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「あるがまま」を少しまじめに考えてみましょう

あるがままとはどういうことでしょうか。

作為がないということでしょうか。

素直で正直であると言うことでしょうか。

これら2つの点を挙げても、まだ見えてこない点で2つの考え方が存在します。

感情の変化


かなりおおざっぱに2つに分けて考えます。

1つ目は、私達にも割と抵抗なく受け入れられる考え方です。
そこではその前提として、私というものをいくつかの部分に分けて考えます。

自己を部分に分ける考え方は色々ありますが、ここではごく単純に2つの部分に分けてみます。

私1は、あなたはこうあるべきだ、こうすべきであるとあなたを縛り付ける私です。
私2は、これに対して押さえつけられる側です。
それは、しかたなく命令に従ったり、怒りをため込んだり、あるいは密かに反抗を企てたりします。

心理分析などで普通に考えるのは、私1の締め付けをゆるめてやれば、私2は解放されてありのままの自分が表現されるようになると考えます。

※あくまでおおざっぱな言い方ですから、実際にはこんな単純なものではありません。

ここでは、私を分けて考えながらも、残った私のなかにありのままの自分が存在するのだと考える訳です。

2つ目の考え方は、仏陀や老子や、あるいはクリシュナムルティといった自己をとことんまで突き詰めて考えた人達の考え方です。

そこでは、「私」はいなくなります。
私1と私2のように考えて、私のありかたで解決しようというのではないのです。

天使・妖精1


「私」はいなくなるのです。
そこに「あるがまま」が存在すると考えます。

そう聞くと、あなたは「私」がいなくなるんじゃ死んでしまったのと同じではないかと考えるでしょう。

そうなのです。
その言葉通り、「私」には死んでもらわないといけないのです。
「私」が残っていたのでは、「私」が別のものを作り出すだけなので、どのような新しい方法を考えても解決はないのです。

ここであなたは、「それならやめておきます。」といいます。

そもそも自分がいなくなったのでは、困るからです。
それでは何にもならないと考えます。

「悩み」が無くなるのはいいが、「私」までいなくなるのでは元も子もないだろうというわけです。
それでは詐欺じゃないかと。

そこでこの話は終わりです。
非自己の世界ならいらないと考えるなら、その先を考えても仕方がないからです。

ただそうはいっても、私達は普段から、「私」がいなくなってしまう経験というのを体験しているはずなのです。

そして「私」がいない時、あなたは作られた快感や自由さではなく、本当の開放感を感じているのではないでしょうか。

休み時間


自分がいなくなった状態が、あなたに生き生きした経験をもたらすということがあるはずです。
どこかで、自分がいなくなれば、どれだけ解放されるだろうと、感じることはないでしょうか。

「私」がいなくなったとしたら、なにが残るのか?

たまにはこう言うことも考えてみてはいかがでしょう。

あるがままを少しまじめに考えてみましょう。

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こんばんは!

これは僕のように我が強い人間にとっては難しいですね!
でも、だからこそ自分を解放することが必要なのかもしれませんね。

Re: こんばんは!

> これは僕のように我が強い人間にとっては難しいですね!
> でも、だからこそ自分を解放することが必要なのかもしれませんね。

これは誰にとっても。簡単にできるようなことではないですね。

しかし1つ1つの問題で考えれば、問題によっては、我を捨てれば問題自体が存在しないということに気づける事もあるかと思います。
1つ出来れば、他の問題にも当てはまるかも知れない、という風に考えていけるものです。

そういう発想が出来るかどうか、そのきっかけになればいいですね。



はじめまして

Paoさん、はじめまして ココと申します。
毎日、とても大切な、人としての在り方をシェアしていただき、嬉しく読ませていただいております。
ありがとうございます。

平易な言葉で語ってくださっているにもかかわらず、それでも。。。
ん~~ ?? むつかしい!! の連続です。
例えば文中の 【「私」がいなくなってしまう経験というのを体験しているはずなのです。】
これは、
日常、さまざまな場面があるのですが。。。
例えば 好きな花のおせわをしている時、手芸をしている時、子供達と遊んでいる時など、 夢中になって、ふと気が付くと、あらら、もう2時間も。。。というようなことがあるのですが、そのような状態のことでしょうか。
でも、
夢中で楽しんでいるのは、私ですし。。。。

Paoさんの文中の 私と、「」つきの「私」との違いがよく解らないのですが。。。
本当は、どのようなことを伝えてくださっているのでしょうか。。。

あ~ お聞きしたいことまで分からなくなってきました。
お返事いただけましたらうれしいです。

                                   ココ

Re: はじめまして

ココさん、メッセージありがとうございます。
いつも読んでいただいてるとのこと、感謝いたします。

「私」という表記も、いつも一貫して使っている訳ではないのですが、以下に大まかに説明します。

わたしたちが、ふつう私と表現する場合にも、自分が頭で考えている私や言葉で表現できる私と、
無意識というか、自分を忘れた状態にある私というものがあると思います。

前者は、後天的に自我として作り上げてきた私、社会の中で、周りの人達との関係の中で
「自分」はこういうものだと意識して作り上げてきた自分です。

こちらの自分を、このブログでは主に、「自我」という言葉で書いています。
心(マインド)と表現される方も多いです。
「我が強い」とか「我を張る」とかいう場合もこちらですね。

後者は、表現は難しいのですが、我を忘れた状態、自分とか他人とか言う区別を感じないような状態です。
それは、前者の自我を取り去った状態、自我が活動を休止している状態といえば何となくわかるかも知れません。

 【「私」がいなくなってしまう経験というのを体験しているはずなのです。】
この文の「私」は自我の方を意味しています。
ですから、この文は後者の状態の体験のことを言っています。

簡単に説明しましたが、概念はわかっても、実際にそれをわかることは非常に難しい。
瞑想とかヨガなどの修行というのは、あるいは悟りを得るというのは、このような自我を落とした状態を求めようとするものと言えます。

とりあえず簡単ですが、何となくわかっていただけたでしょうか。
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