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私は真実でないとわかったそれほど多くのものを信じていました。

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あなたがこう語る時がやってくるでしょう、
私は誰でも私が好きでなければならないとかつて思っていました、
しかし、現在、この信念はもうないです。

私は、最高の人でなければならないとかつて思っていました
私は、自由であるために適切でありえたが、もういなくありえました。

私は、すべてを最初にしなければならないとかつて思っていました
私は、世界においてそうする必要を感じていました、
そして、私がそうできたとき、その時だけ、私は満足していました、

私は、自己発見に注意を向けることができました。
私は、かつてそれを信じていました。
私は、それが他の誰か次第であるとかつて思っていました
私を幸せにしてくれるのは。
それは、大昔に思われます。

私は、かつて自分には価値がないと思っていました、
しかし、今は、それがナンセンスであったと知っています。

私は、準備ができていないとかつて思っていました、
しかし、今ではそれが真実でないと知っています。

私は、かつてもっと多く訓練しなければならないと思っていました、
より長く瞑想して、より誠実になって、
しかし、私は、それがそうではないないのを知りました。

人生はそれほど激しくもないし、残酷でもありません。

私は、真実でないとわかったそれほど多くのものを信じていました。

それから、私は、何も自由である私を妨げることはないと理解しました。

~ ムージ(furtherthanfaroutを通して)

There is going to come a time when you will say, I once believed that everyone had to like me,
but now this belief is no more.
I once believed I had to be the best person
I could be in order to be free, but no more.
I once believed that I had to first do everything
I needed to do in the world,
and only when I had done that and I was satisfied
could I turn my attention to Self-discovery.
I once believed that.
I once believed that it was up to someone else
to make me happy.
That seems a long time ago.
I once believed that I was not worthy,
but I see now that was nonsense.
I once believed I was not ready,
but I see now it’s not true.
I once believed that I had to practise more,
meditate longer, be more sincere,
but I saw it’s not like that.
Life is not so strenuous or cruel.
I believed so many things that were not true.
Then I realised nothing obstructs the freedom I am.
- Mooji (via furtherthanfarout)


私たちは多くのことを信じて生きています。

そのほとんどは、「自分がある条件を満たせるようになることができれば、
私は望んでいることを受け取る資格を得られる」という形式をとります。

しかし、前半があなたの思い込みにすぎません。
そしてめでたく「受け取る資格を得られる」ことができても、
あなたは、まだそれを実際には受け取れないでいる、のではないでしょうか。

あなたが入場券を買って、受付で見せれば、あなたは中に入ることができます。
それは実際にそうなるでしょう。

しかし、あなたのマインドの働きは、それはトリックとでもいうようなものです。
あなたが条件を満たしても、あなたは本当にそれに対する資格を得られたとは感じられないのです。

その仕組みはこういうことです。
あなたは、なぜか自分には受け取る資格がないと信じてしまった。
それがまず、前提にあるのです。

ですから、その資格を取り戻すための条件をいろいろ探し求めます。
社会や、周りの人たちが、こうすれば条件を満たせると教えることを、目標として採用し、それに向けて努力しますが、条件を満たしたと思えても、あなたの信念は「私にはまだ資格がない」と思い続けるのです。

問題は、「私には資格がない」と思っている自分は、相変わらずそこに居座り、譲り渡そうと思っていないことです。
それを変えるには、その自分自身と直接向き合わなければなりません。

それをしない限り、他人がこうすればできると言って教えてくれる条件は、何の効力も持たないのです。

外側に存在する、資格を得られるための条件を、探したり、実行するのをやめてみることです。
それに力を注いでいる間は、あなたは自分が目的に近づいているのだと思わせてくれます。
しかし、めでたく条件をクリアしても、その条件は本物ではなかったのです。
あなたの「私には資格がない」という信念は、そんなことでは突き動かすことはできないのです。

ですから、やり方を変えることです。

1.本物ではない条件を信じて、それをクリアしようとお力するのをやめること。
これであなたは、「少なくとも私は努力している」というトリックで自分を慰めて、罠にはまり続けることを阻止できます。

2.無条件に、何ものも、自由である私を妨げることはないことを理解すること。
条件など最初からないのです。
あなたが自分には資格がないと信じなければ、あなたがクリアすべき何も最初からなかったことがわかるでしょう。

あなたは、何もしなくても、何も獲得しなくても、どんな条件も満たさなくても、
「私はそれを受け取ります。それは最初から私に与えられた自由だからです。」と言い切るだけでいいのです。

あなたのこの宣言だけが、あなたに本当の自由を与えてくれます。
それ以外のやり方では、何をしようとあなたはそれを受け取ることができません。

条件など何もないのです。
あなたには最初から資格があります。
あなたがあなたであるというだけで、それを受け取る資格が最初からまるのです。

「私はそれを受け取ります。」というだけでいいのです。

条件をクリアしないといけないという、様々な教えを信じてはいけません。
それを信じるのを、まずやめることです。
それによって開かれたスペースに、「私は受け取ります」という無条件で生きる自分を発動させるのです。

信じることや、信じるのをやめることは、シンプルで純粋な行為です。

しかし、「条件を満たせば」という呪文に取りつかれた、一見論理的な思考は、純粋なハートの発動を覆い隠します。
その仕組みは、まさに「そんなものはない」と言い張るエゴがトリックを仕掛けてくるかのようです。

条件を満たすことを信じ続けるなら、あなたは周りの意見に振り回され、カモにされるだけです。

それを仕掛ける人や社会も、必ずしもそれを意図的に仕掛けているとは限りません。
仕掛ける側も、無意識のうちにトリックにはまっているのです。

「私も条件を満たそうと頑張っている。だからあなたもそうすべきなのだ。そうでないと私が何のために頑張っているのかわからなくなるではないか」

頑張れば頑張るほど、自分がやっていることが嘘かもしれないと信じることは難しくなるでしょう。
権利の主張や、同じことを信じない人間を恨む仕組みは、そうやって受け継がれていきます。

あるいは、そのような人間性を利用して、私がとっておきの条件を教えるので、それを私から買いなさいと言って悪用するものも現れます。

売り込もうとする「条件」は一見まともなものもあります。
それは社会を成り立たせている原理そのものであることもあるでしょう。
一方では、おまじないや加持祈祷や、目に見えないエネルギーを送ります、などといった検証のしようのないまがいものもあります。

しかし、どんな条件もないことを理解することです。
それ以外に、あなたを自由にすることはできません。

ある意味では、それはあなたがやっている類の努力を放棄することです。
そのかわりに、怖くて向き合おうとしてこなかった本来の自分と対面する勇気を持つことです。

怖がらせているのは、今では何の効力もない、あなたが子どもだった頃にしまい込んだ脅しの記憶にすぎないのです。
「そんなことをしたらあとで叱られますよ。怖いことが起きますよ。」
大人の何げない言葉が、小さな子どもには恐ろしい魔術のことばとして刻まれるのです。


私は、真実でないとわかったそれほど多くのものを信じていました。
それから、私は、何も自由である私を妨げることはないと理解しました。

「条件を満たさないと、私は生きていけない」
これは本当ですか?
それを確かめてみましたか?、それとも怖くて条件を手放せずにいますか?
どれほどそこに根拠があるのでしょう。
条件を満たさないと生きていけないのなら、どうしてあなたはこの世界に生まれてきたのでしょう。
生きているあなたが存在すること自体が、受け取る資格があるということなのです。

一切信じなければ何が起きるでしょう。
それを自分で確かめてみることです。それができるうちにです。


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