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「いつか」と「前には」のストーリー

将来の夢2

 私たちは、いつか完全なかたちで生きられる日が来ると想像しています。いつか借金を完済したら、いつか車庫を片づけたら、いつか禁煙に成功したら、いつかスペイン語を身につけたら、いつかホームレスの人たちに食事を配るボランティアをしたら、いつか仕事を見つけたら、いつか老後資金が十分に貯まったら、いつか引退したら、いつか痩せることができたら、いつかジムにまた通って身体を鍛えたら、いつか両親に償いをしたら、いつかソウルメイトに出会って結婚したら、いつか子どもたちがひとり立ちしたら、いつかつぎのリトリートに行ったら、いつか悟ることができたら、そうすれば、未来のいつの日にか自分は完全なかたちで生き、まったく問題がなるだろう。本当の人生がついに始まるんだ、と。あるいはもしかしたら、本当の人生は過去にあったと考えているかもしれません。離婚する前、失業する前、子どもたちが家を出る前、ガンにかかって車椅子生活になる前、でもどちらにしても、つまり過去にこだわっているとしても、未来にこだわっているとしても、これ、たった今のこれは絶対に違う。これはどうにもならない。そう私たちはかんがえます。
 
 目覚めるというのは、そうした思考の本質を見抜くこと、自分の人生というストーリーから、自分が考えて信じているすべてのことから目を覚ますこと、今あるものの単純さに目覚めることです。それは<ここ・今>でしか起こりません。
~「つかめないもの」 ジョーン・トリフソン


このようなことは、私たちのほとんどがわかっていたり、なんとなく感じていることです。
しかし、あえてそういう姿勢で生きてみようとする人はあまりいないようです。
あるいは、そのように試みたとしても、やがてまわりの現実に飲み込まれて、もとに戻ってしまったという方もいらっしゃるでしょう。

それが難しく、元に戻ってしまうにはいくつか理由があります。

・未来の夢を見据えて生きるほうが、やりがいを感じるし、それによって自分を動機づけることが出来る。
・「思考は現実化する」などの成功法則の考え方はもっともに見えるし、それに向けて努力している姿を見せることは社会的に受け入れられやすく、また褒められもする。
・「いつか」はやる気があるのだといい訳していれば、今はできていないにしても、そのことで自分を責めなくても済む。「今日だってこれをやったじゃないか」
・過去の「あのころはよかった」に浸っていれば、今がどうであろうと、それは自分以外のせいでそうなっているだけだと説明できる気になる。
・過去の恨みを晴らすために生きることは、建設的ではないにしろ、自分を突き動かすエネルギーを生み出してくれると感じる。嫌な現実に生きるより、よほど自分に生きがいを感じさせてくれる様に思える。

そして、私たちの生きている社会では、挨拶代わりに「お仕事の方はどうですか?」と聞かれる。
・「未来に向けて頑張っています」というのは、模範的な答えになる。自分自身もそれで満足を感じられる。

しかし、いつまでたっても、何か作り物の中で生かされている感じはぬぐえません。
このような複雑なことをこなさなければ、自分がうまくやれていないなんて本当だろうか?
だって、現に自分はこうして生きている、なぜ他の人にあれこれ言われないといけないのか?なんの権利が合って、人の生き方に口出しするのか?
いつもなにか社会が建設的だと考えることばかり、やっているふりをしなければならないのだろう?
約束の時間を気にしながらだと、いま、ここで起きていることなど注意を向ける余裕が無い。それに楽しさを感じても、ダメだもう時間だからやめなければ!という声に引き戻されてしまう。

いったい大切なのはどちらだろう?
社会に順応している自分や、たくさんの「べき」ことをやらされて、それを自分に納得させている自分なのか?
そんなことを一切気にしないで、現にここにいる自分なのか?

「いつか」「~できたら」「~までは辛抱しよう」「これさえできれば(手に入れば)、そうしたらすべては良くなる」
「あの時までは良かった」「あれが起きたのだから、もう今の自分は消化試合だ」
「あいつが謝罪しない限り、自分の人生は生きられない」

これらは全て、「いま・ここ」を逃れるための口実です。

そして、「いま・ここ」で起きていることなんて、毎日繰り返してる退屈な日常にすぎないじゃないか。
そんなものより、将来の夢を見ている方がずっと生きがいを感じる。

しかしそれなら、あなたは夜眠っている時に見る夢が素晴らしいから、ずっと眠ったままでいる方がいい。
起きて活動することなどに未練はないとでも言うのでしょうか?
夢も恨みも、今のあなたを通り過ぎていく思考や感情に過ぎません。
それだけをとりだして、通り過ぎないように繰り返し思い出し固着させる行為が、あなたの理想の生き方なのでしょうか?
そして今日も本当にやりたかったことが出来ないまま、なにもなく今日も一日過ぎてしまったと、時には小声でささやき、時には大声で叫びたくなる自分を無視し続けるのでしょうか?

生きることは、「華やかなもの」「賞賛されるもの」「人々の記憶に残るようなもの」でなければならないと誰が言っているのでしょう。
これらを言わせるのは、あなたの「そのままの自分ではダメだという」思い込みが、それに対抗して作り出したあるべき姿に過ぎません。
あなたが本当に満足できるのは、何も作っていないありのままのあなたが、そのままで受け入れられるときです。
そして、受け入れられたと感じられるのは、あなた自身が自分をそのように受け入れられた時なのです。順序はありません、全ては自分を受け入れられることから始まるのです。

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