する答えで問題を解決しようと思っているからです。
そしてそれでは答えが出なかったのです。

何かを変えようとせずに、ただ起きてくることを受けとります。
徹底して、受動的な姿勢を維持します。

ただ受け取っていると、そのうちあなたの感じとっていることが、考えているのか、感じ取っているのか、身体の感じることなのか、どれともわからない、別の印象を感じる様になるかも知れません。

問題には対策や行動で答える、という今までの発想を捨て去ります。

いままで何度もくりかえしてきた思考では、解決に結びつかなかったのだから、今度はただ感じてみます。
対策を考えて解決するこころではなく、別のこころの整理をしているのだと思って見ることです。

こうして自分の感じ方を意識してみるだけで、理屈では何の答えも出ていないのに心の動揺はおさまってきます。

答えは言葉に出来なくても何とかなりそうだという感覚が生まれてきます。

このような経験を積み重ねていると、言葉による解決というライブラリーとは別に、言葉にならないけれど方向性が見えて来るという別のライブラリーが出来上がってきます。

「ああ、これはいつか感じた状態だ。あのときはなぜか不安が消えて淡々と処理できていったんだった。」というような解決の仕方をストックできてくるのです。

「理由がわからなくても、ものごとは先に進むんだ」ということをあなたの新しい選択肢に追加してみるのです。

なぜに対する答えを出すという積極的な対応をいったんやめてしまって、受動的に状況を観察してみる、この一見後ろ向きにみえる対応が何とかなるという感覚を取り戻すのにつながる場合も多いのです。


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No title

毎回、本当にタイムリーな内容で救われます。
(ちょっと大袈裟?)

思考が行き詰ったら
「考えるな!感じろ!」
ですね!
ちょっと立ち止まって瞑想でもしてみる時期になっているのかもしれません。

Re: こちくんさん

> 毎回、本当にタイムリーな内容で救われます。
> (ちょっと大袈裟?)
>
> 思考が行き詰ったら
> 「考えるな!感じろ!」
> ですね!
> ちょっと立ち止まって瞑想でもしてみる時期になっているのかもしれません。

同じ答えしか出てこないようなら、考えるのをやめてみて何が起こるか試して見るといいですね。
思っているだけだと結局変わらないわけで。

こんにちは(^^)

感じたまま行動する方がすんなり上手くいくことが多いような気がします。
自分の気持ちに正直に従っているのでしょうね。
頭で考えてしまうと、立ち止まって、躊躇してしまうんですよね~。
何かを変えようとせず、ただ起きることを受けとることも必要なんですね。


Re: こんにちは(^^)

> 感じたまま行動する方がすんなり上手くいくことが多いような気がします。
> 自分の気持ちに正直に従っているのでしょうね。
> 頭で考えてしまうと、立ち止まって、躊躇してしまうんですよね~。
> 何かを変えようとせず、ただ起きることを受けとることも必要なんですね。

仕事で考えると分かりやすいと思います。
慣れないうちは一つ一つの作業を考え考えしながら、ぎこちなくやっているわけですが、ある程度慣れてくればもう考えなくても自動的に処理していけるようになります。
別に仕事の難易度が変わったわけでも、リスクが低くなったわけでもありませんが、経験がもたらす自信は不安を消してくれます。

おなじことは仕事以外でも起きていますが、それが具体的なものでないときには、仕事と同じことだと思って処理することが難しいものです。

仕事だと分類してしまうと、じっくり考えればかなりリスクのあることでも平然とこなしていたり、あるいは他の人と支え合ってやっていることから来る安心感が働いてくれるのです。

ところが、個人的なこととなると経験を積めばどうにかなると割り切るのが難しかったり、自分ひとりの問題と思うと自分を信じ切れなかったり、つい身をまかせてしまうのが怖くなってしまうわけです。

それは、慣れていないこと、未知のことほど怖いわけで、何かしら思考を駆使して飛び込む前に安心できるものを探そうとするのですが、「答えはない」という場合もあるわけですね。

No title

単純なようで、結構深いですね。
英語とかしゃべる時は、結局思考じゃなく本能が重要なので、とってもいい言葉です

この記事を上司にも読んでもらいたい
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