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腹が立つと尻尾を振るチェシア猫 - 危機を味方に

猫5

アリス チェシアのにゃんにゃん、教えてちょうだい。ここからどちらに行った方がよくて?
チェシア猫 そいつはお前の行きたいところ次第だにゃ。
アリス 別にどこでもよくってよ。
チェシア猫 ならどこへにゃりとも行けばいい。
アリス ちゃんとたどり着きたいの。
チェシア猫 そりゃどこかへは着く。それにゃりに歩けば。
アリス このあたりにはどんな人がお住み?
チェシア猫 向こうにゃ帽子屋が住んでいる。あっちには弥生ウサギだ。好きにゃ方に行け――どっちも変にゃやつだ。
アリス でも変な人のところにいくのはごめんだわ。
チェシア猫 まあ仕方のにゃいこと。ここじゃみんな変にゃ。にゃあも、お前も。
アリス あたくしが変? どうして?
チェシア猫 お前は変にゃ。でにゃきゃ、こんにゃとこにゃ来にゃい。
アリス じゃあ、あなたが変っていうのは?
チェシア猫 まず犬は変じゃにゃい、これはいいにゃ?
アリス まあそうね。
チェシア猫 にゃらわかるにゃ。犬は怒るとうにゃって、うれしいと尻尾を振る。にゃのにおいらはうれしいとうにゃるし、腹が立つと尻尾を振る。だからおいらは変。
アリス のどを鳴らすの間違いじゃにゃくて?
チェシア猫 ご指摘はご自由に。どうもそれはわざわざ。


不思議の国のアリス ミュージカル版 ALICE IN WONDERLAND: DREAM-PLAY
ルイス・キャロル&ヘンリ・サヴィル・クラーク Lewis Carroll & Henry Savile Clarke
大久保ゆう訳 青空文庫



不思議の国のチェシア猫は、うれしいとうなるし、腹が立つと尻尾を振るといっています。

不思議の国では、すべてが普通の世界とは異なっているようですからそれでもいいのかもしれませんが、私たちが「うれしいとうなるし、腹が立つと尻尾を振る」というのは問題がありそうです。

私たちは自分にとって都合のいい偽物の自己イメージを壊すまいとして、いつまでもしがみついていれば、いずれ手痛い目にあって転機を迎えることになります。

自己欺瞞で固めた自分の生き方が危機を迎えたときに、それを契機に今までの自分を正面から振り返り、これ以上うそを続けないと決心できるかどうかが重要です。

とらえ方次第で人生の転機は自分の味方にもなるし、今まで以上の苦境に追い込むことにもなります。

たとえば自分は愛情に満ちた優しい人間だというイメージを持ち続けていた人が、ふとしたときに自分の辛辣さや冷たさを発見し動揺します。
自分の今までの優しさの多くが、親切な人間だと思われたいが為のものだったと気づくのです。
今までの自己イメージにとっての危機を迎えたわけです。

それまでの偽の自己イメージは自分を維持するために、その苦しさを外に向けます。
誰かのせいでこんなことになったと思い、そのような自分に直面させる契機となった人を恨むのです。

非難を外に向けておけば、事態は何も解決していないにもかかわらず、苦しさを別の感情で覆い隠してわからなくしてしまうのです。

このような逃げ道を常套手段にしている限り、状況は一時的なごまかしの後、忘れた頃にまた同じ状況を呼び起こし続けることになります。

ピンチが苦痛のまま解決しないのは、このような抵抗をしているからですが、危機を転機にかえる決心をして今までの自分の欺瞞を直視するなら、新しい道が開けます。

繰り返される苦しみを終わらせるためには、いままでの自分のやり方を間違っていたと認め、自分が本当は自信も力も持っていなかったことを認めなければなりません。

このとき一時的な苦しさではありますが、新たな葛藤を経験することを避けるわけにはいきません。
これを嫌がって、一時的なごまかしで危機を隠せたと思えると、すぐにまた今までの自己イメージの立て直しをはかろうとするからいつまでたっても自分は変わらないわけです。

自分が大丈夫なふりをするのをやめて、ちっとも大丈夫でないし、もうこれ以上どうしていいのかわからないことを正直に認めたとき、現実的な新しい解決も初めて見えてくるものです。

腹案があるフリはやめることです。
それまでの自分を満足させる為にはフリをする必要があると信じ込まされてきたことをすべて放り出してしまいましょう。

一時的には惨めさを感じるかも知れませんが、それで本来の自分を取り戻せば、一からやり直そうという新しい自分を感じることが出来ます。

自分への正直さを取り戻すことは、どうしても必要なのです。

子ども喧嘩


子どものいじめ問題がなかなか解決しない原因のひとつは、被害者自身がそれを正直に認めようとしないところにあるのかもしれません。

先日何かのドラマで、いじめを問いただされた生徒が「いじめゴッコの遊びをしていただけだよ」と答える場面がありました。

子どもの側からこのような隠蔽を行われると、教師も子どもをどう扱っていいのか苦慮するに違いありません。

教師なんだから子どものごまかしを見抜けと言うのは簡単ですが、四六時中子どもと接しているわけでもありませんし、生徒のすべてを把握することなど容易なことではないのです。

そんな名探偵のような教師を期待することよりも、子どもが正直にいじめを認められなくなる社会の方が問題ではないかと思うのです。

ウソで固められた大人の社会を垣間見て、子どもはそれをまねてみようとします。
ウソを突き通してごまかした人間を、どこか褒めそやすような言動を見せられるとき、こどもはよく解らないまま形だけまねるかもしれません。

そもそも大人自体が、正直さがすべてを解決すると主張していいのかどうかが、わからなくなっているのかもしれません。

話がそれましたが、自分が知っているフリをやめて、これ以上どうしていいのかわからないことを正直に認めたとき、現実的な新しい解決に向けて動き出すことが出来ます。

猫6


偽の自己イメージではなく、本来の自分を取り戻すとき自分のいきたい所がわかってきます。

アリス 別にどこでもよくってよ。
チェシア猫 ならどこへにゃりとも行けばいい。
アリス ちゃんとたどり着きたいの。
チェシア猫 そりゃどこかへは着く。それにゃりに歩けば。

アリスはどこでもいいといいながら、ちゃんとたどり着くことを求めます。
なにか現代社会を象徴しているようでもあります。

役割を演じることで自分のイメージを作りあげているとき、自分でどこに行きたいのかを誰が答えるのでしょうか。

役割が示してくれるのを期待するしかありませんね。
しかし、それは本来の自分の考えを封じ込めることでもあります。

「役割は忠実にやりますから指図して下さい、でもきちんと成果をあげないとみっともないわ。」といっているわけです。

役割はあってももっとそれが緩やかだった頃は、それなりに個性を発揮する余地も残されていたわけです。

しかし、現代のようにどんどん効率を求めながら役割を追求してしまえば、自分で行き先を決める余地がなくなってしまうということも起こりうるわけです。

誰が主役かを忘れて、与えられた役割に忠実になりすぎるとき自分を見失ってしまうのです。

取り戻せるような本来の自分が存在することを信じて、偽の自己イメージと決別するとき、危機は新しい自分を取り戻す味方になってるチャンスでもあるわけです。

それに困った状況が起きてこないと、作られた自分の中に生きることを強固に定着させてしまうわけで、その意味では危機的な状況はラッキーな契機にも思えてくるのではないでしょうか。



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こんにちは^^

paoさんのお話を全部読んでから、アリスとチェシア猫の会話を読むと、それぞれの気持ちがよくわかりますね。
チェシア猫、いいところをついていますね^^
困った状況になると、自分も素になれるという事、わかりますね~。
危機は自分を取り戻すチャンスなので、うまく乗り越えないとならないんですね。

No title

自分の惨めさから目をそらすことなく
正直なありのままな自分を見つめることは
虚構に生きていた時分には目をそらしたいつらいことでした
自分の人生で主役になるため、パワーゲームから降りたとき
肩の荷が下り、本物のパワーで深呼吸しながら
人を当てにせず、生きるようになってきました
いろいろ、整理させていただきながら、学んでいます
ありがとうございます^^

Re: こんにちは^^

> paoさんのお話を全部読んでから、アリスとチェシア猫の会話を読むと、それぞれの気持ちがよくわかりますね。
> チェシア猫、いいところをついていますね^^
> 困った状況になると、自分も素になれるという事、わかりますね~。
> 危機は自分を取り戻すチャンスなので、うまく乗り越えないとならないんですね。

ルイス・キャロルが何を思って書いていたのかはわかりませんが、
勝手な解釈をすると、おもしろいやりとりが満載ですね。

Re: ほのぼのさん

> 自分の惨めさから目をそらすことなく
> 正直なありのままな自分を見つめることは
> 虚構に生きていた時分には目をそらしたいつらいことでした
> 自分の人生で主役になるため、パワーゲームから降りたとき
> 肩の荷が下り、本物のパワーで深呼吸しながら
> 人を当てにせず、生きるようになってきました
> いろいろ、整理させていただきながら、学んでいます
> ありがとうございます^^

必要なものと必要でないものを見分けることは難しいですが、
妥協しないでいきたいですね。

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