« ホーム »

人生を目の前にして無防備になる。それが、真の癒やしだ。~ジェフ・フォスター

a1380_001621_m.jpg

 今起こっていることについてのストーリーを抜きにして、この体験を「失敗」だと名付けて成功と比較することや「醜い」と名付けて美しいことと比較することをしなければ、あるいは「怒り」「恐れ」「痛み」と名付けてその反対の概念と比較しなければ、どうやって今感じているものが何かを知ることができるのだろうか?

 すでに述べたように、ストーリーがなければ今体験していることを知る術はない。ストーリーがなければ、波に名前を付けなければ、人生は素のままのエネルギーの動きにすぎない。それが海~名前の無い、神秘的なものだ。人は、そういったエネルギーにラベルを付けようとする。それを判断し、それから逃れようとし、ポジティブの反対になるネガティブを作り出した上で、ポジティブを求める。

 それでいて、そういったものすべての表面下でそもそも自分が何から逃げようとしているのかについてはよくわかっていない。波を「恐れ」「怒り」「悲しみ」「退屈」「悲嘆」「喜び」「痛み」などと呼んでいるのは、それがこれまで学んできた名前であり、概念だからだ。そうして、そういった波から逃れようとしたり、しがみつこうとしている。しかし、そういったラベルを取り除いたとき、本当に逃れようとしているもの、しがみつこうとしているものは何なんだろうか?実際に、あなたはそれを知っているだろうか?すべてのラベル、学んできた概念を捨てて、変えたり逃れたり執着しようとすることなく、この瞬間にあるありのままの人生の素のエネルギーに向き合うとどうなるのか?この瞬間が何なのか、何でないのかといったあらゆる描写をやめて、今起こっている感覚に深く感じ入るとどうなるのか?

 そこから人生の本当の冒険が始まる。

 感じていることに関するストーリーを超越すると、自分が何から逃げているのかを本当はまったく知らなかったことがわかってくる。そして、人生の素のままのエネルギーに出会うのだ。人生を目の前にして無防備になる。それが、真の癒やしだ。そのとき、この瞬間はどうあるべきかといったあらゆる観念が剥がれ落ちる。

~ジェフ・フォスター THE DEEPEST ACCEPTANCE



人生の素のままのエネルギーと向き合って生きるとは、どのように変わるのだろうか?

たとえば、私たちが共通の概念として持つような、特定の目的といったものは存在するのだろうか?

そのような目的を持たなくなった時、人は何かを目指さずに生きる方向は見えるのだろうか?

ストーリーなど無くして、生きるとはどんなものになるのだろうか?
それを想像できるだろうか?

そもそも想像しないといけないと思っていること自体が、私たちが教えこまれた生き方なのかもしれない。

素のままの感覚、価値判断のない状態を生きることは、本当にできるのだろうか?

答はやってみればわかるだろう。そして体験しなければ、判断はできないだろう。

あるいは、素のままでは生きられない、そう感じ続けて生きたいと判断を下す人もいるかもしれない。それがたとえ本当は架空のものであっても、具体的なものを目標に生きたいと思い続けるのだ。

それはどこまでも、その人の選択の問題になるのかもしれない。

選択とは言っても、1でなければ100ということにはならないだろう。

普段どちら側から人生を見るかという選択になるのだ。

しかし、どちらから見るかで、人生で体験することはどんどん違ったものに変わっていくだろうことは想像できるし、その気になれば経験もできるだろう。



関連記事

ACR WEBブログパーツ

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体


にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ


現実とあなた自身のずれがなくなるほど、あなたは無理している自分を発見できるでしょう・・・
思考と感情からの解放~そして現実のみを信じる3ステップ|ヒーリング・スピリチュアル | ココナラ

スポンサード リンク







コメントの投稿

非公開コメント

sidetitle最新記事sidetitle
《最近7日間の人気順位》
~ランキング全体をみる~
~ランキング全体をみる~

sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle全記事表示リンクsidetitle
過去の記事はこちらから↓

全ての記事を表示する

sidetitleブログ紹介sidetitle
☆~新刊⌒☆
☆ちゃん見るシリーズ☆


好評発売中


アルファポリス
第2回エッセイ・ブログ大賞
特別賞『タオに生きる』 pao
WebコンテンツPickUP!タオに生きる
【 エッセイ・日記・blog > blog 】
老子の教えに学ぶ
老子のいう「タオに生きる」ということはどういうことなのか。さまざまなアプローチから、自らの考えや学んだこと、思ったことが綴られています。心をやすめ、身体をやすめ、穏やかで落ち着いた生活をしたい……そう願う人たちにとって、ヒントに溢れたブログです。


ez-HTML





PRR
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
11 | 2016/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
sidetitleにほんブログ村sidetitle
sidetitleお世話になってますsidetitle
※FC2ブログのリンクですが、なるべくblogpeopleのリンクをお願いしています(右サイドのお友達リンク)
このブログをリンクに追加する
sidetitleスポンサード リンクsidetitle
sidetitleアクセス情報sidetitle
sidetitleジャンル・ランキングsidetitle
[ジャンルランキング]
心と身体
47位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
スピリチュアル
14位
アクセスランキングを見る>>

sidetitle検索フォームsidetitle


もう一つの「タオに生きる」カテゴリー別
Screen Shot_30p ※徐々に更新しています
タオに生きる(人間関係)
タオに生きる(アドバイタ関連)
タオに生きる(YouTube#1)
タオに生きる(YouTube#2)


[上位タグ20]
感情、莊子、思考、怒り、罪悪感、老子、いまここ、人間関係、バイロン・ケイティ、交流分析、タオ、エックハルト・トール、ありのまま、許す、YouTube、老荘思想のコラム連載、不安、過去、無為、OSHO

sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleアクセスランキングsidetitle
訪問いただいているサイト
(週間 木曜日リセット)
※こちらでタイトルを入れさせてもらっていますが、出したくないとか変更したいという方はご連絡下さい。

sidetitleカテゴリsidetitle
カテゴリーを追加し整理しました。 バイロン・ケイティ、エックハルト・トール、ガンガジ、ムージ、OSHO
sidetitleQRコードsidetitle
QRコード
sidetitleお友達リンクsidetitle
FX