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予定した未来はなぜ色あせてしまうのか

こんなことを考えたことがないでしょうか。

計画しているときにはあんなに輝く未来に思えたのに、実際にその場になってしまうとなにやら
以前にも見たようなありふれた現実に見えてしまう。

これはひとえに「いま」起きていることを見ないで、思考の世界に生きているからです。

私たちは今までの経験を元にして、これから起きることを予想しようとします。
もちろん経験を生かさず、毎回同じ場所で躓くことは賢明だとは言えません。

しかし、過去を振り返ったり、未来を予測することは、「いま」の現実を見ないで思考の作り出す「過去」「未来」の中に入り込んでしまうことです。

今の行動の参考にするために思考を使うのはいいとしても、すべてが思考の時間の中に生きていることに置き換わってしまったのでは困るのです。

料理コック


たとえば料理を作るのは、本来それを味わうという目的のために行うわけです。

しかし「過去」と「未来」だけに浸り込んでしまうのは、料理を完璧に作れるようにと未来のために準備して、出来上がったらもはや関心を失って、次の料理の準備に取りかかる様なものです。

料理の研究家ならともかく、それを味わうという「いま」という肝心な経験を置き去りにして、思考だけに浸っているのは何かがおかしいと思わないでしょうか。

このようにして作られた未来とは、過去の経験から導き出された「限られた選択」によって作られます。
そこでは、過去に経験していないという理由で、実際に起きていることを歪めて知っている現実に書き換えられてしまう可能性があります。

だからこそ、予測が可能な未来を描けるわけです。

予測が可能な未来とは、過去によって作られた、色あせた繰り返しでしかないのです。

しかし、それでも思考を常に使い続けると、思考が主導権を握っているので「予測可能」ということが至上命令になってしまいます。

「予測できないこと」は、思考の働きで扱えないためです。

「これは予測できない」というのは思考の働きで扱えますが、扱えないものは除外される運命にあるのです。

こうして思考の世界に慣れきってしまえば、仮想的な未来である「予測可能な未来」こそが安心をもたらすものになってしまいます。

思考の世界に生きているから、「冒険は遠慮します」になってしまうのです。

これが、慢性的に予想外の事態を怖がる習慣を作り出します。

商店街の抽選会なら予測できないことも楽しむかも知れませんが、生活に直結することとなると予測出来ないことが起こりはしないかと恐怖の種になっていきます。

いわゆる「冒険」と表現されるような、「いま」の予測出来ない変化に身を置かないと、すべての世界は記憶が作り出す世界になり「期待」と「不安」を感じることだけが生きていることだと錯覚するようになってしまいます。

「いま」に生きることを取り戻さないと、仮想世界で生きているのと変わらなくなってしまいます。

思考は予測出来ない「いま」にあることは居心地が良くないのです。

計算された予測可能な「過去→未来」の思考時間の中にいたいのです。

ですから、思考はすべて世界は予測出来て、制御可能なものだと信じたいのです。

ヨガ・ピラティス


ですが、私たちはすべてのことを意識して制御しているわけではありません。

身近な所では、私たちは自分たちの身体、特に内臓などの働きを直接制御しているわけではありません。

心臓の鼓動を、胃や腸の運動を自分でコントロールしているという人は聞いたことがありません。

例外的に呼吸については、ヨガや禅やスポーツなどいろんなジャンルで自分で呼吸をコントロールすることが研究されています。

しかし、それにしてもいつも意識しているわけではありませんね。
眠っているときまで、呼吸を管理しないといけないのでは、おちおち寝てもいられません。

すべてを自分で予測したとおりには出来ないとわかれば、無駄な努力をしていることに気がつかないでしょうか。

あなたが思考によってコントロールしていることなど、全体から見ればごく一部なのです。

予測可能な未来を描かないと不安だという思い込みを捨てて、「いまここ」で目を見開いて生きてみましょう。

実際には、いまここで、純粋にリハーサルなしで起きる現実をとおして時間が存在します。
思考を使わない生物は、その中でそのままの現実を受け入れます。

人間だけが、その代わりに思考の世界で生きられるという理由でもあるのでしょうか。

実際にそのようなことが起きているのは、単なる習慣でしかないと考えるのが妥当でしょう。


いつでも自分が「いま」にいるかどうか気にしても仕方ありません。

何か居心地の悪さを感じて、目の前のことに集中していないと思ったら、「いま」に自分を引き戻せばいいのです。

強い感情に支配されているときは、普段以上に「いま」に引き戻すことが必要です。

その過去に起きた強い不快な感情は、思考によって今もあるかのように再現して再生されるのです。
その繰り返しを止めるのは、「いま」に意識を戻すことです。

過去のいやな出来事を思い出して、それに結びついた感情が蘇ったとき、それを否定してもますます再生は強くなります。

そんなことは起きていない「いまここ」に自分をいち早く呼び戻すことです。

「いま」に戻るのは、「自分がいまここから離れていた」と気づくだけで充分です。
そして目の前に見える物をありのままに見て、いま聞こえる音を聞いて、今に戻った状態で、その再生されたものも観察してみるのです。

そうすれば、いやな感情も、「いま思い出した」ことによる感情でしかないことがわかり、他のいま対峙している出来事のひとつでしかないとわかります。

笑う赤ちゃん


こういう話を聞いたら「いまに生きるとどんないいことがあるのですか」と聞きたくなるでしょう。

しかし、先程からお話ししているように、メリットを予測することは思考時間に生きていることからの問いかけなのです。

いまにあることが何をもたらすかは、そのひとの実存の問題です。
しかしたとえば、かつて赤ん坊だった頃、自分の二本の足で立ち上がれた経験は思考によって作られたものではありません。

何の予測も方針もなくそれは起きたのです。
予測しない変化もなくてはならないものなのです。

けし粒ほどの種から成長して花が開くのです。

あらかじめ、これがメリットだと示せるようなものではないでしょう。

ただ消極的な表現ではありますが、あえてあげるとすれば、「予測された今を新鮮さのないまま生き続けることをストップできる」という点が挙げられるでしょう。

いまや義務と化してしまった、決まりきった繰り返しをやめて、新鮮な体験を取り戻せるのです。
それが、いやな思いを伴うものであれば、それだけでも充分なメリットです。

また、もうひとつは、常に「予測」しようとしてしまうが故に、予定が狂うのではないかと心配するという二重の意味での無駄なエネルギーが不要になるということです。

予測しなくて良ければ、即座に動けます。
動こうとするのを羽交い締めにしようとする不安に耳を傾けないでただ聞き流すのです。

点検なしで自分にゴーサインを出してみることです。

予測できない出来事も、不安な未来というものも、あるべき場所にそっとしておけば、放っておいても巡ってくるものです。

「嵐の中でも時はどんどん過ぎていく」(「マクベス」 シェークスピア)

「いま、この瞬間」に生きることをもう一度取り戻してみましょう。



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こんにちは♪

あれこれと心配している方を見ていると、色々と予測しすぎなのかなって思うことがあります。
物事を行うとき、予測をして、それぞれの対応を考える事もありますが、ふだんは、コントロールなしに自由なままでいたいですね~。
そして、起こったことに対して、柔軟に対応できるればいいなぁって思います。

Re: こんにちは♪

> あれこれと心配している方を見ていると、色々と予測しすぎなのかなって思うことがあります。
> 物事を行うとき、予測をして、それぞれの対応を考える事もありますが、ふだんは、コントロールなしに自由なままでいたいですね~。
> そして、起こったことに対して、柔軟に対応できるればいいなぁって思います。

コントロールなしに自由なままでいられるといいですね。
考えずに行動できるのは、いまにいられるということでもあると思います。

わかりやすいです。

みんなに読んでもらいたいです。

Re: わかりやすいです。

> みんなに読んでもらいたいです。

東京夢子さんありがとうございます。
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