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敵意/裏側の構造

男女怒り


敵意という言葉は、残念ながら、ほとんどの人が偏って理解しているのではないかと思います。
 
それは敵意とは、それを感じる相手側の問題によって生じていることで、自分の側はそれから自分を守ろうとしているのだ、というように思っているということです。
 
しかし、敵というものは「仮想敵国」という言葉があるように、自分の側の必要で作り出したものでもあるのです。
 
なぜ作り出すかと言えば、たとえば自分自身が直視したくない現実からなんとか目をそらすためのひとつの方策として使うためです。
 
自分が真剣に取り組んでも、現実はいつもそれに応えるような結果を返してくれるかどうかわかりません。
 
そんな事実を受け入れることがすぐには出来ないとき、たとえば「敵がいて、そのために障害があるからそれが出来ない」ということにしておけば事実に直面することをしばらく避けられるわけです。
 
敵のことを考えて、「いかに相手が理不尽で自分の行動を妨げるか」という状況を創作しておけば、自分が現実に正面から向き合わないもっともな理由が出来ます。
 
敵が強大であればあるほど、あなたは困難に立ち向かって努力しているフリをすることが出来るわけです。
 
しかしフリをすると言っても意識してやっているとは限りません。意識しているのは敵がいるということだけかも知れません。
 

 
しかしこのような敵意はごまかしで、先延ばしの役には立っても、あなた自身を守る役には立ちません。
 
自分で障壁を作ってそれが打ち破れないとわめいているだけで、あなたの真の問題とは向き合っていないのですから。
 
それだけでなく、敵意はあなた自身への攻撃にも容易に転換されますから、敵を攻撃するエネルギーで自分自身を痛めつけることにもなります。
 
敵意むき出しの表情に、あなたは真性な感情を感じるでしょうか。
敵を憎む感情の裏には、必死で何かから逃れようとしているものを感じたりしないでしょうか。
 
もっともこんな書き方をしたからといって、相手にまったくその要素がないといっているわけではありません。
 
相手もあなたが敵意を持つのと同じ理由で、あなたに敵意を抱く可能性はあるわけです。
 
お互いが敵意を持ったとき、それは相互に働き合って現実に敵対関係を成立させることになるでしょう。
 
関係性の面からとらえるなら、敵対関係にならないための唯一の解決は、敵意を作り出す必要のない状態があることにお互いが気づく必要があります。
 
少なくとも片方が敵意に乗っていかなければ、それが成立するのを防ぐことが出来ます。
 
そして相手も自分と同じように、その気になれば、その無駄な敵意が必要ないものだと気づける人であるとして扱うことです。
 
相手にとっては、敵意は必要で逃れようがないのだと考えてしまっては、いずれあなた自身もそう考えることになってしまいます。
 
実は「あなた」にとって正当であると認められることは、「わたし」にとっても正当なことになるわけです。
 
「あなた」のおろかさを嘲るとき、同時に「わたし」のおろかさを育てることにもなります。
 
ですから自分の迷いからあなたに敵意を高めるようにそそのかす人がいても、一緒になってあなたが乗せられたのではお互いにとって不幸なことです。
 

 
あなたが敵を作り出すことで、自分の問題から目をそらそうとしていたとしたら、相手の考えの表明は自分への挑戦と映るかもしれません。
 
相手は自分の考えを言っただけなのに、あなたへの非難を込めているように聞こえたり、あなたの考えを変えさせようとしていると感じるかも知れません。
 
それを敵意と受け取れば、あなたの側からの敵対心を作り出すことになります。
 
敵意をあなたの中でかってに育てれば、相手の知らない所であなたの敵意は増大し、相手があなたに攻撃を加える敵だと勝手に思い込むことになってしまいます。
 
また逆の方向からみれば、あなたが自分の考えを表明すれば、それを自分への敵対行動だと受け取る人がいる可能性があるということです。
 
しかし、あなたがそれを恐れて自分の考えを必要以上に差し控えてしまっては、あなたは相手との関係で自主的な行動をとれなくなってしまいます。
 
相手を挑発するような言い方をするのは、自ら敵意を作り出す行為ですが、相手に関わらずあなたの考えを堂々と表明することは必要です。
 
あなたがなんらかの防衛機制で敵意を作り出したくなるようなやり方をとらないと決意しておけば、自分の考えを普通に言い切ることに抵抗を感じることも自然となくなるでしょう。
 
そして、相手の過剰な反応に対しても、あなたの責任を感じてしまうことなく、相手の問題であると冷静に受け取ることも出来るのです。
 
少なくとも、敵意が外から降って湧いてくると考えていたのでは、このようなあなた自身の独立性は望めないわけです。
 
あなたが自分の内側の問題は自分で何とかするという態度を維持すれば、他の感情同様、敵意もやっかいでもてあます存在にしなくても済むのです。
 
敵意が実体のないもので、それに引きずられることがいかにばかばかしいかに気づけば、相手を「受け入れる」とか「拒む」とかということの意味もいままでと違って見えて来るはずなのです。
 
相手が悪いから拒むのか、自分の側の理由で拒もうとしているのか?
また逆も在ります。
相手を受け入れようという気が先にあると、相手の行動は自分の受け入れられるものに解釈しがちなのです。
 
もっと言えば、この相対性を充分認識するなら、真っ先に相手を敵や味方か見分けようとする自分の構えも、ずっと緩和できて穏やかになれるのです。

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