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成功も失敗もたんなる観念である

成功とか失敗という感情はわたしたちの内部にだけ存在するものです。

勝利や敗北の感情も私がそれを認めるときにだけ意味を持つものです。

これらの感情がそれ自体で意味を持つわけではなく、私たちがそれに意味を持たせ自分自身に言い聞かせているだけなのです。

たとえば、あなたが植物など育てたことがなくプロになる気もなければれば、初めて花の種をまいてたとき、芽が出ただけでも感動するかもしれません。

たとえあまり大きく育たなくても、あるいは花が少ししか咲かなくても、やったことに失敗したという感情は持たずに満足出来るのではないでしょうか。

園芸家にとっては失敗にあたる結果も、あなたにとっては大成功かもしれないし、専門家から「それじゃあ失敗だよ」といわれても落ち込むことはないでしょう。

園芸1


成功か失敗かを判断し、それと自分自身への評価と結びつけているのはあなたをおいて他にはいません。

他の人が失敗だとかあなたの負けだよ言ったとしても、あなたが敗北を認めない限りそれは意味を持たないわけです。

他人の評価をあなたが受け入れることを許さない限り、だれもあなたを裁ける人はいません。

出来事や状況は、他の人がそれを気にするかどうかと関係なく、あなたが受け取らない限りあなたを煩わすことは出来ません。

そして「失敗」とか「敗北」といった言葉は、それ自体言葉に過ぎないわけで、あなたが「失敗=あなた」だと考えない限り、あなた自身には何の影響も与えないのです。

あなたが結果を見てこれは自分の失敗だ、だから私はダメな人間だといった評価をしない限り、言葉も他人も出来事もあなたを痛めつけることはありません。

このように言われると、そんなことは当たり前だと思えるのです。
しかしこの文章を読み終わって、あなたが誰かと話でもしているうちに、次の瞬間にも自分を評価して憂鬱になってしまうかもしれません。

理屈を理解すれば終わりではなく、実際に自分にそれを適用しようと思うなら絶えず自分を観察し注意する練習が必要です。

なぜ人は成功や失敗をそれほど気にするのでしょうか?

これは逆から考えてみれば、あなたが一番恐れているのは、自分がまったく役に立たない無価値な人間であると評価されることだと思うからではないでしょうか。

だから何かにつけて、自分のやったことが成功だったと証明し、人からそのように評価されることを期待し続けるのです。

しかし、根底にあるものが「自分が無価値な人間である」ことへの恐れに起因している以上いくら成功や勝利を獲得してもその恐れ自体はなくならないのです。

褒める父子


恐れも時には役に立つという意見もあるかもしれません。

「劣等感をバネにしたから何かを為し遂げることができた」というのは、社会的には美談かもしれませんが、肝心なのはその人が囚われから脱出できたかどうかだけです。

社会は役に立つ人間が養成できれば、どんなアメでもムチでも使ってもかまわないかもしれませんが、あなたは不本意な脅しには乗らず、無理な要求には断固拒否すべきなのです。

つまり「自分の価値観を外側には決めさせない」という原則を守り抜くべきなのです。

話を戻すと、恐れがそのまま残っている限りいくら努力して成功や勝利を積み重ねても、社会には役だったとしても、あなたには何も解決をもたらさないことは知っておくべきです。

失敗や成功は観念に過ぎないこと、自分の評価とは関係ないことを認識して、自分の評価を自分の手中に取り戻すために、観念に過ぎないものに踊らされないようにしようと考えることです。

何かをうまくやり遂げたいなら、そのことに集中して自己評価とは切り離すことです。

この切り離しによって、失敗への恐れから何かをやろうとすることに躊躇してしまうことがなくなります。

ただ自分が関心を持ったからやってみたい、そういう理由だけで行動に移せるからあなたの行動範囲も広がります。

失敗の可能性を気にしてずっとやることを断念していたことにも、挑戦しようという気持ちが湧き上がってきます。

失敗や敗北の感情は、私たちがどんな人間で何をやるべきかという作られた不自然な観念にとらわれるときにだけ存在します。

あなたが、自分の成功や達成したことを自らの評価と結びつけて自惚れる度合いが大きいほど、同じ原理で状況が悪くなったときの苦しみも大きくなるわけです。

ゴルフファン


自分がどれほど他者の評価に依存しているかを振り返って見ましょう。

他の人たちがあなたに注目してくれたり、惹きつけられるときあなたは喜びます。
それがあなたの気分を良くするからです。

つまりその時あなたの気分は、他の人の反応によって左右されているのです。

それが高じると何が起きるでしょう。

あなたは相手が一定の評価を続けてくれることを期待します。
「今日は期待した反応を返してくれた、明日からも同じようでいて欲しい。」と願うのです。

相手の気分が良くて、あなたをとてもいい気分にさせてくれると、あなたは何かおかえしをしたくなります。

しかし、次の日には相手はおざなりの反応しかしてくれない。
あなたは動揺します。何が起こったのだろう、自分の何がいけなかったのだろうと。

他の人の評価など気にしないと豪語する人でも、気がつけば他人の気まぐれで踊らされている可能性があるのです。

だからといって自分を誰からも影響を受けないような孤立した存在にすればいいというのかと言われるかも知れません。

そんなことで孤独になるのはごめんだと。

しかしそれでも、他人に振り向いてもらえない恐れから行動していても、何の解決にもなっていないことをいい加減気づかないとなりません。

それには、そこに横たわっている根本的な問題が何かに気づくことです。

あなたは、まわりの人から評価されたり、気づかってもらう事が、唯一の自分の孤独を癒す手段だと思い込んでいるということです。

それがいくら他の人の気分次第で踊らされるという、奴隷状態になっていたとしてもです。

これに対する解決は、やはり今まで言ってきたように、ありのままに自分を見ることにあります。

ありのままに見るために、誰も自分を見てくれないと落ち込んでいる自分を、もうひとりの自分の目で観察することです。

他の人に見せようとか説明しようとかいう見方ではなく、あなただけが見ているのですから正直にそのままの自分を観察しましょう。

そうした見方で、誰かに振り向いたり声をかけて欲しがっている自分をありのままに見るのです。

ただそれだけでOKです。

これによって、あなたは落ち込んでいる自分があなたのすべてでなかったことを発見します。

それを眺めているもうひとりの本来の自分が存在することに気づくことで、「あなた」=「落ち込みそのもの」ではないことを実感します。

それはたんなる自分の気分のひとつであったこと、そしてそれもやがて消えていくのを見るのです。

ただ受動的に、次にどうなるかなど考えずに、その気分を観察していればいいのです。

そうすれば、他の人の評価がないと恐ろしいことが起こると思っていたのも、ひとつの感情に過ぎなかったことが解ってきて、今までのようにとらわれ続けることもなくなるでしょう。

そのような見方が出来たとき、成功や失敗という言葉があなたにもたらす反応は変わってきます。

それらがたんなる観念に過ぎないということが実感として解ってくるでしょう。

失敗を恐れて、手を出さずにいたことも、やらずにいるのはもったいないと思えてくるのです。

他の人の気分次第で自分が喜んだり落ち込んだりすることから、主導権を自分の手に取り戻すことも可能になってくるのです。


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こんにちは^^

たしかにそうですね。失敗も成功も自分の心の中の観念ですよね~。
一見成功しているよう見えても本人が満足していない場合もあるし、その逆もありますよね。
でも、自分で失敗したかな~と心の中で思っていたことを、周りの人からすごく誉められたりすると、意外に早く立ち直る私です^^

Re: こんにちは^^

> たしかにそうですね。失敗も成功も自分の心の中の観念ですよね~。
> 一見成功しているよう見えても本人が満足していない場合もあるし、その逆もありますよね。
> でも、自分で失敗したかな~と心の中で思っていたことを、周りの人からすごく誉められたりすると、意外に早く立ち直る私です^^

成功とか失敗という言葉にとらわれて自分を見失わないようにしたいですね。
特に自前のものでない「成功」に踊らされるのはやめた方がいいと思います。
間違った方向に成功するのは、最大の失敗ですから。
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