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不落因果 不昧因果

禅のことばに「不落因果 不昧因果(ふらくいんが ふまいいんが)」というのがあります。

これは「百丈野狐(ひゃくじょうやこ)」という公案に出てくる言葉です。

あるとき百丈和尚のもとへ不思議な老人が会いに来ます。
老人の話を聞いてみると、
「私は昔この寺の住職でしたが、尋ねてきた修行者にある答えをしたことで、五百回生まれ変わる間、野狐の身に堕とされていました。なんとか正しい答えを教えて下さい。」
ということでした。

この老人が、かつて修行者に言ったことはこういうことでした。
「悟りを開いた人間は因果律の影響を受けないものでしょうか」と修行者がたずねるので、
不落因果――因果の制約を受けない』と答えたのです。

それがもとで野狐に変えられてしまった私ですが、それが間違っているのなら、修行を積んだ人間もやはり因果からは逃れられないものなのか、正しい見解を教えて欲しいというわけです。

これに対して百丈和尚は、即座に「不昧因果――因果の制約を昧まさない」と答えます。

これを聞いた老人はすぐに悟りを得ます。
そして、ようやく野狐の身から逃れることができたという話なのです。

    野狐


不落因果不昧因果の意味を考える前に、仏教で言う因果や縁といった言葉を復習しておきましょう。

「因」と「果」は文字通り、原因である「因」とその結果である「果」です。
「縁」とは因から果が生まれるときに影響を与える条件のことを言います。
普段の会話でも「良縁」に恵まれると言ったりしますが、同じ因でも縁に恵まれれば、いい結果を生み出すかも知れないというわけです。
そして結果である「果」というのは、実は次の「因」ともなるわけですから、このような因果の連鎖を因果律というように言います。

不落因果――因果の制約を受けない』はそのままでわかると思います。
「修行を積んで悟りを開けば因果律から自由になれるんだ」と言ってしまったばかりに、老人は野狐に変えられてしまったのです。

そうではなく、「不昧因果――因果の制約を昧まさない(くらまさない)」だと百丈和尚は答えたので、老人はやっと悟ることができました。

因果の制約を昧まさないとは、誤魔化さないでそのままを受け入れるということです。

「今のままの自分や環境はイヤだ、他の自分に変わりたい」と思うのではなく、今のままの自分である因果をそのまま受け入れて、その中でそれを生かしていこうと考えるということです。

さて、以上が「不落因果 不昧因果」の意味です。

しかし仏教にしても、老子にしても、あるいは主だった宗教は、すべて「そのままを受け入れる」ということを説きます。

それはなぜなのでしょうか。
どうして、自分の頭で考えた理想の世界を目指そうとするのをダメだというのでしょうか。

おそらくいろいろな人間の心理や生き様を知っていく中で、先人は自分をそのまま受け入れることが、最も自分を生かして生きていける方策である、と見いだしてきたのではないでしょうか。

では理想を描いてそれに向かって自分を変えていこうというのは、どこに問題が潜むと考えたのでしょう。
その大きな要因として、次の二点が挙げられるのではないかと私は思います。

(1)人が思いつくことは、現在の自分を超えることはできない。
(2)絶対的な正しさを見つけることは、誰にも、そしていつまでもできないことである。

(1)は、いくら自分が新しい理想を描いても、それはいまの自分をベースにしたものでしかないということです。

もし、いまの自分を裏返しにしたものを理想だと考えるなら、それはいまの自分を否定し消し去らないとなりません。ですが、それはできません。

人がロボットやコンピュータなら、基本のソフトを入れ替えてしまえば、全く別の人格に入れ替えることもできます。

    男性とロボット

しかし人は、そんなわけにはいかないのです。
なぜならいまの自分を書き換えるわけにはいかないからです。

仮に今の自分を書き換えできたとしたら、そこにはもはや理想を描いた元の自分もいないことになります。
それでは全く別の人が生まれるだけで、望んでいた本人がいなくなったのでは、元も子もないというわけですね。

あなたが素直にあこがれる理想とは、あくまでもいまのあなたを反映したものなのです。

強引にいまの自分を無視して作りあげた理想像は、いまのあなたをないがしろにしたものであって、例えそんな自分になることに成功しても、こころから満足することはないのです。

(2)は「いくら考えてもわかり得ないことがある」と認めるということです。

考え続ければいつかはわかると信じて、頑張り続けるのも一つの生き方かも知れませんが、そのうちわかることもあれば、いつまでたってもわからないこともあるだろう、と考えるのが妥当な線ではないでしょうか。

そして、いつまでも絶対的な正しさがわからないのなら、無理矢理正しさを仮定してそれに合わせようと考えるのは無理があります。

また、それよりも「考えてもわからないことがある」といったん認めれば、わからないことは、わからないまま、それを抱えて生きていこうという考えが生まれてきます。

わかるまで待つのでもなく、わかったフリをするのでもなく、わからないとあきらめて受け入れるとき、抵抗していたのでは得られない安心感というのが生まれてくるものではないでしょうか。

「あきらめること」は、「明らしめること」だという人もいます。

抵抗をやめて、自分を明け渡さないかぎり見えてこないものもあるのです。

    白鳥

役者やオペラ歌手を目指していたが、なかなか芽が出なかったアンデルセンは、「みにくいアヒルの子」を書きました。

カワイイ新米さんと呼びかけられ、驚いたアヒルの子は、ふと水に映る自分の姿に目を落とします。
そこに映っていたのは、もうみにくいアヒルの子ではありませんでした。
まっ白に光りかがやく、白鳥だったのです。

参考
禅語「不落因果 不昧因果」(無門関)




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非公開コメント

こんにちは

無理やり正しさを仮定してそれにあわせるという事は、私には無理ですね~。
今の自分をベースにして新しい理想を描いていきたいですね。

「みにくいアヒルの子」が白鳥になったアンデルセンのお話、いいですよね。
自分を明け渡す勇気、大切ですね。

No title

不落因果、不昧因果って初めて知りました。
(paoさんのブログはほとんど初めて知ることだらけですけど)

禅も面白そうですね~
ちょっと興味がわいてきました。

Re: こんにちは

夢を追いかけ続けるひともいれば、打算的すぎてつまらなくなってしまう人もいたりします。

多かれ少なかれ、どうせやり過ぎてしまうの人の常ですが、本来の自分に見合った目標が自分の理想と一致すればいちばんいいのかな、と思います。


Re: No title

こちくんさん

> 不落因果、不昧因果って初めて知りました。
> (paoさんのブログはほとんど初めて知ることだらけですけど)
>
私も、狐に変えられた話は知っていたのですが、「不落因果、不昧因果」という表現は改めて知りました。

落ち着かれたら、またコメント書かせてもらいますね。
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