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<赦し>とは、我慢することではない

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誰かが何かをして、仕方がないから許すのではない。
自分は彼より高貴な存在だから、許してあげる、のではない。
<赦し>とは、我慢することではない。
自己犠牲ではない。
それは真の<赦し>ではない。
真の<赦し>に犠牲はない。
真の<赦し>とは犠牲どころか、
自分は自由そのものであり、
完全そのものであると歓喜することである。

我慢する理由も存在しないところ
我慢される者も我慢する者も存在しないところ、
それが<赦し>である。
それが解放である。
それがそのままの自由である。
~"それ"は在る ヘルメス・J・シャンブ


赦すことについて、私たちは既存の観念にとらわれています。

ある人はどうしても相手をそのままに出来ないと思い、「これは赦すべきではない」という観念を真実だと決定します。
その後は相手に復讐することばかり考えて、その苦しい思いを、まるで生きがいのようにして(事実、復讐心はエネルギーを生み出すようにみえる)、それを拠り所に自分のその後の人生を決めていくのです。

またある人は、「自分は相手を赦せないような、ちっぽけな人間ではない」という観念を真実に据えます。
時々蘇ってくる恨みの心を、ひた隠しに押し込めて、そんなものは自分に内科のように振る舞ってみせます。それでいて、自分は犠牲者であるということを切り札として持ち続けます。もし我慢ができなくなったら、自分がどれほどの犠牲者であったかを、延々と語れるようにです。

「恨みは自分の身も滅ぼす」と頭で理解した人間も、どうやったら赦せるかを知らなければ、我慢するしかないという状態を続けることに変わりありません。

このような観念を信じ込んでいる限り、<赦し>は、いつまでも雲の上の存在でい続けます。
このような観念は、真実でもなんでもなく、どこかで社会で教えこまれた観念に過ぎません。こうすれば自分の赦せない思いを、自分自身が赦すことが出来る、という方法も理由も存在しないのです。

我慢する理由も存在しないところ
我慢される者も我慢する者も存在しないところ、
それが<赦し>である。

赦しを乞わなければならない人も、我慢して泣き寝入りしなければならない人もいないのだと気づくことです。
それらは、様々な観念が作り出したものに過ぎません。

例えば、小さな子どもが、「大人が悪いことだと思っていること」をやってしまい、怖いお父さんの赦しを受けないと、今日はご飯も食べさせてもらえないかもしれないと怯えます。
こうして赦す人間と、許されなければならない人間を存在させることになるのです。
幼い子どもにとっては、怖い存在がいることも必要かもしれません。しかし、それは自分で判断できるようになるまでです。
いつまでも犠牲者と悪い人がいると信じる必要はありません。
赦す人間と許される人間がいる必要もありません。
我慢する人間も、我慢を強いる人間も存在させる必要はありません。

苦労して、なんとか自分をなだめて、それでようやく相手を赦せるようになると決めつけているのは、観念を信じているからです。

現実には、私たちは、「この生きている一瞬の連続」に存在するだけです。
自分が次に何をするかさえわからないのです。
そのことが赦されると信じていてこそ真の自由があります。
それには、もちろん他の人が何をするかも自由です。
他の人がやったことで、自分の自由が左右されることになるような、どのような観念も採用することはありません。
我慢していると感じるのも、観念がなければ成り立ちません。

「我慢される者も我慢する者も存在しないところ」に住むことにしましょう。
我慢する人も、赦されなければならない人も、そもそも創りださなければいいだけです。
観念を信じなければ、その思考が生まれる以前の状態から世界を見られるのです。
自由な人同士で赦しは必要ありません。
自由であることが<赦し>もその中に含んでいるのです。

観念が、いかに馬鹿げた世界を作り出しているかを、愛想が尽きるほど観察してみましょう。
観念で作られた世界を越えたところで生きるのです。
そもそも赦す人も赦される人もいないところで。


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