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他人の欠点

ルーシーが女の子にリストを渡して去っていく。

[チャーリー・ブラウン]
 またかよ!

[チャーリー・ブラウン]
 いったい、いつになったら 他人の欠点リストなんか 渡して歩くのをやめるんだ?

[ルーシー]
 私、崇高な理想をもっているのよ。チャーリー・ブラウン...

[ルーシー]
 この世の中を 自分にとって 住みやすいところにしたいの!

「いいことから始めよう―スヌーピーと仲間たちからの生きるヒント」
 エイブラハム・J. ツワルスキー 新潮社 / 1995-02



お手上げの子供

最後のルーシーのセリフ「この世の中を 自分にとって 住みやすいところにしたいの!」。

「他の人の為を思って、欠点を教えてあげてるのよ!」ではなく、自分の為の行動という自覚がある分、まだ救いがある。崇高な理想なのだから(笑)。

しかし、どちらにしても、他人を変えてしまおうと考えている試みは、成功しそうにはない。
自分自身を変えるのも大変なことなのに、他人からお節介にも欠点を指摘されて、それで変わる人がいるとは思いにくい。

それはともかく、この2つのセリフについて、考えてみようと思う。

「他の人の為を思って、欠点を教えてあげてるのよ!」

こういう言葉を発した人が、本当に人がそれで変わると思っているのかは疑わしい。

口でそういっているのとは裏腹に、むしろ、他人の欠点を指摘することによって、何らかのメリットが自分にあると考えているという方が近いのだろう。

それは、普段から自分自身を批判していることを、他人に向けたくなったのかも知れない。
あるいは、他人をおとしめることで、自分の惨めさを緩和したくなったのかも知れない。

いわれた相手に目を向ければ、欠点を指摘されたときの反応は、3種類ぐらいに分かれるだろう。

まず最初は、最も多い反応かと思うのだが、批判じみた気配を感じただけで、身構えて反撃体勢をとろうとするというもの。

いきなり批判されれば、反射的に反発するのが普通であり、途中で相手の意見などまともに聞かなくなってしまうだろう。

反撃するか、失礼な人間だから無視しようとするか、あるいは聞くに値しないと判断して、まともにかかわろうとはしない。

2つ目の反応は、「また自分のダメな所を見透かされてしまった」と思ってしまうというもの。

これは、普段から自分に対する評価が低いため、批判めいた言葉を聞いただけで、きっとあたっているに違いないと思い込んでしまう。

例えそれが、客観的に見れば問題にならない程度のことであっても、自信のなさから自分の至らなさを悔いてしまうことになる。

もっとも被害を受けることになるタイプである。
しかし、実はこのタイプが逆に批評家側も演じやすいとも言えるのだが。

もう一つの反応は、冷静にその指摘を受けとるというもの。

しかし、これが出来るためには、その人は自分自身に対する信頼を持っていなければならないだろう。

少しぐらい批判を受けても、自分の大部分は大丈夫であるという信頼感を、自分に対して持っている。

だから、他の人からの批判も、余裕を持って妥当性を検討するだけの余裕が持てるのだ。

これはしかし、自分が正しいという確信とは、違うものだろう。

正しさを頼ったり、自分が正しいと言って欲しい気持ちがあるうちは、正しさの基準を崩されると、自己への信頼そのものも崩壊してしまう。

外部に依存しない、内面からの無条件の信頼のような気がする。

ところで、このような3つの反応は、ある人がどれかひとつの反応だけをするわけではなくて、その人がとりやすい反応の傾向はあっても、対象によってどの反応になるかは変わってくるものである。

自分が普段から、触れられたくなかったり、隠しておきたい部分に触れられれば、ネガティブな反応が飛び出してきやすいものだろう。

女の子腕組み

「この世の中を 自分にとって 住みやすいところにしたいの!」

ルーシーが「願う」ような、ほかの人達の「悔い改め」が本当に起きたとしたら、ルーシーは住みやすくなるのだろうか?

おそらく、それはいつまでたっても叶わない望みである。

なぜなら、他の人がルーシーの望む人間になってしまっても、ルーシーの不満は解消されず、「本気で変わると思わなかったわ。でもね、あなたには、まだこういう問題があるの! そっちも変えないと、まだだめよ。」とでも言ってしまうことだろう。

問題はルーシーの内部にあるからである。

ルーシーに見えてくる他の人の欠点とは、ほとんどはルーシー自身の問題に他ならないからである。

そして、自分の中に適応するパターンを見つけたとき、多くの場合、そのペアとなる親の側の感じ方、行動の仕方も取り入れていると言われます。

親の行動を嫌って、決して自分はそうはならないと決心しながら、気がつくと親と同じ態度を、こどもや他人にとっている自分に気づくこともあるのではないでしょうか。

これは自分の内部でも、この親子ペアがやりとりを繰り返していることも意味しています。

適応の3パターン


いずれにしても、他の人の欠点を指摘して廻るのは、むなしい試みに終わってしまう。

他の人はまず変わらないものだし、そのとき気分がよくなったように感じても、自分自身は、だませないわけだから、そのようなダブルスタンダードは、自分自身を複雑なやりきれなさに追い込んでしまうことになる。

他人を変えたいという執着があるのなら、何よりも先に捨ててしまうことをお勧めする。

1つ捨てれば、10くらい自分が軽くなるだろう。
9つ得をする。



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No title

余計なお世話!
って切り捨ててしまいそうですが・・・
程度の差こそあれ、自分もやっていそうなことですね~

反省!

Re: No title

> 余計なお世話!
> って切り捨ててしまいそうですが・・・
> 程度の差こそあれ、自分もやっていそうなことですね~
>
> 反省!

ルーシーのようにあからさまにやる人は、あまりいないでしょうが、
気づかないうちに、やっているものかも知れないですね。

No title

こんにちは^^


思い返しても見ると、
自分が人に何か言われて
行動などを嫌々ながらに
変えてしまったときの
気持ちが、他人を変えれる
幻想になっているのかな~
とも思いました。


自分にとって住みよい世界にしたいと
思っている人に対して、じゃあ実際に
そんな世界になったらを考えると・・・


その人は満足していないというところ
がまた興味深いですね^^;


そして自分の内部の問題が
本当に実は大きいような気が
してきています。

Re: 俊太

> こんにちは^^
>
>
> 思い返しても見ると、
> 自分が人に何か言われて
> 行動などを嫌々ながらに
> 変えてしまったときの
> 気持ちが、他人を変えれる
> 幻想になっているのかな~
> とも思いました。
>
>
> 自分にとって住みよい世界にしたいと
> 思っている人に対して、じゃあ実際に
> そんな世界になったらを考えると・・・
>
>
> その人は満足していないというところ
> がまた興味深いですね^^;
>
>
> そして自分の内部の問題が
> 本当に実は大きいような気が
> してきています。


> 自分にとって住みよい世界にしたいと
> 思っている人に対して、じゃあ実際に
> そんな世界になったらを考えると・・・
>
>
> その人は満足していないというところ
> がまた興味深いですね^^;

これは、結局エリック・バーンが言うところのゲームですね。
本当に望んでいることは、他の人が欠点を直すことではなくて、
自分が他の人の欠点を指摘するほどの人間だと認めてもらうことであったりするわけです。
それによって得られるストロークを求めているわけです。

実際には、その欠点は自分も抱えていることだから、
自分自身へのキックにもなるし、自分が変わらないかぎり、
苦しさは変わらないわけです。
他の人へ批判的になればなるほど、自分自身もどんどん窮屈になって
追い詰められていくわけです。

人を変えるというのは、片手間で変えられるものではないですから、
中途半端にかかわると、お互いが嫌な思いをして途中で投げ出してしまうことが
多いのではないかと思います。
たまたま、うまく相手が変わってくれたとすれば、それは相手にもその用意が
あったからではないでしょうか。

でも逆に、親子などの関係であれば、お互いが自分を取り戻すためには
取り組んでみるべきことだし、可能性は高いでしょうね。
ただしその場合でも、相手が変われば、自分も変わるという姿勢では難しい。
自分が先に変わるつもりでやらないと、うまくいかないでしょう。

No title

考えさせられたわ
小さな親切
大きなお世話って昔に流行った言葉を思い出しちゃった
なんでだろう?

Re: みゆきママちゃん

> 考えさせられたわ
> 小さな親切
> 大きなお世話って昔に流行った言葉を思い出しちゃった
> なんでだろう?

「小さな親切、大きなお世話」とは、言葉の上では親切なんだけど、
メッセージに、余計な押しつけが感じられることから出来た言葉かと思います。

このような、表面的なの言葉とは別に、裏面的なメッセージが含まれる交流は、
繰り返していると、裏側のやりとりに気づかずに巻き込まれてしまいます。
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