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求めない(3)

「正しさをもとめない。」の続きです。

あなたは愛する人です。
四六時中、いつでもあなたの周りの人を愛しています。

あなたは人を憎むことをしない。

あなたが憎むことを封印すると、あなたはトータルに自分を受け入れる事が出来ません。人を憎む私を作りだし、それは自分ではないと思い込もうとします。

父親と子どもの関係を考えてみましょう。

父親は子どもがよく言うことを聞いて従順な時、彼を愛しています。

子どもが父親の大事にしているオーディオをいじって壊してしまいます。
子どもは当然視駆られることを予測します。

しかる親


父親がその事実を知って、思いっきり子どもを叱ります。
このことで、子どもは自分のやらかしたことに対する罪悪感を少しは解消できます。
父親も思いっきり子どものしたことを憎み、叱りつけることでトータルな自分を維持することが出来ます。

しかし父親が子どもを真剣に叱らない時何が起こるでしょう。

父親は自分は子どもを憎むなんてことはしないと言い聞かせるかも知れません。
彼は自分の人を憎む部分を押さえ込もうとします。

子どもは、自分の失敗に対して罪悪感を抱いています。
彼はそれは罰せられて当然だと思っています。
しかし父親が叱らない時、子どもは罪悪感をずっと抱えて生きていくことになります。

お小言


子どもは父親が真剣になって、真っ赤になりながら自分を叱ってくれるとき、父親の愛情を感じることが出来ます。
父親が冷ややかに自分を見下し何も叱ってくれない時、子どもは完結されない罪悪感と父親の愛情を感じられないままのつらさを受け取ることになります。

また憎しみを覆い隠して接する親は、時として子どもを攻撃することになります。
認めていない怒りや憎しみが、抑えられなくなって子どもを訳もなく攻撃します。

それは子どもにとっては理由もわからず叱られ攻撃されることであり、愛情とも受け取れない憎悪の感情に親のそのような行動がわからなくなり深い傷を持つことになります。

憎しみを伴わない愛情というのは不完全です。
愛情だけを持ち続けることは出来ません。

愛情を一通り表現したら、そこには完了が生じます。
そのことで愛情は一時ストップするのが自然ではないですか。

憎しみを一度も子どもに感じない親は、どこかまやかしを感じます。
トータルな自分として相手に接してはいないのです。

子どもを持ち上げる父


愛する自分と憎む自分の両方を自分の中に発見し、トータルに自分をとらえた時、そこには迷いは生じません。

期待しない自分を突然発見して、うろたえることはありません。
また理想的な親を演じていたつもりが子どもの思わぬ反抗にあって始めて自分の在り方に疑問を感じるということもなくなります

ありのままではない理想を求めることは、あなたを分裂させトータルな私として生きられなくなってしまいます。

トータルな自分をそのまま受け入れることです。

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