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真実ではない、そんなに多くのものを信じていたのです


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私は、かつて誰でも私が好きでいてくれなければならないと思っていました、
しかし、いまはもう、この信念はないです。
私は、最高の人でなければならないとかつて思っていました
自由であれるように、しかしもうそうは思いません。
私は、かつてすべてのことを最初にできなければならないと思っていました
世界はそれを必要していると思い、私はそうしていました。
そして、私が満足できた時だけ、私は、自己発見に注意を向けることができました。
私は、かつてそれを信じていました。
私は、自分を幸せにしてくれるのは。他の誰か次第であると思っていました
それは、大昔に思われます。
私は、立派でないとかつて思っていました、
しかし、私は、現在、それがナンセンスであったのがわかります。
私は、準備ができていないとかつて思っていました、
しかし、いまではもう、それが真実でないと知っています。
私は、より多くを鍛えなければならないとかつて思っていました、
より長く瞑想しなければ、より誠実にしていなければ、
しかし、そんなことはなかったことに気づきました。
人生とはそれほど激しくもなく、残酷でありません。
私は、真実ではない、そんなに多くのものを信じていたのです
そしてようやく、私がありのままである自由を、妨げるものなど何もないことを理解しました。
~ ムージ

I once believed that everyone had to like me,
but now this belief is no more.
I once believed I had to be the best person
I could be in order to be free, but no more.
I once believed that I had to first do everything
I needed to do in the world,
and only when I had done that and I was satisfied
could I turn my attention to Self-discovery.
I once believed that.
I once believed that it was up to someone else
to make me happy.
That seems a long time ago.
I once believed that I was not worthy,
but i see now that was nonsense.
I once believed I was not ready,
but I see now it’s not true.
I once believed that I had to practice more,
meditate longer, be more sincere,
but I saw it’s not like that.
Life is not so strenuous or cruel.
I believed so many things that were not true.
Then i realised nothing can obstruct the freedom I am.

~ Mooji



via zenmind-nomind


「誰でも私が好きでいてくれなければならない」
「私は、最高の人でなければならない」
「すべてのことを最初にできなければならない」
「自分を幸せにしてくれるのは。他の誰か次第である」
「私は、立派でない、そのままでは価値がない」
「私は、準備ができていない」
「つねにより長く鍛錬しなければならない」

こういった考えは、いつとはなしに、私たちの心に刻み込まれていきます。
おそらく、最初からそれに反発できる人は、めったにいないでしょう。

なぜなら、それは幼いころから、繰り返し、いろいろな人の口から聞かされるからです。
私たちは、自分の判断力を、それらを頼りにして築き上げていくのですから、いつの間にかそれを批判することは、自分を批判することになってしまうのです。

◆「誰でも私が好きでいてくれなければならない」

どうしてそんなことがあり得るでしょうか?
あなたがこれを望むなら、やがてあなたは、ちょっとでも誰か批判めいた気配を感じると、自分に落ち度があったのではないかと心配になります。
あなたは、もっと自分が立派にならなければいけない、何か足りないのだと思い、いつもいつも気が休まることはありません。

しかし、想像してみてください、思い出してみてください。
あなたは、たとえ相手が好きな人であっても、その人のちょっとした行動に反発を感じることはないでしょうか?それは違う!と思わず感じたことはないでしょうか?

それを見つけると、相手はもう「アウトだ!」と決めつけるようなものです。
あなたは、それを自分自身に課しているのです。

◆「私は、最高の人でなければならない」
◆「すべてのことを最初にできなければならない」

最高とは、存在するものの中で比較して一番になることです。
しかし、存在するものや、状況は、絶えず変わり続けます。
何のために一番を維持する必要があるでしょう?
そして、やがて一番であること自体に、もう意味はなくなっていることに気が付くでしょう。

◆「自分を幸せにしてくれるのは。他の誰か次第である」
◆「私は、立派でない、そのままでは価値がない」

これが間違いであることに気づくことは、非常に重要です。
そして、これらの2つは、お互いを強化しあっています。

そして、こんなことを考えます。

私は、私のままでは不十分だ。ただ私であるだけでは価値など何もない。
何かにならなければならない。その何かとは、他の人が評価してくれるものということだ。だから私には、他の人の評価と、承認が必要なのだ。

いつかきっと、誰が見ても批判のしようのない、「なにものか」になるのだ。
その日が来るまで、私はずっと不十分で、何も受け取る資格がないのだ。

そんな日は永遠にきません。自分を幸せだと感じてもいい日は永遠にやってきません。

そして、それはこのような考えに導かれることになるでしょう。

◆「私は、準備ができていない」
◆「つねにより長く鍛錬しなければならない」

鍛錬すること自体は悪くありません。

しかし、役目が終わったら、それからもう解放されることにましょう。

例えば、九九を暗記することは、暗算の役に立ちます。
しかし、覚えたらもう、役割は終わったのです。

それ以上訓練するより、やることはたくさんあります。
私は九九を5秒で言えるようになってやるなどと鍛錬を重ねるのは、ばかげています。
それまで、私は暗算ができないのだと自分を制限する人がいるでしょうか?

中にはばかばかしく思えることもあるでしょうが、実際に私たちのパターン化された自分はこれを繰り返しているのです。
それらから自由になることは、決して簡単ではありません。
わかることと、実践することの間には、終わりのない挑戦が必要になるでしょう。

たとえ、挑戦をやめてしまっても、「よかった。お帰り」といって受け入れてくれる人は有り余るほどいるのです。しかし、そこは自由のない、誰も満足する人のいない社会です。

それは、まるでマニュアルのトークを覚えたセールスマンのようなものです。
トークの内容を聞いていると、すごいことを言っているように思えますが、トークが終わった後、それ以外のことを聞かれても中身などないのです。

そして、マニュアルに沿っている間は、お互いに受け入れあいます。
しかし違ったことをいう人間がいると、それは間違っていると思わず批判が始まります。

肝心なのは、トークが終わった後、何を言えるかです。
そこで初めて、あなた自身が登場するのです。

あなたが本当にそのままでいたいあなた自身とは何でしょう。
それは探すものではなく、マニュアルを忘れることから始まるのです。

一切、他人と比較せず
あなたがあなたでいるだけで価値がある
と信じることから始まるのです。

それができた時、
私がありのままである自由を妨げるものなど何もないことを
言葉の上でなく、初めて確信するようになるでしょう。




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