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正しさが気になる時は要注意

あなたが自分の正しさが気になるときには、実際に何を感じているのでしょうか。

まず正しさというのは、言葉で表現されたものごとの一面でしかありません。

現実は、それを何かの軸で見た場合「正しい」から「間違い」までの間のどこかに存在します。
どこか一点を捉えて、そこだけが正しいかのように見てしまうのは現実をゆがめています。

      僕が正しい

あなたが自分が「正しい」とき、その状態を維持するためには事態を凍結しなければなりません。

その結果、新しい情報を取り入れなくなります。

なぜなら新しい情報は、あなたの「正しさ」を揺るがす可能性があるからです。

あなたの正しいと思っているところをよく観察してみれば、それを変化させないように、いいかえればそれ以上発展しないようにしているのが発見できるでしょう。

このことは、別の見方をすれば、本当は自分が「間違っているかもしれない」と内面で感じていることを隠蔽するための方法なのです。

このような変化を止められた、融通の利かないなかでの「正しさ」というのは、当然あなたの自由を奪ってしまいます。

正しさを維持しようとする引き替えに、他の可能性を捨てなければならないのです。

それが、どんなに窮屈な状態であるかはお解りになるでしょう。

それでは自由を感じないし、幸福感も持つことができません。

あなたが開放されるには、「正しさ」を手放す必要があります。

正しさを維持することは、そこに隠された罪悪感を隠す為のものですから、そのような防衛を捨てて自由になりましょう。

あなたが人に譲りたくないとしがみついている「正しさ」を探してみましょう。

そこを人から質問されることを怖がっている「正しさ」を探してみましょう。

自分で本当はどうかと振り返って見ることを避けている「正しさ」を探してみましょう。

そしてそれを手放してみるのです。

その正しさを主張しなければ、何が起こるかを見てみるのです。

そこには、あなたが考えもしなかった新しい見方が広がってくるはずです。

      リラックス1

それと同時に、壊されることを怖がっていた「正しさ」を、それ以上守る必要がなくなったことに気づいて気分が爽快になります。

もう隠しておく必要はなくなったのですから。


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こんにちは

「正しさ」が気になるときは、自分ではちょっと迷っているときという気がします。
特に結婚してからそして子供が生まれてから「正しさ」が気になるようになりました。
親戚とのつきあい方とか、子供にはどう伝えるのが正しいのか等。
正しい事をしなければ、と悩むことありますね。
本当は煩わしいことなど気にせず、自由気ままに気分爽快!でいたいんですけどね^^

No title

なるほど~
わかる気がします。
「正しい」と思い込んじゃうと、思考停止状態になりやすいですよね。
もっと良い方法があるかもしれないのに・・・

気をつけます!

Re: こんにちは

> 本当は煩わしいことなど気にせず、自由気ままに気分爽快!でいたいんですけどね^^

人とかかわらなければ、もっと単純なのかも知れませが、なにかとまわりの人は正しさを要求してくるものですからね。

ツイッターで見かけた言葉、
田口ランディー: 「娘よ、わかってる奴には気をつけろ。そいつはあんたを洗脳する。わからないと悩む人なら信頼できる。わかったふりをする奴の話は聞き流せ。そいつは素人だ。専門家は謙虚なものだ」

Re: No title

> なるほど~
> わかる気がします。
> 「正しい」と思い込んじゃうと、思考停止状態になりやすいですよね。
> もっと良い方法があるかもしれないのに・・・
>
> 気をつけます!

柔軟さを忘れないようにしたいものですね。

No title

それが「正しい」かどうかは人それぞれ環境も違うし、精神的に置かれた立場も違う、依って自分の尺度で測るしかない。
自分が今行動しようと考えている事が「正しい」か、信念を持って「正しい」と確信出来れば、何が起きても悔いがない。
私はこれから「正しい」と思って行動に移ります。

Re: No title

> それが「正しい」かどうかは人それぞれ環境も違うし、精神的に置かれた立場も違う、依って自分の尺度で測るしかない。
> 自分が今行動しようと考えている事が「正しい」か、信念を持って「正しい」と確信出来れば、何が起きても悔いがない。
> 私はこれから「正しい」と思って行動に移ります。

「その正しさを主張しなければ、何が起こるかを見てみるのです。」ということなんですが。

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Re: No title

sachikoさん

メールをお送りしましたので、そちらをご覧下さい。

Re:sachikoさん

メールアドレスがエラーになるようなので、こちらで回答します。

sachiko さん

paoです。

おそらく何か前提にしている言葉の解釈が食い違っているのかも知れませんね。

> それが「正しい」かどうかは人それぞれ環境も違うし、精神的に置かれた立場

> 違う、依って自分の尺度で測るしかない。

お言葉のように「正しさ」とは相対的なものです。
誰かには正しくても、自分にとって正しいとは限りません。

> 依って自分の尺度で測るしかない。

この部分で少し見解が違ってくるような気がします。

人によって、尺度は違うのだから絶対的な正しさというものがない。

だから「自分の尺度も持たなくてもいいのではないだろうか」という
のが私の見解です。

正しいも間違いもないニュートラルのままでいてもいいのではということです。

もちろん、そうはいっても今まで積み上げてきた自分のこだわりというのは、
必要ありませんといったからすぐに手放せるものでもないでしょう。

ふと気がつくと、自分の正しさを主張したくなる自分を発見するものでしょう。

それでも、できるだけニュートラルに自分をおけるようにしていたい。

そう考えています。


> 自分が今行動しようと考えている事が「正しい」か、信念を持って「正しい」
と確
> 信出来れば、何が起きても悔いがない。
> 私はこれから「正しい」と思って行動に移ります。


これだけの言葉からは私の解釈が違っているかも知れませんが、

「信念を持って「正しい」と確信出来れば、何が起きても悔いがない。」という
ところに、こだわりとか執着というものを感じてしまうのです。

そして、この記事で言おうとしているポイントは、こういうことです。

人間の心理として、いったん「私の考え」「私の正しさ」という言葉で信念を持
つと、何とかそれの正しさを維持したいとしがみついてしまうものです。

他の人にそれを反対されると、なおさら「自分が間違っているとはいわせない」
というように防御にはいってしまうので、客観的な正しさなど、もうどこかに行
ってしまって、「私の信念」への執着になってしまうのです。

自分がこだわっているかどうかは、人からの反対意見に過剰に反応してしまう自
分を発見することで気づくことができます。

それから、もう一点をお話しする必要があるかと思います。

> 私はこれから「正しい」と思って行動に移ります。

「正しい」と思わないと行動できないものだろうかということを考えたいのです。

多くの場合、わたしたちが「正しいと思う事を実行した」という場合にも、
実際には行動しているときには、いちいち正しさをチェックして動いているので
はなく、やり遂げた後で、あとからこういう考えで行動したと考えているのでは
ないでしょうか。

この点については、説明が難しいのですが、例えば、

自然(じねん)
http://paostao.blog66.fc2.com/blog-entry-232.html
行為者になろうとしないこと
http://paostao.blog66.fc2.com/blog-entry-211.html
行為者になろうとしないこと2
http://paostao.blog66.fc2.com/blog-entry-212.html
まかせること(あずけること)
http://paostao.blog66.fc2.com/blog-entry-73.html


などを参考にしていただければと思います。

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