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他は是れ吾にあらず - 禅的なお話

他是不有吾 (典座教訓) 他は是れ吾にあらず

この禅語は、簡単に言えば「他人は私ではない」ということですが、まずはこの言葉の元になった道元のエピソードをご覧下さい。


曹洞宗を日本に伝えた道元禅師が、中国に渡り天童山の如浄のもとで修行を始めたばかりの時の体験談として語った中での言葉。

ある夏の日中、見るからに年老いた典座(てんぞ=禅宗の修行道場の台所を預かりる役目の僧のこと)が灼熱のもと、敷き瓦の上で、汗だくになりながら、椎茸をひろげ干しているのを見た道元は

「どうしてあなたの様なお年を取られた方が、こんな熱い中でのきつい作務をされるのですか?なぜ若い人にやらせないのですか?」と問えば、

その老典座は「他は是れ吾に非ず」と
〈他の人は私ではない、私がこの作務を通して修行をしているんだ、人にやらせたのでは自分の修行にならない〉 

さらに道元は「でもなぜこんな暑い中にやるのですか?」と問えば、

老典座は「更に何れの時をか待たん」と。
〈今でなくて一体いつやるのか〉 

これに対し道元は二の句がつげなかったという。

道元の若かりし時のことである。
老典座のしていた作業を、修行とは別のことと見ていたのが大きな誤りであることに気づく。

禅語に親しむ<今月の禅語> ?朝日カルチャー「禅語教室」より?



座禅


この言葉を裏返してみるなら、気づかぬうちに、私たちの不満の多くを作り出しているものが見えてこないでしょうか。

「これは私の仕事(役割)ではない」という言葉で自他を納得させていることは、日常そこら中で出会う場面です。

そして一度「それは私の仕事ではない」と言ってしまえば、それをしてくれない他人がいることで腹が立つのです。

私は、いまそれを自分が引き受ける時間があり、やり方も分かっていてやるのは難しくない、けれど私の仕事ではないからやらない。

理由は、このように「私の仕事ではないから」です。

私の仕事ではないことを何でもかんでも私が引き受けていたら、大変なことになってしまう。
他の人の仕事を代わりにやっても自分が損するだけだし、その分他の人が楽をするのだから、そんなことは許せない。
あるいは、自分でやらせないと相手のためにならないのだから。

確かにその通りでしょうし、そういったからと言って自分が責められることもないでしょう。

何も問題はないから、それでいいと終わらしてもいいのですが、先程の「それをしてくれない他人がいれば腹が立つ」という点はどうなるのでしょう。

いくら自分が正しくても、それで腹を立てるのなら、そうならない方法はないものかと考えることも出来ます。

「自分でやらない不届きものを罰すれば済むことだ」という解決もあるでしょうが、何でもかんでもそれで片づけるられるものでしょうか。

他人を罰すれば、自分も傷つきます。できればそれもなしで解決できないでしょうか。

いっそこの老典座の心境になってみましょうか。

「私がこの作務を通して修行をしているんだ」、誰の役割かは問題ではない。

そのうち担当者がやるだろうからではなく、「今でなくて一体いつやるのか」と言ってみたとしたら。

もし自分に余裕があるなら、代わりにやってみてもいいではないですか。
それでチーム全体がうまくいけばいいではないかという心境です。

もちろん、ケースバイケースですから、代わりにやってしまわない方がいい場合もあるでしょう。

ただ、あまり自分の担当にこだわらないことがもたらす自由さを感じてみたり、いつもいつも最も楽な方法、最も合理的な方法を追い求めないでやってみてはどうでしょう

これらは私たちに新しい視点をもたらしてはくれないでしょうか。

損だ得だと細かいことを気にせずに、「私がやってしまおう!」と言い切ってみたらスッキリしないでしょうか。

少しくらい多く動いたって別にいいじゃないか、その分自分の経験も積めるし、やらない人間の批判などしていると気分がふさぐだけだ、と考えることも出来ます。

これでスッキリいい気分になれるなら、たまにはやってみようか。

何時いつまで待ったら動こうかとウダウダ考えてるより「今でなくて一体いつやるのか」でやってしまおうか。

「他は是れ吾に非ず」
「更に何れの時をか待たん」



ただ、この文章を書きながら、ちょっと気になったことがありいます。

それは、もしこのようなやり方をして「自分が犠牲になったんだぞ」と強く言ってみたくなるなら、その人は別の問題を考えてみた方がいいということです。

長くなりすぎるので、この「自分が犠牲になったんだぞ」という思い、その心理については次回「他は是れ吾にあらず - 心理的なお話」で続きを書くことにしたいと思います。
では今回はこの辺で。



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こんにちは(^^)

「自分の仕事ではない」お話、凄くよくわかる心理状況ですね~。
もし、自分にもできる仕事で、時間にも余裕があったら、細かいことを考えず「私がやってしまおう!」と言えるかもしれないな…と思いました。
そうは言っても、その相手によるかな~?
相手がイヤな人だったら、やっぱりイヤかもしれません^^
人間ができていませんね、私。

No title

なんでも抱えててんてこ舞いです。
さらにやっちゃうのか、他人に期待するのか。
よくわかりません。
まぁブログをやっているくらいなので、やってやれないことは無いですが・・・
どうなんでしょうね。

他人への期待。
裏切られて、腹たっての繰り返し。
「なんでここまでできない?」
それならいっそ。。。
とも思いますけどねぇ。

Re: こんにちは(^^)

> 「自分の仕事ではない」お話、凄くよくわかる心理状況ですね~。
> もし、自分にもできる仕事で、時間にも余裕があったら、細かいことを考えず「私がやってしまおう!」と言えるかもしれないな…と思いました。
> そうは言っても、その相手によるかな~?
> 相手がイヤな人だったら、やっぱりイヤかもしれません^^
> 人間ができていませんね、私。

禅僧というのは相手が誰だろうと関係ないといえる人達なんでしょうね。
そこまでなれない凡夫の私たちは、でも罠にははまりたくないのです。
そのアタリの話を次回書いてみたいと思います。

Re: こちくんさん

> なんでも抱えててんてこ舞いです。
> さらにやっちゃうのか、他人に期待するのか。
> よくわかりません。
> まぁブログをやっているくらいなので、やってやれないことは無いですが・・・
> どうなんでしょうね。
>
> 他人への期待。
> 裏切られて、腹たっての繰り返し。
> 「なんでここまでできない?」
> それならいっそ。。。
> とも思いますけどねぇ。

私の場合は、完成すべき納品物のみを見るようにしていたように思います。
誰が担当していようと、全体が完成しないと意味がない訳で、人を見ないで
カバーする所はしていたのかな。
しかし自分がいくら忙しくても、人を育てないと状況は改善していかないので、
自分の仕事を止めても、指導することに時間を使うくらいでないといけないかも知れません。
人が育っていかないと、いつかオーバーフローしてしまいます。

なんか、リアルなこと書いてしまいましたが、

社長:「こちくん、老典座の心境になりなさい!」


No title

はじめまして。

このお話、道元さんの優しい目線もあると思います。

「御歳をめして、暑いのにたいへんだなぁ」

という素朴な疑問に発した問いに、

「うん大丈夫だよ。ずっとやってきたことだし、
他の老人のように休まなくても平気なんだよ。」

「他の人にやらせるというよりも、
自発的に気がついてやろうという人がいない限り、
それは気がついた人の仕事なんだよ」

「歳をとっても自発的に生きるということは続いているんだよ」

という答えのようにも感じます。


酷暑の中を働かされている老人なのか、
木陰で汗を流しつつ仕事をしている老人なのか、

イメージによってメッセージのおせっかい度が違って
来るようにもおもいます。

Re: 仁者さん

> はじめまして。
>
> このお話、道元さんの優しい目線もあると思います。
>
> 「御歳をめして、暑いのにたいへんだなぁ」
>
> という素朴な疑問に発した問いに、
>
> 「うん大丈夫だよ。ずっとやってきたことだし、
> 他の老人のように休まなくても平気なんだよ。」
>
> 「他の人にやらせるというよりも、
> 自発的に気がついてやろうという人がいない限り、
> それは気がついた人の仕事なんだよ」
>
> 「歳をとっても自発的に生きるということは続いているんだよ」
>
> という答えのようにも感じます。
>

確かにそうですね。
元の文章では、修行の身である道元から見れば、僧とはすべて修行に生きているはずと言う見方をしますから、
このような発想になるわけでしょう。
極端に考えれば、落語のこんにゃく問答をしているかもしれません。
しかしたとえ食い違っていても、肝心なのは自分の側の受け取り方なのかもしれませんね。
> 酷暑の中を働かされている老人なのか、
> 木陰で汗を流しつつ仕事をしている老人なのか、
>
> イメージによってメッセージのおせっかい度が違って
> 来るようにもおもいます。
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