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思った通りにはならないが、・・・起こったことをそのまま受け入れてみよう

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まずは、以前の文章から、「思った通りにはならないが..」
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    思った通りには
    ならないが
    やった通りには
    なる

    It does not turn out the way you thought,
    but it turns out the way it was done.
    以無所得故(いむしょとくこ)
    得る所無きを以ての故に。
    「了寛」
    羅漢さんの絵説法〈2〉般若心経―空即是色 花ざかり
    著者: 荒 了寛 里文出版 / 2001-05
     

自分でこうなろうと思って努力したとしても、なんでも思った通りにはならないものです。

しかし、自分の意図がどうあろうと、日頃自分がやり続けていることは、現実となって現れてきます。

 はたして、どちらが価値があり意味があることなのでしょうか。

 そして、自分の意図したとおりに何かが達成されるということに、特別な価値を見いだそうとする理由は何なのでしょうか。

  

以前何かの本で読んだ、ある画家志望の男の話です。

その人は、画家を目指してせっせと自分で絵を描き、それを売りに出します。

しかし、なかなか絵を買ってくれる人は現れません。

何とかしようと考えた男は、自分の絵を引き立てるために立派な額縁に入れてみようと思います。

 自分の手で彫刻を施した独自の額縁を作っては、自分の絵を入れて売りに出します。

 しばらくして、絵が売れ出しました。

 男は努力の甲斐があったと、大変喜びます。

 しかし、そのうち男は、画家を目指している自分にとっては、残酷ともいえる事実に気がついてしまいます。

「私の絵を買ってくれた人達は、私の絵を気に入って買ってくれたのではなく、額縁の方が欲しかったんだ。」

一時はその現実に失意のどん底に陥った男でしたが、新しい光明を見いだします。

「私の額縁を気に入ってくれる人達のために、額縁の職人としてやっていこう。」

今までの夢ではなく現実を受け入れた彼は、その後、独自の額縁を作り出す職人として成功するのでした。



この話を、「何でも頑張っていれば努力が実るものだ、諦めるな」という方向に解釈するのも一つではありますが、

ここでは彼の意志と、最後に彼が受け入れようとした現実の関係というものを見直してみたいのです。

  

思った通りにはならなかったのは、「画家になりたいという彼が自ら抱いた願望や意志」。

やった通りになったのは、「目指したわけではなく、副次的に発揮された額縁や彫刻への才能」。

私たちが、大事にしていきたいのはどちらなのでしょう。

「私はこれをやります」と宣言して、その言葉通りのことを為し遂げることが立派である。

このように考えるのが、今の社会では暗黙裏の常識であるかのようです。

しかし、なぜ意図したことが叶うことだけを、特に価値があるように考えるのでしょうか。

自分でやりたくてやったことだから、その通りになって嬉しいと思うのはたしかにあるでしょう。

しかし、それ以上に自分の意志を叶えることに意義を見いだすのは、社会がそのように期待するからでしょう。

今の社会というものは、個人が自分でやると言ったことに責任を持つことをベースに成り立たせているから、宣言して実行することがより正しいやり方で価値があると見なされるだけなのです。

また、私たちはそのような社会に生きている影響もあるのでしょうが、何もかも自分の意志でやっていると信じようとします。

たまたまそのようにことが運んだだけだとしても、後から振り返れば、大抵は自分がそのように意図していたからそうなったのだと説明をつけることは出来るものです。

また逆に意図しないで達成されたことは、たまたまうまくいったことで、偶然の副次的な成果としか見ようとしなくなりがちです。

さらにこれを押し進めれば、「無理にでも自分の意志で目標を持ち、その通りに達成できる人間が価値があるのだ」と考える方向に圧力をかけられていくのです。

 
般若心経は、全く違った見方で私たちを諭します。

以無所得故(いむしょとくこ)

得るところなきをもってのゆえに

真理は私たち人間の知力で推し量ったり、具体的なものとしてとらえられるものではありません。

それは、私たち人間の意志やはからいを遙かにこえたところにある知恵なのです。

だから、自分でわからないからと抵抗しないで、わからないが故に、その深い世界に身を委ねるのです。

私たちの意志の力が、その真理の代わりを出来ると思い上がるとき、「思った通りにならない現実」があなたを不幸にします。

意図してやって失敗した場合に自分を責めて、意図しないで手に入れた幸運の方は素直に喜べない、

というのは不幸なことじゃないですか。

自分の意志とその結果に責任を持つという常識に、あまりにもとらわれ過ぎないようにした方がいいでしょう。

自分の意志とは関係なく起きてくる現実の方も、受け入れたり楽しんだりするという余裕も持つことも大事です。

そうすれば、社会的に成功した人にあこがれと共に嫉妬やねたみを感じ、一方でそれと比べた自分を責めてしまうような不幸な循環に陥ることも少なくなるでしょう。

画家にばかりあこがれて、額縁の職人では不満だと思うのが、そのような考えがもたらす結果なのです。

あなたにとっての「彫刻」の腕を見落としたり、価値がないと思って邪険にしてしまっていないでしょうか?

「やった通りに」なっている現実を素直に見て、その価値をもっと見直してみてはいかがでしょうか。
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さて、今回は、以上の考えを更に進めてみましょう。

思った通りにものごとを起こらせようと思うのを、ちょっとストップして、起こることを全て受け入れてみましょう。

思ったことが起きるのが満足の唯一の理由、だと思わないで、
起こってくることを、受け止めることを楽しんでみるのです。

もちろん、起こってくることは、「自分」を喜ばせるばかりとは限りません。
悲しいこと、残念なこと、悔しいことも起こるでしょう。

しかし否定的なこと、嬉しくないことは受け入れないという選択は、どこから定着してしまったのでしょう。

中には受け入れがたいけれど認めるしかないと思うことができることもあれば、とても認められないこともあるでしょう。
しかし、いつまでも否認していても、事態は変わることはありません。
すぐには受け入れ得られなくても、時間が解決することもあるでしょう。

それが普通の反応の仕方であると、固く信じ込んでいます。

ですが認められないと思いたくなることでも、起こったことは受け入れるしかないと、考えられないこともありません。

たしかに、受け入れがたいという思いは消え去ることはないでしょう。
それでも、すぐに否定したくなるのが当然、と思い込まないことです。

ものごとは自分が思った通りになるものだ、ということを根拠もなく信じこまないで、起きてくることが真実なのだと思うようにしましょう。

無抵抗になんの気力もなく受け入れるのとは違います。
しかし、思い通りでないことに驚いたり、否認するばかりでなく、素直に起きたことが真実だと認めてみるのです。

思ったとおりになるのが現実ではなく、起きてくることが現実なのです。
起きることが、あなたの思いだけに従うわけでないと認めることです。

そうすれば、現実はあるがままに起こっていくものだ、と信じられるようになります。

思った通りにならないことを、怖がることも、それほどなくなっていくでしょう。
他人や出来事を恨むことも、怖がることも少なくなっていくでしょう。

自分が怖がっていたことのほとんどは、「現実は思った通りにならなければいけない」という思いから来ていたことにも気づくようになるでしょう。

現実から逃げなければ、恐怖も消えていくのです。
起こったことを否認してばかりいなければ、現実は段々と怖くなくなっていきます。

「言いなりになる」と思わずに、「現実を受け入れる」だけだと思ってみましょう。
そうすれば、あなたの怖がっていたことのどれだけが、現実の否認からくるものだったかがわかるでしょう。

思った通りにはならないが、現実というのもそれほど辛いばかりでないと信じられるのです。あなたの考え方が創りだしてしまった怖いお化けを消し去ってしまいましょう。



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