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自力も他力も超えて、起こることに巻き込まれて行く自分を見てみよう。


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自力も他力も超えて、起こることに巻き込まれて行く自分を見てみよう。

起こることに逆らおうとしている自分も、それもまた起きていることなのだ。

これぞ自分の意志だと思っている時も、これもまた起きることに従っている自分がいることに
気がつく。そうすれば、自力も他力も超えた一時的な波が自分だと気がつくようになるだろう。

自我が力を抜いて、起こっていくことに従っている自分を認識する。

それは、自力でも、他力でもない、ただ生きていく自分を眺めている自我を超えた一時的な波の姿だとわかってくる。

おもいっきり自力で生きているつもりでも、波は他の影響と合わさってその姿を形作っているのだ。力まなくても、起こることがただ起こっていく。そう信じられるだけの謙虚さを持ってみよう。

おもいっきり関わっているつもりでいて、しかも起きることに身をゆだねてみよう。

以下は過去の文章からだ。

--------------------------------------


「幸せとは仏陀が与えてくれる既製品ではない。

それは自分自身の行為から生まれるものである」

---- ダライ・ラマ ----

仏教といえども、自分から動こうとしないで助けを待ちわびている人にたいしては、何もしてくれないでしょう。



「他力本願」という言葉がありますが、これを救いだと感じられるのは、

みずから精一杯やってきて、自分ではもう何も出来ないと感じるところまできた人なのです。



絶対他力を信じるしかないという心境に至るのは、それなりの苦しさを自分が背負ってきたからであって、

なにも背負わず、何も提供しようとしない人間はそんな心境にはならない。



何かの結果を待つ人は、待つだけの準備を積み重ねた人のはずですが、

そういった人は今のことに忙しくて、

ただぼんやりと結果を待ち望むということはかえってしないものです。



ところが、一方で待っていれば何もしなくても結果がやってくると期待する人もいます。



そういった人はいつも「サンタクロースを待ちわびて」いるのです。





他の人抜きには人は幸せになれない。
誰かが自分を幸せにしてくれるはず。
いま自分が幸せでないのは、救いの手がまだ来ないから。
それを待たずに自分は動くべきではない。



こんな考えを持っていれば、まもなく自分にいらだちを感じ始めることになります。



「なぜ、誰もかれも私を無視してしまうの?」



その人が救われるには、難しいことはいりません。



誰かが救ってくれるのを待たずに、自分のことは自分でやろうと思うだけでいいわけです。





自分で考えて、自分で動いて、「サンタ」の幻想を捨てること。



それでうまくいかなくて、自分ではもうこれ以上何も出来ないと思ったら、

そのときこそ自分の制御「自力」を手放せばいいのです。






「もはやこれまで、これ以上はなるにまかせるしかない」



と感じられるまで自分で動けばいいのです。



そこには、他人の許可も、他人の助けも、振り返る必要はありません。



他人に頼ろうとする人ほど、他人の許可が気になります。



それは当然ですね。



他人の機嫌を損ねて助けてもらえないと困るからです。



ですが、その依存がどれだけ自分を惨めにしてしまうか、

自尊心や自立心を踏みにじってしまうかを考えるべきなのです。



目の前に「甘い助けの手」を見せられても、自分の手段を持っているなら、その必要はないと断りましょう。



断ることで、自分の力でやる決意も強まるし、それはイコール自己への信頼感を高めることにもなるのです。



出来ることは、自己完結できるやり方を採用する。



それによって、不要な助けを借りることで、自分のやり方を引っ掻き回されることもなくなります。



自分の路線上にいて必要なことならば、どんどん他人にも助けを求めればいいのですが、別の路線に来るなら助けてあげると言われても、自分の路線は守らなければならない。



そこを見間違えてはいけない。



せっかく奴隷状態を脱したのだから、つまらないことでそれを売り渡してはいけません。



いろいろな宗教が、他を頼まずにただ一つのことを信じろと訴えるのは、他のつまらない助けに魂を売り渡してはいけないからなのでしょう。



「自分が何をしているか」これ以外に自分でできることはないのです。




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