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報われない

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私はこんなに一生懸命頑張っている。
なのにちっとも報われない。
だから、何かが間違っているのだ!
 
私たちは、たまたま自分が生まれてきた時代の社会に生きています。
残念ながら、自分でそれを選ぶことは出来ません。
 
自分がある程度大人になってから、それを変えていこうと思うことは出来ますが、どんな社会に生まれつくかは運次第というか、自分ではどうにもならないものです。
 
社会はそんなに急激には変わりません。
したがって、今の自分が思う理想と社会が食い違っているとすれば、自分が出来ることは何であるのかを冷静に考えないとなりません。
 
少なくとも、「自分が報われないから社会が悪い。すぐに社会を何とかしろ!」という責任転嫁は、かなわない嘆きでしかないでしょう。
 
ここで出来ることとは、大きく考えれば幾つかに限られてきます。
 
1.社会を自分の思うものに変革していく。
2.自分を社会に合わせるように変革する。
3.社会がどうであろうと自分の生き方を追求する。
 
しかし、ここでひとつ忘れてはならないのは、社会と自己は独立して存在したり対立するものではなく、今の自己も社会の影響を受けて作られてきた存在であるということです。
また逆に今の自己が社会に影響を与え変えていくという関係にもあります。
 
自分が今の社会を嫌うとしても、その好き嫌いもまた、今の社会に生きてきたことで生まれてきた感情なのです。
時代が違えば考えもしなかった事なのかもしれません。
 
好きだった人がちょっとしたことで嫌いになったり、またその逆もおなじようにあるように、同じ要因が一気に反転したものに見えて来るということがあるわけです。
 
むしろ好き嫌いがどこかで反転することも、この世界のバランスを取ることに組み込まれた変化なのかもしれません。
少なくとも好き嫌いの心理というのは、それほど絶対的なものではないようです。
 
それがいつまでも変化しないのは、それを維持しようとし続けるからです。
 
「いや嫌いなものは、何があろうと嫌いだ」という心理は、そんな自然の変化を無理やり歪めて、「嫌い」という信念を消してなるものかと怨念に変えているだけかもしれません。
 
さて、話を最初の「報われない」という思いに戻しましょう。
 
「報われない」とは、
A.今の自分は十分評価される存在だし評価されていいことをやってきている。
B.それを評価しないのは社会が悪いからだ。
ということで成り立っています。
 
しかし先に書いたように、社会はあなたの思いによってすぐに変化するものではないのですから、この訴えはかなわない可能性が高いでしょう。
 
そもそもこのAの前提は正しいのでしょうか?
 
正当な評価が下されていることを前提にするなら、社会が評価しないのは、社会にとって有益でないからです。
 
自分では価値があると思っていても、それは今の社会では価値があると見なされていない可能性があります。
 
そう考えてしまうことはなかなか厳しい現実ですが、目をそらしていたのでは、いつまでもかなわない嘆きを続けることになります。
またそれだけではなく、他の可能性を考える余裕がないままいたのでは、いつか自分の存在そのものが価値がないと結論づけてしまうことにもなりかねません。
 
もしそれが事実なら、今の自分のやっていることを脇に置いて、社会の需要に合わせたことをするように自分を変えるか、逆に自分の才能を社会で必要だと認めさせるような働きかけをするしかありません。
 
もっともこれは「報われない」という思いを何とかするにはどうするかということへの返答ですが、それ以外にも、この「報われない」という不満を手放すという選択肢も残されています。
 
それが「3.社会がどうであろうと自分の生き方を追求する。」ということです。
 
何も今の社会に合わせるだけが生き方ではないはずです。
 
そもそも、あなたという人間が生きるということと、たまたま生きている社会を比べてどちらが重要であるかを考えてみることです。
 
何もあなたに許されたユニークな一生を、たまたま生まれついた社会のために犠牲にする必要もありません。
 
どこまで社会に係わって生きるのかは、それこそ無数に選択肢があるでしょう。
それを選ぶことは、誰も邪魔しない自分に任されたことです。
 
社会が悪いから自分がうまく生きられないなどという、人まかせなことを言っていないで自分でどうやって自分を生かすかを真剣に考えれば、「報われない」などという言葉でお茶を濁している暇などないと思えてこないでしょうか。
 
社会が何かをしてくれるという期待は、ますます薄らいでくるように感じる昨今です。
 
しかし自分が道を切り開く決心さえすれば、社会に不満を漏らして生きているよりもずっと積極的な生き方ができるし、自分以外を当てにすることによる不安定さを避けることが出来ます。
 

特定のしくみ、特定の人からだけ自分の生きる道があると思い込むとき、同時にそれをなくす事への恐怖を作り出します。
もしその方法が途絶えたらどうしよう、もしその人に嫌われたらどうしよう、そうなればもう終わりだと思い出すことになるからです。
 
今の社会でいかに要領よく生きるかということ以外にも、考えて見ることはいくらでもあるはずです。
自分で選択の幅を狭めなければ、それ以上の優先すべき事がいくらでも見えて来るでしょう。
 
「報われない」という言葉は、自分で切り開く可能性を放棄するものでしかありません。
 
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