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自分を信じていいの?

自分を信じることは、あるがままを受け入れることにほかならない。

しかしわたしたちは、いつもやらなければならないことをかかえている。

それをやり遂げないと、自分を認めて好きになることができないという場面に出くわす。

やりたいと思っている仕事のこととか、健康、家族のこと、新しい住居、周りとの人間関係、満足させたい課題がいっぱいあってどれも達成したいと思うが、すべてがスムーズには運んでくれないから、自己嫌悪に陥る。

実現できても、まだもっとできるはずだと考えると満足出来ない。

次々と新しい欲求が登場してくる。

将来の夢1


当然あるがままとはいっても、そのままでいるわけにはいかない。

変化していかないのは、不自然なことであり、ありのままでもいられない。

「目標に到達できなかったから、自分が残念だ、情けない」と考えるのではなく、「やりたいことをやっているから、今のままでいい」と考えてその後の展開を信じることが必要になる。

ここで自分を疑って、「やっぱりこれではダメなんだ」と考えると、外にある基準に依存していまの自分を否定してしまうことにつながる。

「これがいまの私のありのままである」から出発して「このままの自分を変化させていこう」と考えれば、ありのままでいることを維持できる。

ここを間違えると、いつもフラフラと外にある他人の基準や信念を探し求めることになってしまう。

外の基準とは「すべき」という言葉に代表されるが、これを「やる」とか「できる」に切り替えて考えることだ。

つまり「すべき」ではなくて、自分が「やろうと思う」に切り替えることである。

いまの段階での自分を、そのまま表現していくことをためらわないことである。

そのためには、いまの自分が完璧であるなどと考えようとしていては、何もできない。

そんなできもしないことを求めるのではなく、いま不完全だけれども、足りない部分は変化していくから現状で我慢して欲しいと言う姿勢で、いまの自分を表現し続けていくことだ。

「ええかげんやけど辛抱してや」

結果の非難


いまの自分をそのまま表現できないのは、他人からの批判を恐れるためかも知れない。

批判を気にして、当たり障りのないことだけを表現していては、満足出来ないままである。

批判は受けるに値すると考えられるものだけを、相手にすることだ。

実は、批判を恐れている人の多くが、他人の批判をしたがる傾向にある。

批判を恐れて自分を表現できないから、他の人の意見を批評することで、自分も同じ土俵に立っているのだとごまかそうとするからだ。

同じレベルで自分も意見できることを見せようとしているわけだが、自分で新しく言明をすることと、他人の批評をすることは根本的に別のことである。

批判マニアは、「それじゃあ、あなたはどう考えるのか」と聞かれると答えられない。

そのような批判は、無視するに限る。

泣いている女の子


批判に乗ってしまうと、せっかくの自分の表現は色あせたものになり、自分まで批評家仲間に引きずり込まれてしまうことになる。

「誰を疑おうと勝手だが、自分自身だけは疑うものではない」

ありのままの自分を表現することは、他の人の反応を確かめることではなく、自分自身がどう感じるかの方が重要である。

それは、やってみるまでわからなかった発見がある。

やってみて、やはり自分でも正しくないと感じたらやめればいことである。

やっぱりやって良かったと感じられたら、それは何よりの自信につながる。
考えているだけでは、これは確かめられないことである。


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またまた腑に落ちて!

先週から一週間ほど父の3回忌と母の見舞い、介護を兼ねて
田舎に行っておりました

アウェイな状態での日々は実に楽しかったです

一つ一つの事柄に裏表同時進行をみるようでした

そしてpaoさんや今まで出会った方々から学んだこと等が
毎日のように反芻されて随分と学ぶ事ができました

たまに環境を変えるのもいいものですね!

しかし長くアウェイの環境にいると、自分も批評家仲間に引きずり込まれそうになります

今回気づいたのですが長女と兄は思考癖の中身が違うと思っていましたが
単に明るく元気な否定家か暗い否定家の違いで
根本は一緒であったという事でした

明るい否定家の姉は
あまり喋れない小さな聴きにくい母の一言で
撃沈してしまい寝込んでしまいました(-_-;)
わかりやすのなんのって

私が帰ったあと二人は衝突したようです(-_-;)

必ず帰省すると何か揉め事が生じます

正しい宗教のもと信仰しているという姉兄たちですが??

自由の尊重が無い事と干渉しすぎる結果でしょうか?
その宗教の教えが全てになるので、それに添ってないと
互いを非難するようになってしまうのです・・・

わたしは散々非難されながらも流しているので
姉達も疲れたのか最近は一言も宗教には触れません

同じ事象の中にいても、捉え方一つで全く違う現象が起きるのですから
今回はそれを目の当りにして学びましたぁ~

いつもpaoさんにはタイミング良くまとめをしていただけるので
凄いシンクロだと思っております

いつもありがとうございます

出会いって本当にステキですね(^o^)丿


Re: またまた腑に落ちて!

わたしさん、いつもありがとうございます。

文面から推測すると、固定した考え方にしがみつくことの問題のように感じられたのですが。

宗教とか哲学というのは両刃の剣で、それ自体矛盾するものを抱え込んでいるように思えます。
たとえば仏教などで「執着を捨てよ」といいますが、いつも執着しないようにしなければと考えることが、実は執着になってしまうわけですね。
熱心な信者はその熱心さがあだになって、それを信じないひとを批判したくなる、といった具合に本来の教えはどこかに行ってしまうわけです。

今の考え方を守ろうとすることが、それを否定されることに恐怖を感じたり、その相手に脅威に感じてしまうわけです。
人を批判する裏には、何らかの恐れが潜んでいるわけですね。
いつでも捨てられる柔軟さやゆるさを持たずに、何かを信じることは、かならずトラブルを抱えることになります。

私が毎日書いている文章も、まとめてしまえば1回で終わるようなことなのかも知れませんが、それを手を変え、品を変えで、書くこと自体に意味があるのかなと思うようになりました。日々改に書き直すこと。

信念は抱え込んではならない。
「河を渡り終わったら小舟は捨てていけ」ということですね。

こんにちは

批判マニアに聞かれて答えられない時は無視する^^というところが目に留まりました。
私、知らず知らずにそうしているような気がします。
もちろん、カドがたたないように、笑っておちゃらけて流していますが^^
批判はニガテですね~。

No title

いつも拝見させていただいて、とても励みになります。

自分の中の固定観念が徐々に解れていく感じがします。
誰の目も気にせず、”ありのままの自分”で判断し、ストレスを溜めず、
限られた自由を満喫するよう努力していきます。

信念は抱え込んではならない。
自分なりの信念は持ち続けますが、、
「河を渡り終わったら小舟は捨てていけ」
・・・これはこれからの心意気として、実行したいと思います。

No title

「誰を疑おうと勝手だが、自分自身だけは疑うものではない」
が目に留まりました。
自分まで疑っていたら、何も信じられなくなっちゃいますものね。
信頼って自分から、家族、仲間へと広がっていくものかもしれませんねぇ

Re: こんにちは

> 批判マニアに聞かれて答えられない時は無視する^^というところが目に留まりました。
> 私、知らず知らずにそうしているような気がします。
> もちろん、カドがたたないように、笑っておちゃらけて流していますが^^
> 批判はニガテですね~。

本来は、客観的な意見の相違点を指摘する、というのが批判であって、非難とはちがうものですが、実際には受けた方の反応というのは瞬間的に非難として受け取ってしまいがちですね。

それも知らない人からいきなり言われたら、よほど明確にいわれないと、建設的な批判とは受け取りにくいものです。
ネットの世界などでは余計にその点が難しいですね。

逆に言えば、批判されて自分が過剰に反応するようであれば、そこに自分の弱点や怖がっている部分が見えてくるとも言えます。

いずれにしても、受け取る側への配慮がない発言は気をつけたいし、受け取る側も過剰に反応しないようにした方がいいですね。





Re: No title

> いつも拝見させていただいて、とても励みになります。
>
> 自分の中の固定観念が徐々に解れていく感じがします。
> 誰の目も気にせず、”ありのままの自分”で判断し、ストレスを溜めず、
> 限られた自由を満喫するよう努力していきます。
>
> 信念は抱え込んではならない。
> 自分なりの信念は持ち続けますが、、
> 「河を渡り終わったら小舟は捨てていけ」
> ・・・これはこれからの心意気として、実行したいと思います。

ご感想ありがとうございます。
書いてる方にも励みになります。

即座に答えようと思えば、ルールとか信念を持つ必要がありますが、
それは同時に自分自身も縛り付けてしまうものになってしまいます。

すぐに答えられないといけないという脅迫があるとき、
それはどこから来るのか(誰が言わせるのか)を考えてみると、
本当に抱え込む必要がある考えなのかどうかが見えてくるかも知れませんね。

Re: No title

> 「誰を疑おうと勝手だが、自分自身だけは疑うものではない」
> が目に留まりました。
> 自分まで疑っていたら、何も信じられなくなっちゃいますものね。
> 信頼って自分から、家族、仲間へと広がっていくものかもしれませんねぇ

「自分から、家族、仲間へと」、確かにそうかも知れませんね。

自分を信じられない場合には、それを他の人へも広げることはできないでしょうし、
あるいは他の人の考えを本当に受け入れる余裕も自分で持てないでしょうね。
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