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決断すること

「わたしは決断するのに時間がかかる」「決断することに自信が持てない」と悩んでいる人は意外と多いかもしれません。

あの人は決断力がなくてなかなか決められないとか、自分は決断が遅いので悩んでいるとか言った具合です。

社会的には、決断が早いことは、決断できないより望ましいと考える場合が多いでしょう。

では決断に自信が持てないとはどういうことでしょうか?

あるいは、決断とは実際何をしていることなのでしょうか。

決断という一つの言葉で表される現象(あえて行為と言わずに)には、大きく言えば2つに別れます。

(A)これから決断しようと構えてから、決定すること。
(B)結果的に何かを選んでいたことに気づき、それを自分が選んだのだと説明すること。

クラブを選ぶ


一般には、Aのことを決断だと考えていますが、Bについても他の人に訊かれれば自分の決断であると言わざるを得なくなります。

このような事情があるなかで、「(C)自分が決断したことに責任を持つ」という考えを取り入れようとすると、実は混乱や困惑が発生してくるのです。

Cを認めることは、Bによって選んだことも自分の責任であると認めなければなりません。

しかし、結果的に自分が選んだことになるけれど、それに責任を持てと言われても困る場合もあるでしょう。

自分としては、大して理由もなく選んだことに対して、「それを選んだ理由は何ですか?」と訊かれても困るというものです。

四六時中、自分の責任を突きつけられたのでは、堪ったものではありません。

一方で、「自分は決断力がある」、「自分は決断が早い」ことを自己イメージにしていて、中にはそれを誇っているという人もいるでしょう。

それを見て決断がなかなか出来ない人は、「自分もあんな風に決断力をあったら」と悩む人もいるのです。

ところで、「決断とは実際何をしていることなのでしょうか」という点に戻りましょう。

その状況に置かれたあなたは、あれかこれかを選択します。

これがあなたが出来るすべてです。

その後の結果は、あなたの思ったとおりになるかも知れませんし、そうでないかも知れません。

結果や、他の人の行動までコントロールすることは出来ません。

また自分の考えですら、いつもあなたの思うとおりではないでしょう。
「何でこんなことをしてしまったんだろう」これこそが、後悔という言葉の意味です。

あなたは、さまざまな環境からの条件付けによって、自分の選択すら左右されています。

そんな不完全な自由意志の中で、「私の決断」が行われているわけです。

そのように考えれば、AかBかは、それほど明確なものではないことが分かると思います。

また「私が自分で決断した」という言葉は、100%あなたの意志であるとは言い難いのです。

決断とはそういうものでしかないと考えれば、あれこれどちらにするか迷うことはあまり意味がないことに思えます。

迷っているという状態もまた、あなた次第で起きていることなのです。

あなたが迷うことをやめようと考えを修正すれば、途中まで考えたら後は起きるにまかせようとあずけてしまうことも出来る様になります。

考える博士


どのような言葉で表現しようと、決断が早い人が行っているのはそういうことです。
決断の早い人だけ、特別に未来が見通せたり、コントロール出来ることが違っているわけではありません。

いつまで考え続けても、100%結果を保証する方法は見つかりません。

自分なりに、ここで考えはストップと決めてしまうきっかけになるものを見つけてみるのです。

それは言葉では表しにくいことかもしれません。

この程度の予想がついたら、あとはおまかせにする習慣を作り出してみるのです。

ところで、最近は「自己責任」という言葉がよく使われます。

「自分で選択する自由を与えます、だから責任も自分でとりなさい」ということです。

一見非常に妥当な考えに思えます。

しかしそれには、誰であろうと同じだけの決定能力に恵まれていることが前提になります。

また、自分で判断しやすいこと、自信のないことは人それぞれ違います。
それでも、「自己責任」という言葉は、それを考慮してくれません。

「自主性にまかせて、とことんやらせてみる」
これが正しい場合もあるでしょうが、いつでも正しいとまでは言えません。

この考えが進みすぎると、結果が出るまで口出ししないでおこうという考え方になります。

しかし、それは時に両者にとって不快感で終わらせる交流を生み出します。

叱る母親


エリック・バーンが「さあ、つかまえたぞこの野郎」と呼んだゲームの交流です。

この原型は、このようなものです。
子どもが母親にわざとしかられるような行動をとって挑発します。
母親は挑発されているのを半分気づきながら我慢を続け、最後は「さあ、つかまえたぞこの野郎」と怒鳴るに至るのです。

口出しするのはよくない、すべて「自己責任」だというもっともな考えに後押しされて、相手が失敗しそうな気配を感じながらも、おせっかいをやかずに待ち続ける。

結果が失敗に終わると、「やっぱりダメじゃないか」と非難する側に廻るのです。

最近はこのようなことをやって、結局誰もいい思いをしないという社会になっていないだろうかと思ってしまいます。

おせっかいだと言われようと、相手が失敗する前に口をはさむような人が、以前より少なくなっているのではないかと感じるのです。

「やっぱりダメじゃないか」と後から指摘しても、誰もハッピーにはならないのです。

そして、そんな社会だと人は自分で決断することがだんだん困難になります。
その結果、外部に決断の拠り所を探したくなるのです。

情報だけは、とんでもなく豊富になりましたが、余計に自分の拠り所は見つけるのが難しくなります。
自分に頼ることを思い出さないと、情報の渦に巻き込まれてしまいます。


ちょっと話がそれてしまいましたが、決断することとは、言葉が表すほど自由な決定力は誰も持っていないのです。

やってみないと分からないのが現実です。
自分ならそれが分かるというような人に惑わされずに、現実を自分で見ることです。

どこで考えるのをストップして行動するか、すこし違った見方で考えてみてはいかがでしょうか。



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こんにちは♪

自分ひとりの事だったら、わりとすぐ決断できるんですけどね~。
結果が思ったとおり行かなくても「まあ、仕方がないか~。」と自分自身を納得させるんですが、他の人が絡んでくるとなかなか決断できないですね。

相手が失敗をする前に、助言をするという事、最近、色んな方に助言されて助かっているので、これも必要だな~と思います。
その時の話し方が大切なんでしょうけどね。

Re: こんにちは♪

> 自分ひとりの事だったら、わりとすぐ決断できるんですけどね~。
> 結果が思ったとおり行かなくても「まあ、仕方がないか~。」と自分自身を納得させるんですが、他の人が絡んでくるとなかなか決断できないですね。
>
> 相手が失敗をする前に、助言をするという事、最近、色んな方に助言されて助かっているので、これも必要だな~と思います。
> その時の話し方が大切なんでしょうけどね。

数人集まれば誰かが決めてくれるだろうとお互いが思ってしまいます。
ですが常に自分がその誰かになるという選択もあるわけです。
みんなが誰かを待っているなら、自分がそのジレンマを破って見たらどうでしょう。
みんなが待ち望んでいることですから。

言葉が悪いかもしれませんが、適当に決断していくしかないですよね
悩んでいると検案が積み重なって、自分で判断する前にすべてが決まってしまいます。
最近はそんな状態を漂流中・・・

自己責任って失敗を許容しない、不寛容な言葉で好きじゃないです

Re:こちくんさん

> 言葉が悪いかもしれませんが、適当に決断していくしかないですよね
> 悩んでいると検案が積み重なって、自分で判断する前にすべてが決まってしまいます。
> 最近はそんな状態を漂流中・・・
>
> 自己責任って失敗を許容しない、不寛容な言葉で好きじゃないです

もっと言葉が悪いかも知れませんが、自分の決断したことがいい結果を生み出せば
後付でなんとでも言えるわけです。
逆に失敗したからといって、自分で責任を負える人間なんて誰もいない筈だと思います。

ただ結果だけをみて責任を追及するような社会になっていくと、ますます生きにくい
世の中になっていきます。
そんな中で生きて行くには、利益でつながっている関係に対しては、こちらも自分の
出来る範囲を決めてビジネスライクに付き合うと割り切るしかないと思います。
仕事で自分の人間性まで犠牲にするのは、本末転倒なわけですから。



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