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心得たと思うは、心得ぬなり

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心得たと思うは、心得ぬなり。

心得ぬと思うは、心得たるなり。

蓮如


 
 
世の中には、ずいぶん確信を持ってものごとを語る人がいますが、「絶対まちがいない」という言葉を多用する人はどうも信じたくなくなってしまいます。
 
もちろん状況によっては、曖昧な言い方ではなく、確信のある言葉を相手に言ってあげないといけないということもあるでしょうから、一概には言えないと思います。
 
しかし聞いていて特定の前提を絶対視していると感じたら、どんなに魅力的に聞こえても偏りがあると疑ったほうがいいかもしれません。
 
そんなに確信を持って言えることは世の中にないはずです。
 
過去にとらわれ、未来を予測することの出来ない人間にとって、確信を持って信じたいという願いがありますから、信じたいから信じてしまうということがあるわけです。
 
「心得たと思うは、心得ぬなり。」とは、自分はもうすべてわかったと言い切るような人は、実はわかっていないのだという意味です。
 
ものごとは深く知れば知るほど、最初に思っていたほど確信をもって断定できるものではないことがわかってきます。
 
何の分野の専門家でも、やっていくうちにわかることの限界ということが見えてきますから、そのあたりを心得ていて、不用意に断定する言葉は使わないものです。
 
それが「心得ぬと思うは、心得たるなり。」ということです。
 
なまじ聞きかじりの知識を持った人ほど、自分はわかったつもりになって断定的な物言いをしたがるものなのです。
 
私たちは、自分の詳しく知らないことについては、専門家が言うのだから正しいに違いないと思いがちですが、そこには、せめて専門家には確信を持ってもらいたいという願望が含まれているのかもしれません。
 
だいたい何かの分野を掘り下げたことがある人なら、わかることには限界があることが見えてくるわけですから、そこから類推して、他の分野であってもいくら専門家でも限界を持っているだろうと想像がつくわけです。
 
ところで、断定的な言い方をする人は、「心得たと思って心得ていない人」の場合もありますが、職業的な必要性から断定的に言わざるをえない人の2種類が考えられます。
 
例えば患者を安心させて気力を持たせるために「大丈夫ですよ」といってみせる医者のような立場の人が考えられますね。
 
あるいは、何かを販売するために「当社の商品なら絶対です」と言い切ってみせないといけない、という立場に置かれた人も考えられます。
 
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断定的な言葉や「約束します」が満載の本は、一見魅力的には見えますが、期待して読んでみると、薄っぺらで結局何も得るところがなかったということもあります。
 
中途半端な知識を得て、やたらと確信のある言い方を撒き散らす人には注意した方がいいでしょう。
 
それを見分けるには、相手が何を前提にしているかを見ぬくことです。
 
その前提を明らかにしていけば、たいていはそんなことを断定できるはずがないことが見えてきます。原子力の安全神話も、実は起こりうることも、起こるはずがないという前提にしていたことがばれてきました。
 
また「私はいろんな経験をしてきましたから、これは絶対大丈夫です」と言われる場合があります。
 
その人が実際に経験したと言われたら信じたくなってしまうものですが、その人の経験はあなた自身に全部当てはまるかどうかはわからないのです。
 
「未来は誰にもわからない」という弱みがありますから、人はそれを保証すると言われると、嘘でもいいから信じたくなるものです。
 
だからこそ、何かを信じる前に、それを信じるのは根拠があるからなのか、それとも信じたいからなのかを自分に問いかけるべきなのです。
 
確信がもてない状態を抜け出したくて、何かを信じたいという思いを持ちたいものですが、だからといって断定的な言い回しを簡単に信じてしまうのは注意した方がいいでしょう。
 
はっきりと騙されたと分かるような詐欺に引っかかることは、もちろん避けたいです。
 
しかし、その後の人生を苦しくしてしまうような信念、思い込みを植えつけてしまうことの方が、むしろ被害は大きいかもしれません。
 
すぐに不安を解決してくれると謳うものに飛びつかずに、不安なままの自分と向きあって、自分が本当は何を求めているのかを自分で見つけることが大事なのです。
 
そして、それが誰であろうと、「何の不安もなしに確信を持てるようなことは、そうそう世の中にはない」のだと知っておいたほうがいいでしょう。
 
知れば知るほど、絶対的な確信など持てないものであるということがわかってきます。
 
それと同時に、自分には知らないことがいっぱいある、ということをわからせてくれるものです。
 
それが「心得ぬと思うは、心得たるなり。」ということなのでしょう。

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