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遠回り・寄り道(redux)

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人は自分自身になりさえすればいいのだ。

これが、わしの基本的なメッセイジだよ。

自分をあるがままに認めた瞬間、

すべての重荷、山のように見えた重荷が、

うそのように消えてしまうのだ。

すると人生が喜びそのものになり、

光のお祭りになるのだよ。

--------- バグワン・シュリ・ラジニシ



「自分自身になるだけでいい」

この言葉ほど、誰もが見かけながら、実行せずに通り過ぎる言葉も少ないのではないでしょうか。

ほとんどの人は、自分自身のことはわかっていると思っているからでしょうか。

たえず関心は誰か他の人になること向けられ、あこがれの存在ようになりたいと追い求めるのに夢中になっています。

それでなければ、いまの尋常でないがむしゃらな走り方は説明がつかないのです。

走り出せば、目に入るのは併走する人たちばかり、走っている人たち同士で刺激を受け合っているので、誰も立ち止まることなど思いつかないというわけです。

自分自身になったところで、何も変わらないと思っています。

そんなことよりも、誰かさんにならないと、だれも振り返ってくれないと思うのです。

そこには、自分が持っているものなど大したものはないという確信があります。

その度合いは、自分への信頼のなさに比例します。

「もっと、もっと、スゴイ人にならなければ!」


一部の人たち。自分自身のままでも、人は受け入れてくれるのだということに気づいた人たちだけが、むやみに外側を探し求めることをやめます。

そんなことをするよりも、自分自身の持っている宝を確認する方がやりがいがあるし、そもそも外側に何かが在るというのは幻想でしかないことに気づいているのです。

追い求めている間は、いつも目標を追っかけている気になれます。

「~するまでは(until)」という脚本は、そこにたどり着くまでは、自分の時間つぶしの材料に事欠かないわけですが、しかし、それをなし遂げた後、何をするのかは空白のままなのです。


また、「~ができさえすれば(after)」の脚本を持つ人がいます。

それが完成すれば、それをやり遂げた後は、すべてがバラ色になると信じて、それまではただの通過点に過ぎません。それまでは、自分の人生は始まらない。

子どもが大きくなれば、学校を卒業しさえすれば、何かが始まる。

少しアレンジして、誰かに出会えれば、あるいは誰かがいなくなれば、期待した人生が始まると信じて、いまをないがしろにし続ける人もいます。

どれも、将来は○、いまは??なのです。

いまの自分は、楽しむ資格があるの?ないの?

その確信のなさが、いつも楽しみを先延ばしにする習慣を生み出します。

そして、いつになっても「その時」は来ません。


自分をあるがままに認めた瞬間、

すべての重荷、山のように見えた重荷が、

うそのように消えてしまうのだ。

この重荷とは、いまは?であるという思いが、仮想の重荷を作り出しているです。

いまここには、重荷などないことに薄々気づいていながら、いまはその時ではないというプログラムがすべてを台無しにします。

「将来は?だが、いまが◎なのだ。」と言い切れるとき、初めて、いまを生き始めることが出来ます。

じつは、将来は誰にとっても?であることをなぜか忘れてしまいます。

将来をすべて見越して生きることなど不可能であることを認めさえすれば、そんな出来ないことに時間を使うことはないのだと気がつきます。

いまが楽しめないのは、いまはまだその時でないという「のろい」にかかっているだけです。

ですから、そんな脚本を抱えていない子どもたちは、いまを生き生きと楽しんでいるのです。

人は自分自身になりさえすればいいのだ。

ここでも、「いま」の否定がこれを不可能にします。

「自分自身? いまの自分など信用できるか!」

しかし、いまであろうと将来であろうと、自分自身とはいま存在するものでしかない。

そして、それを確認してもいないのに否定してしまっている事実に気がついて、もう一度見直してみることです。

未来とは、甘く魅力的に見えますが、それは実体のないからっぽでしかないのです。

じつは、未来とは、いまの自分に見える範囲でしか見えていないことに気がつかないといけません。

他のだれでもない「いまのあなた」が予想しているのが、そのあこがれの未来なのです。

どこまでいっても、「未来への予想」はいまの自分を超えることはないのです。

未来を作ることばかりにとらわれずに、いま=自分自身に立ち返るだけで、どれだけ重荷が消えていくか。

いままで怖がって振り返らないでいたことを、ちょっと実行してみればそれは見えてきます。

いまには、どんな代償も、資格も、準備もいりません。

無条件にあるのがいまなのです。


【引用文献】
聖なる知恵の言葉―魂のためのガイドブック
著者: スーザン ヘイワード / PHP研究所 / 1995-03 /

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