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依存することとのつきあい方

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依存することは、どのようにして形作られるのでしょうか?

あなたは「これは私に必要な気がする。ぜひ手に入れたい」と思います。
その時点では問題はありません。

なぜなら、何も好き嫌いを感じないとしたら、そんな人ばかりが集まった社会など、面白くもなんともないし、そのうち何のために私が存在するのかわからなくなり、無気力になり、何もやる気が起こらなくなってしまうでしょう。

みんなが何も個性を示さなかったり、あるいは誰もが同じものを求めて暴走する、餌をまくといっせいにそれを求めて我先に集まってくる魚のような集団になってしまいます。

欲望を感じたところまでは問題ありません。
しかしそれが依存に変わってしまうのは、その次に思考が介在してくるからです。
「これは私に必要な気がする」から、「これがないと私は生きていけない」に変わるとき、自然な欲求から依存に変化します。

この変化の過程は、実に微妙で、よく監視していなければ、変化に気がつかず、「これがないと私は生きていけない」という理屈がさも必然のように、判断力をなくした自分が正当化されてしまいます。

依存が進めば、それを否定する考えは、排除すべき敵に変わり、そんなことを言い出す相手を攻撃するようになります。

その変化は、実は単なる程度の問題ともいえるのですが、その変化がある線を越えると、冷静に振り返ることや、その依存する考えを否定してみることが恐ろしくて無意識に避けてしまう自分に切り替わってしまいます。

いつの間にか一線を越えてしまう、そんな閾値が存在するかのようです。

依存してしまったかどうかは、その追い求めるもの、それなしでは生きていけないと思う思考そのものを、自分で否定できるかどうかで判断できます。

しかし、依存が進めば、そんな否定形を思い浮かべることすらできなくなり、無意識のうちに、そんな考えを思い浮かべることすら追い払ってしまうでしょう。

そのようにして、依存とは、欲しがるだけではなく、それをなくすことや、それが身近にないと不安になり恐怖を感じさせるという、次の段階に進んでしまいます。

頑固な思いとは、執着であり、その奥に隠れているのは、依存です。

それは、いまのあなたの弱点です。アキレス腱です。

単なる好みは、それを否定する考えを排除し、否定する人間をも攻撃対象にし嫌いに成らせるという、本来のあなたから外れてしまった人間を作り上げてしまいます。

誰かの意見を聞きかじっただけで、「これは放っておけない!」と反射的に感じるとき、あなたは何かに依存し、それをなくすことに恐怖を感じ始めているのです。

依存しかけたとしても、その自分の状態を客観視して、必要ならばその考えを否定しても見せられるところに、とどまることができるかどうかです。

「私は私、あなたはあなた」と本心から言えるのは、あなたは相手の考えを否定したり攻撃したりしなくても、あなた自身が恐怖を感じなくてもOKな状態にあってこそできるのです。

逆に「こんなことを言う人間は許せない」とたえず、目を光らせているなら、その人は、依存と恐怖で判断力を見失ってしまっているのでしょう。

好き嫌いを超えて依存に陥らないためには、その一線を越えてしまわない自己への監視が必要です。

他の選択もまた可能であると思える、偏らないオプションを持っておくことが必要です。

何事も心のひとすぢにとどまりたるを病とするなり。
このさまざまの病、皆心にあるなれば、これらの病を去って心をととのうることなり。
柳生新陰流「兵法家伝書」

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