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ファンになるのはいいことばかり?

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私たちは、何かの一面を見てそれを信じられると思うと、全面的にその対象を信じたくなってしまいます。
「信じたいと思ったものは、反対意見を無視してでも、容易に信じてしまいやすい」
という人間の心理の弱点のような傾向があります。

人間関係においても、信じたいという欲求が強いと、何でもその人のことを信じられると思いたくなるのです。

ですが、これが行き過ぎると、トラブルの原因ともなります。
「今までこんなに信じてきたのに、あんなことをする人だなんて思わなかった。もう何もかも信じられない!」
このようなドラマの定番になりそうな感情の変化は、信じていたほど、一転して相手を嫌い、憎み、排除しようとする態度に出てしまいます。

しかしこういった100か0かの判断の仕方は、得策とはいえません。
今まで信じられていたのも、実際にはせいぜい50知っていただけかもしれません。
自分のことでさえ、未知の部分があるのに、ましてや他の人のことが全部わかっていたわけはないのです。
51番目に知ったことが、自分の気に入らないことだったとわかって、一気に50も信じなくなるのは、自分の側にも責任があるといわざるを得ません。もともと知らない面があることは承知していたはずです。1つ自分の納得できない面を見つけたからといって、全面的に相手のせいにするのは、公平ではないのです。

やはり相手を見るときは、相手が見せてくれた面を積み重ねて、わかった分だけの信頼を持つというのが正しいやり方でしょう。そしていつまでも、わからないままの部分は会ってもかまわないのです。
相手のことを全部知りたいというのは、自分の勝手な願望です。相手だけでなく、自分自身にだって未知な部分はあるのだと思っていたほうがいいでしょう。

しかし、先ほどの「信じたいものを容易に信じてしまう」という傾向は、単に心理の弱点でしかないのでしょうか?なぜそんな傾向を持ってしまうのか、それを考えておくのも、役に立つかもしれません。

考えるといっても、推測でしか在りませんが、私たちは生きるうえで、すべてを意識できたり、判断したりした上で行動しているわけではありません。

その典型的なものは、からだの働きです。
私たちがいちいち命令を下すことで、内臓が機能しているわけではありません。
心臓は毎瞬決められた役割を疑いもなく果たしてくれます。気分しだいで休んだりはできないのです。
しかし何かのショックで、その働きが暴走してしまうと、それこそ生死にかかわる重篤な事態をまねいてしまいます。
かならず決められた役割を果たしてくれると信じていられるから、任せておけるのです。

内臓の働きの場合は、ほとんど自分で意識することはありませんが、もう少し意識に近い例で言えば、毎日私たちがとっている食物があります。
人によって、安全性をやたら時にする人から、まったく大雑把な人まで、違いはあるにしても、ある程度のところで判断を下して、これは食べてもいいものだと信じて、後は無意識に食べているわけです。
このような無意識にできるようになった行為というのは、そこに信頼があるからです。
全部の証拠を集められたから出来上がった信頼とはいえません。

このように、私たちは意識しないまま、何かを信頼して行動せざるを得ないことに囲まれて、生きていられるのだといえるかもしれません。それらは自分ですべて考えなければできないとなったら、たちまちパニックになるような重要な要因の集まりです。

このように信頼して任せていることで成り立っている面があるとすれば、それが私たちの思考においても影響しないとはいえないでしょう。無意識に信じてしまえることも、場合によっては必要な機能なのかもしれません。

できれば相手をいつでもありのままに見られることが理想です。
ありのまま以外は、やがてトラブルを招くことになるからです。

ですが、その一方で私たちには、「信じたいことは容易に信じてしまいやすい」という傾向があることを忘れてはなりません。
わたしはもう、なんでも「ありのまま」に見ることにしました。ですから失敗はないでしょう。
このように言い切れればいいのですが、ことはそう簡単ではありません。
「ありのまま」というスローガンも、時間が経つうちに「おまもり」のような存在になってしまいます。
「おまもり」とは、それが何であるかよりも、いつか、ただ持っていれば安心するものに変わってしまうのです。

そこには、ストッパーとして、人間が陥りやすい心理傾向を知っておくことが有効です。
言葉のお守りでその気になっているだけでは、充分とはいえないのです。

これではプラス、マイナス、ゼロに戻ってしまったじゃないか、
もっと確実な1つのやり方はないのかと思われた方は、やはり「おまもり」が欲しくて探し回っているのかもしれません。

たえず変化するのがこの世界です。変化とともに自分も変えていける柔軟性とバランス感覚こそが、
本物のお守りといえるでしょう。
いつまでも変わらずにいられるお守りなどないのです。
「河を渡ったら、使った舟は捨てていきなさい。担いでいこうとしてはいけません。」

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