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苦しみがなくなるのではない~いつも原因を取り除けるわけではない

苦しみがなくなるのではない~いつも原因を取り除けるわけではない

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物事によっては原因を追究しそれを取り除いたり、変更を加えることで、結果を返られる場合もあります。
この発想は非常に常識的で、何にでも当てはまる万能の法則のように感じられますが、実際には原因がはっきりわからないことや、わかってもどうにも成らないことも多いわけです。

むしろ、因果関係が明確であることは、部分的であったり、限定的なスパンでしか当てはまらないことも多いわけです。

ときには、答えがわかるまでそれを追求し続けるより、現実をただ受け入れるしかない場合もあります。
そのようなときに、原因さえわかれば解決するのだと思って、それに固執することは、苦しさを長引かせるだけであったりします。

また、その思考方法の中には、さまざまな、心理的な防衛規制から、論理のすり替えが行われる可能性があります。そのときに起こる弊害とは、一言で言えば、現実をそのまま受け入れようとしないということです。

それがどんなに苦しくても、ただ受け入れるしかないこともある。
これが、すり替えられてしまうのです。


苦しみが
なくなる
のではない

苦しみで
なくなる
のです

There is always suffering,
but through it we can overcome suffering.

度一切苦厄(どいっさいくやく)
一切の苦厄を度したまえり。

羅漢さんの絵説法〈2〉般若心経―空即是色 花ざかり
荒 了寛 里文出版 / 2001-05




苦しみはいつもあります。

しかし、苦しみを苦しみとして受け取るとき、それはそこで終わります。

苦しみを受け取り、受け入れるとは、そのまま苦しい状態を経験することです。

それをあえて拒絶しなければ、それがいつまでも続くことはないのです。

ところが、実際には苦しみはそこで終わらないことが多いですね。

そんなとき、私たちは苦しみをそのまま受け取ることに何らかの形で抵抗しているのです。

どうにもならないことを受け入れていれば、苦しみはいつまでもそこに残っていることはないのです。

災害などが相手の場合と違って、私たちは身の回りの苦しみ対しては、ついつい抵抗を試みてしまいます。


あなたが負けたとき、負けを認めて必要なら敗者の苦痛を味わいつくしてしまえば、その勝負はそこで終了します。

しかし、あなたが本当は負けていないと言い張るなら、今度は戦いは競争相手との争いではなく、あなた自身の内面で何時までも争いをくすぶらせることになるのです。

あなたは、その勝負を思い出すたびに、自分は負けていないという理由を自分に説明し続けなければなりません。

あなたが、負けてしまった自分を受け入れたくないと言って、抵抗し続けるからです。

「そんな自分は、私ではないはずだ」と自我は言い張ります。

そのため「私」は、受け入れたくないと頑張る自分と、実際に存在した自分とに分裂し、自分の中で統合できなくなってしまいます。

それが何をやっていても、確固とした自分を感じられなくなる原因なのです。

もともとの苦しみは、受け入れることで、それ以上は苦しみでなくすることができます。

それに対して、分裂した自分を作ることは、新たな、さらに複雑になってしまったな苦しみをつくりだしてしまうことになるのです。



負けを受け入れないのは、過去を受け入れないということですが、未来を予期することで創りだされる苦しみというものもあります。

それは、「きっと悪い結果が待っているだろう」と心配する苦しみです。

このような将来の結果に対する苦しい気持ちは、「うまくやればいい結果になるはず」と信じるところに起源がありそうです。

いい結果を出せなかった方の自分をイメージするから、将来が不安になり、それ自体が新しい苦しみを作ります。

ですが、将来の予測はあくまで予測でしかなく、現実ではありません。

将来への不安は、正面から取り組んで、たとえ闘いを挑んでも太刀打ちできません。

気休めを言ってなだめようと思っても、本心では納得していませんから余計にこじれるかもしれません。

予測できない未来を相手にしないで、今に存在する自分を取り戻す必要があります。

今出来ることだけに集中する必要があるのです。

これだけやれば、うまくいく可能性が高まると分かれば、予測はそこまででやめて、今の自分ができることに集中します。

あるいは、予測できないことだから考えるのをやめて、他のことに取り組もうと「今」の選択をする事もできます。


「うまくやればいい結果になるはず」と予測することは、うまくいかなかったときに自分自身を非難するということにつながる可能性もあります。

「もっとうまくできたはずなのに、なんでできなかったんだ!」といって自分を責めるのです。

しかし、それは殆どの場合できない相談です。

そこまで未来を予測したり完全に作り出すことはできないのですから。

それをできるはずだと信じるのが、慢心であり、執着なのです。

やることをやったのなら、そんなに自分に厳しくしないでもいいでしょう。

自分を責めても新しい苦しみを作り出すだけです。

それよりは、終わったことはそれ自ら終わらせて、次のことに取り組んだほうがいいというものです。

過去のことにしろ未来のことにしろ、新しい苦しみを作り出している原因は「私」の抱える執着心から来ているわけです。

純粋に起きてくる出来事には、当然苦しみを含むものもあります。

しかし、それはそのまま受け取れば、苦しみではなくなるのです。

それが新たな苦しみを創りだすのは、「私」が強情を張るからに他ならないのです。

素直に負けを認めましょう。

素直に「先のことはわからない、失敗したらごめんね!」という気持ちを持って、

出来もしないことまで出来るかのようにふんばろうとしないことです。

いま、できることだけに目を向けて、過ぎさった苦しみを苦しみでなくするのです。


苦しみがなくなるのではない

苦しみでなくなるのです



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私って
いろんなことに負けてきたと思うんですけど
さらにまた 負けないといけないんですか?
一度負けたら ずっと負けていないといけないんですか?
負け犬だからと
静かに暮らしていくことも だめなんですか?

何のために
ずっと負けてないといけないんですか? 負けたら 幸せってないんですか?

Re: タイトルなし

> 私って
> いろんなことに負けてきたと思うんですけど
> さらにまた 負けないといけないんですか?
> 一度負けたら ずっと負けていないといけないんですか?
> 負け犬だからと
> 静かに暮らしていくことも だめなんですか?

勝ち負けが気になるのは、自分が勝つ側に回れたら~になれるだろうと考えるからです。
いつか勝つときが来る。そのときまでは我慢しようと、今は負け犬だと認めようと思うわけです。

そんな前提を当てにして生きるのをやめて、レッテルを貼らずに、負けとかんがえている現実を、
ただそのまま受け入れてみましょう。

先で逆転しようなどと思わずに、「いまはこうだ」とそのままを受け入れるなら、そこにはただ事実があるだけです。
わざわざ勝ち負けを負荷する必要はないのです。

あなたが勝ち犬のことを意識しないなら、いつか勝つ側に回ろうと、ひそかにたくらみを持つことをやめれば、負け犬である必要もなくなるのです。
いつか勝ち犬になってやると思わなければ、精神的な苦しさは消え去ります。

今の現実がたとえ不満であったり、不具合があろうと、ただその現実だけを受け入れればいいのです。

「私って」という言葉に続くのは、いつも作られた私のストーリー、他人に聞かせたいストーリーでしかないのです。その時点で、相手を意識し、相手に依存しようとしている。それをやめることです。

「私のストーリーはこうです」というのをやめて、「私の現実はこうです」とだけ語るとき、外向けの苦しさは、現実は変わらなくても、もはや「苦しい」と表現しなくてもいいことに変わるのです。


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