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あらゆる不安から解放される方法

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「あらゆる不安から解放される方法」などというと、うさんくさいと思われるかもしれません。
しかしこの後の話を聞けば、案外でたらめではないかもしれない、という気になってくるでしょう。
それは、どれだけあなたが、しがみついていることを手放せるかどうかにかかっています。

「無常」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。
つねならず、つまりものごとは、絶えず変化するということです。
ブッダの思想の中でも最大の発見の一つといえますね。

「何も変わらないものはない。」
「生きるということは常に変化するということ」
これらをどれだけ受け入れられるか、それ次第であなたの不安はたちどころに消えていくでしょう。

この無常ということを、私たちはどこかで感じていながらも、それを認めたくないという思いが強いのが現実です。
私たちの考えることは、言葉で考える宿命から、ものごとを固定して捉えてしまいます。
ところで、不安がからんでくるのは、いつも未来のことですね。
これから起きることが、期待通りであるかを心配するのが不安です。

ところが、この未来予測を成り立たせているのは、言葉で表される固定した現実なのです。
「明日までにこれを仕上げる」ということを例に取ってみましょう。
これは、あなたの意思を表しているという言い方もできますが、これもまた立派な未来予測で成り立っています。
明日までに仕上がるかどうかは、誰にも断言はできません。
何が起きるかわからないのですから。
しかし、近い未来や、何度も経験していることであるほど、その未来予測は現実になる可能性は高いといえます。
ほとんどは思ったとおりに終わるので、その結果、私たちは、私の意思が現実を動かしているように感じるのです。
「思ったからそれができた」という言い方もできますが、実際には「思ったこと」と結果がたまたま一致したということです。

無常という現実を認めるなら、どんな未来予測も、外れる可能性もあることを認めなければなりません。
あなたが思ったとおりに現実を動かしていると錯覚しているのは、未来予測と現実が、それほど食い違わない範囲においてです。
ですが、どんな未来予測も、それが固定した言葉で表現されたものである以上、無常な現実とはいずれ乖離してくると認めなければなりまえせん。

「思ったとおりに現実は変えられる」と誰もが信じたくなるのですが、それは未来予測と無常な現実が、それほど食い違いを見せないときに限られます。
信じたい気持ちはわかりますが、残念ながらあなたが何かを念じたから、現実がその通りに変わってくれるというのは、希望的観測でしかないのです。

「そんなことは信じない。」「それじゃあ何もあてにできないで生きていくというのか?」
そんなことでは何も希望を持てない、とおもわれるのも当然と言えます。
「未来を夢見てこそ、生きる希望もあるのじゃないのか?そんな悲観的な見方はゴメンだ」と。
そうなのです。まさにその思いから、私たちは「無常」を認めない。
「無常」の現実を知ってはいるけれど、そんなことには目をつぶって生きていたいと思うのです。

不安とは、まさにこの矛盾した心理の現れではないでしょうか。
一方では未来を予測し、そのとおりになることを信じたい自分がいる。
その影で、でも現実は無常であると認めざるを得ないとわかっている自分がいる。
期待しているけれど、そうならないかもしれないとも思っている。

未来予測が充分にあてに出来そうなときは、「わくわくしながら」未来を待ち構えます。
逆に予測に無理がありそうだと薄々感じている時には、それは「不安」に姿を変えるのです。それらがどっちに転ぶかは、まさに紙一重のところがあります。

ワクワクするほどの期待を持たなければ、不安もないでしょうが、それでは生きていることにもならないのです。
ですから、いきいきと生きがいを感じながらいたいなら、無常も認めなければならない。
無常の現実が不安を引き起こすとわかっていても、それでも未来を予測してトライしてみる。
不安とは、生きがいを感じるためにはつきものの、時々払わされる代金だと思えばいい。

思い切って「無常」から目をそらすのをやめてみる。
それを否定しないで認めながらも、それでも未来予測に果敢に挑戦してみる時、あなたは妥協しないで生きる道を見つけられるでしょう。
毎日ワクワクしながら、不安も受け入れて生きていくことができます。
「無常」であることは、必ずしも悲観ではないことを実感できるようになるでしょう。
無常を否定していたときの、ウソっぽいい確信ではなく、もっと現実感にあふれた生きている実感を感じるでしょう。

ワクワクは紙一重で「不安」という代金を要求してきます。
その時は無常を認めればいいのです。
受け入れてしまえば、耐えられないものではない。
不安は、無理な思い込みがもたらしたものに過ぎなかったとわかれば、直ちに消えていきます。

「無常」とのつきあい方をあなたなりに整理して見ること。
知識ではなく、そこにある現実として無常に手を触れて見ること。
それは単に「不安」を消し去る以上のことを気づかせてくれるでしょう。

間違っても「無常」などないと否定して、「なんでも思ったとおりに現実は変えられる」という無謀な信じこみに執着しないことです。
そうしないと「無常」は、現実を「無情」に変えてしまうのです。



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「無常」が恐ろしくてたまりません

3年も前の記事ですが、不安解消法を求めてネットを彷徨っていたら偶然この記事に辿り着いたのでコメントさせていただきます。

現実世界の無常を思えば思うほど、自分の期待する未来予測がいかにアテにならないか考えれば考えるほど、不安が鎮まるどころか却ってその未来予測に縋りたくなる(=不安が大きくなる)ので困ってしまいます。
己の期待に反する結果は十分に起こり得ると考えただけで叫びそうになったり、実際に叫んでしまったこともあります。きっと欲が深いんでしょうね。
現実の出来事に対して自分の意思が無力であることは重々承知しているつもりですが、私はその無常(無情?)を受け入れられそうにありません。
受け入れようが受け入れまいがそれが事実である以上受け入れるしかないのでしょうが、未来に儚い希望を抱く度にその希望が潰える恐れに苛まれるのはとても耐え難く、それでいて希望を持つことはやめられず、苦しみは尽きそうにありません…。

Re: 「無常」が恐ろしくてたまりません

> 3年も前の記事ですが、不安解消法を求めてネットを彷徨っていたら偶然この記事に辿り着いたのでコメントさせていただきます。
>
> 現実世界の無常を思えば思うほど、自分の期待する未来予測がいかにアテにならないか考えれば考えるほど、不安が鎮まるどころか却ってその未来予測に縋りたくなる(=不安が大きくなる)ので困ってしまいます。
> 己の期待に反する結果は十分に起こり得ると考えただけで叫びそうになったり、実際に叫んでしまったこともあります。きっと欲が深いんでしょうね。
> 現実の出来事に対して自分の意思が無力であることは重々承知しているつもりですが、私はその無常(無情?)を受け入れられそうにありません。
> 受け入れようが受け入れまいがそれが事実である以上受け入れるしかないのでしょうが、未来に儚い希望を抱く度にその希望が潰える恐れに苛まれるのはとても耐え難く、それでいて希望を持つことはやめられず、苦しみは尽きそうにありません…。


あなたの信じている望ましい人生像とは、自分の意志で希望を抱き、それを叶えるときに幸せになれると言うものです。
しかし、希望という言葉で当てはめているのは、あなたが普段から意識している期待に関するものだけでしょう。
実際には、希望と言う範疇に入らなくとも、あなたはたえずこっちの方がいいと思って、様々な意識しない選択を無数に行って生きているのです。その中で、希望という言葉で表されるような、期待の大きいものだけを取り上げて、それが達成されたか、だめになったかによって、まるで自分の幸せが決まってしまうように思い込んでいるだけです。

期待が大きくて、それがすべてのように思い込んでいるから、失敗に終わったときの恐怖が、それに比例して大きくなっているのです。

しかし、そもそも、この希望と言うものは、どこからやってきたものでしょう。とことん追求してみれば、それらは今までの自分の生きてきた経験から作り出された、あなたの思考や感情が作り出した期待を含んだ計画書に過ぎません。

そんなあなたの限られた記憶から生み出されたけ期待、世界とはその通りにならなければいけないようなちっぽけなものでしょうか?あなたの期待とは違ったようにものごとが起きたとしても、それが起こるべきことだったのです。あなたは期待ハズレで悲しむかもしれませんが、それが起こることだったのです。他の人はそうなったことに喜んでいるかもしれません。

そうやって起きているのです。あなたの限られた期待や気分次第でものごとが起こるとしたら、あなたはこれから起こることが全てわかってしまい、そのうち生きることの意味がわからず、なんのために生きているかもわからなくなるでしょう。

「無常」とは、そうであるがゆえに、あなたやすべての人に、新しく生き直す道を知らせてくれる、希望を作り出してくれるありがたいシステムです。あなたは子供の頃に思い描いた設計図通りに、今もそれが続いていたとしたら、それが最高だと思うのでしょうか?そもそも子供の頃にどう思ったなど、今や忘れているかもしれないし、その期待とは、ほとんど違うのが今の自分ではないでしょうか?

あなたの計画や期待や今の感情だけで、人生を生きるなど、それこそ生きていく希望を失うほどつまらないものになるでしょう。
自我が主張することだけで人生を生きようとするのをやめてみてください。そうすれば、たえず、あらゆるところで、あなたを導いてくれる「気づき」と言うものが、そこに存在してきたことに、ようやく気がつくことになります。

自我だけに支配されず、気づきにも力を取り戻させてください。そして、その両者のバランスを取り戻してください。
あなたは自我だけが兄弟になってしまったために、それだけ大きな恐れも持ち込むことになったのです。

あなたが自我だけに頼らなくなれば、いまここに新しい気づきがいつも存在していることが見えてくるでしょう。
期待はずれのことが起こったときも、あなたに新しい道を気づかせてくれます。もしかすると、それは強大になりすぎたあなたの自我から、新しい道への方向転換を教えてくれる気づきなのかもしれません。

一日中、自分の期待がかなうかどうか見張っているなど、人生の無駄遣いでしかありません。
あなたはある目的のためにプログラムされたコンピュータではないのです。
そんなことは、あなたの生きる中での、ほんの一部にしか過ぎません。

期待など、軽く付き合っていけばいいのです。「無常」とは、それ以外のあなたを思い出させてくれます、もっとあなたの気づきに耳を傾けましょう。
そうしなければ、あなたはさらに巨大な自我と、それと比例して大きくなる恐怖とに挟まれて、生きることに窒息してしまうでしょう。

「無常」と付き合って生きていくとは、あるがままに生きるということなのです。



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