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このままでいいんだ?よ

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『このままでいいんだよ』と思ってほっとしていると、『アンチこのままでいいんだよ』派の自分が出てきて、こんなに出来てないことがあるじゃないかと言い出す。

だいたい「努力している自分」を見ていないと落ち着かなくなってくるという思いは、シロアリのように私達の土台に住み着いているようです。

『このままでいいんだよ』とか書いていると、時々向きになって反論してくる人がいます。
その人の言いたいことは何かを眺めていると、こんなことではないかというのが見えてきます。

私が今どれだけ無理してがんばっていると思っているんだ。「努力しないものは報われない」ということが成り立たないと、私のやっていることはバカみたいじゃないか。
だから、こんなことを書くやつは徹底的に叩いておかないといけないんだ。

その人が努力することでうまくいっているのなら、人の言うことを向きになって批判する必要など感じないはずだし、どこか無理しているから強迫的になってしまうのです。

こういった主張の最大の問題は、一言で言えば、二元論に陥っているということ。

努力する人と全くしない人の二種類しかないように思ってしまう。

必要なときにはがんばり、そうでないときは「なんにもしないよ」という融通を利かせるやり方が考えられないわけです。

また「このままでいい」という言葉に過剰に反応してしまうのでしょう。

そんな言葉を使っていると、人間怠惰になって、何もしないグータラ人間になってしまうと信じ込んでいるようです。

しかし放っておくとだめになるという根拠はどこから来るのでしょう。

自然を見てみれば、放っておいても必要なことは為されていき、そのものの本来の成長を遂げていくものです。

たとえば、まわりに生えている草花を見てください。
私は努力したくないからと言って枯れてしまう草花を見たことがありますか?

人間も素直に生きていれば、必要なときには努力し、必要なければ休むというのが当たり前の姿でしょう。
人間だけ怠けるものが登場するように見えるのは、別のことを勘違いしているだけです。

何もしなくなるというのも、本来の姿をゆがめて、人間ならではの余計な策略を使うからズボラやナマケモノが生まれてくる。

たとえば、ある人は自分は何をやってもだめな人間だからといじけて、積極的に行動することを自分に禁じてしまう。

あるいは、社会が悪いから自分は努力なんかしないんだと言い訳して、何もしない自分でいることで反発を表明しているつもりになっている。

他にも色々あるでしょうが、どれも不自然で作為の入った姿でしかないのです。

また「無理をする」ことと「努力する」ということをどこかで混同してしまっている人もよく見かけます。

本来まじめで強迫的に努力する人というのは、どこかこういう傾向を生じてしまうものです。

もともと頑張り屋さんなんだから、がんばるときと手を抜く時を使い分ければいいのですが、それがだんだん元に戻せなくなってしまう。

常に努力していつも向上し続けていると訴える人は、いつも変化しているように見えるかもしれませんが、こういう人ほど変化を拒否しているのです。

つまりいつもの「向上」というワンパターンを止めることを拒否し、同じやり方を続けようとする。
だから、がんばるときと、気を抜くときのメリハリが無くなってしまう。

変化を受け入れると言うことは、いまががんばるときという状況になれば、自然とがんばる自分に従えばいいし、その必要がなくなったと感じれば力を抜いてなんにもしない状態にも戻れるということじゃないですか。

そんなふうにに自然に従える自分なら「このままでいいんだよ」という言葉が、無抵抗に受け入れられるようになるでしょう。

◆「このままでいいんだよ」と言えるとき、楽に生きられます。

◆「このままでいいんだよ」と言ってあげられるとき、相手も楽になり元気になります。
「そのままのあなたがいいんです」といわれたらどう感じますか?

◆「このままでいいんだよ」と言えるとき、無理をしないから最適な自分が自由に発揮できます。

◆「このままでいいんだよ」と言えるとき、人のやり方に口出ししなくなります。
「このままではいけない」自分がいるときだけ、相手の中にも「このままではいけない」ものが見えてくるのです。

◆「このままでいいんだよ」と言えるとき、初めて今が最高だと感じることが出来る。
このままではいけない間は、今は将来の準備のために犠牲になってしまう。

◆「このままでいいんだよ」と言えるとき、初めてまわりの世界に感謝を感じられる。
このままではダメな自分やダメな相手に気を取られていては、いいことも見えてこないし、感謝するどころじゃありません(笑)。

そしてなによりも、
◆「このままでいいんだよ」と言えるとき、初めてありのままの自分をそのまま受け入れられるのです。
それが本当に望んでいることではないですか?

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