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こころの映像とシナリオ(改)

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私たちは誰かのせいで、不愉快になった、いらついた、という表現を使います。

確かにその人がいなければ、自分の側も変化しなかったという意味では、その「誰かのせい」というのも、あながち間違いではないでしょう。

しかし、それでも、不愉快に感じたのは、あなた自身であり、いらついたのもあなた固有の感じ方なのです。

同じその相手に対して、やはりあなたと同じようにイライラするAさんという人がいるかもしれません。
その一方で、もうひとりのBさんは、同じ相手に対して特別いらつくことも、不愉快になることもない。

そのように考えると、同じ人に対する3人の感じ方、反応の仕方は、それぞれの人の世界観によって決まっていると言わざるを得ません。

同じようにいらついたAさんと比べても、やはりあなたの反応とは、結果は似ていたとしても、起きている事情はかなり違うのではないでしょうか。
なぜなら、Aさんとあなたの今までの経験や記憶は、ほとんど別物であるからです。

それを踏まえて、あなたが普段描き出している世界を、もう一度考えてみましょう。

こころの中で現実だと思って描きだす映像は、現実をどのくらい忠実に反映しているものでしょうか。

それは実際に起きているできごと以上に、あなた自身の思いや偏りを反映したものになっています。



たとえば、あなたが誰かとのつきあいでひどく傷つくような経験をしたとします。

当然あなたは、そのあともそのことを繰り返してこころに思い浮かべるでしょう。

あなたが言ったこと、相手がどのように反応し行動したかという経験を、映像を見るかのように思い出しながら、「あなたが感じて思い描いた経験」を再現しようとします。

もしかすると現実の経験で足りなかったと思う行動を、あとから追加したくなるかもしれません。
事実とは異なるイベントが追加されたり、起きた順序が変わってしまうこともあるでしょう。

そしてその経験が悲惨であるほど、何度もそれを繰り返して思い出さずにはいられないという場合があります。

思い出すことは苦痛であるとわかっていても、それをついつい思い起こしてしまう悪循環がそこにはあるのです。



この状態から抜け出すには、なによりもあなた自身がこの映像を映し出していることに気づくことです。

あなたは「かってに思い出してしまうんだ」と表現したいかもしれませんが、それでも自分がそれを選択しているんだと認めることです。

それは「やめようと思えばあなたが止めることが出来るのだ」と認めたくない理由があったっとしても認めてしまいましょう。

たとえ、どういう理由からそうなるのかはわからなくても、あなたがその苦痛と共に、なにかの欲求を満たそうとして、その結果、呪縛に陥っているのだと信じるのです「。

そして映像を上映するかどうかは、あなたがいつでも指示できると思ってみましょう。

いやな出来事が何度も繰り返されると感じていたのは幻想である。
あなたが中止を決めてみたら、そこには何も残らないのです。
ですが、習慣化しているとなかなかそれを信じることができません。

実際には何も起きていないのに、なにか忘れてはいけないことがあるように感じてしまう。
それは、たとえば出かけるときに忘れ物はないかとチェックするような習慣に過ぎないのです。

自分で繰り返し思い浮かべてしまうのをやめて、何も考えないでいる状態を作ってみましょう。
空白をすぐに埋めたくなる働きに抵抗して、からっぽのままでいましょう(慣れないと大変ではありますが)。

そうすれば、たとえ、現実や起きてしまったことは変えられなくても(実際そうなのですが)、
あなたの幻想の方なら自分の選択で消し去ることが出来ると実感できるようになります。

呪縛はあなたの手で消し去ることが出来るとわかることは大きな前進です。

もはや拷問に堪え忍ぶ必要はないのです。




ところで、自分で作りだした映像は、たんなる出来事の客観的な描写ではなく、あなたのシナリオをもとに描かれているはずです。

その映像は、人はどうあるべきかといったあなたの信念や、それに反する誰かの行動に対する非難等の感情が描かれています。

そしてあなたが、それをもう一度思い浮かべることで、それが理不尽な行為だと思っていることへの確信を、さらに確認し直す試みなのです。

たとえば他人に影響されまいと思っていても、
「こんなひどい目にあったんだよ、頭に来ても当然じゃない?」
「そうだ、そうだ、そう思うのはしかたないよ。」
という他の人の声を聞いたとしたら、
あなた自身で核心がなくても「やっぱり、そうだよね」と納得したくなるのです。

そして、ちょうどこのようなやりとりを、自分の映像の中でも繰り返してしまうわけです。

怒っている人にであったとき、つられて自分でも怒ってしまうか、相手をなだめてなんとか怒りを抑えようと反射的に構えてしまうか、自動的な反応になってしまいがちです。

しかし自分の独立を保とうと思えば、まわりに影響された反応でなく、「なぜ他人の怒りが自分を反射的に反応させているのか」、「それに流されるだけでいいのか」と考えることができます。

相手に合わせて自分も同様の反応を続けていれば、怒りの反応というものは,自分では制御できないものだと信じるしかなくなるでしょう。

しかし自分の反応を自分で制御すると決意し実行すれば、相手がたとえ怒り続けても、その怒りはその人個人の問題としてだけ存在することになります。

あなたは他人の怒りで常に左右される必要はないですし、相手の怒りを解決するのは、自分ではなく相手の問題であることを理解します。

いかに今まで自分が振り回されていたかに気づいて、それをやめようと決心できるのです。

そこら中で自分の感情が影響を受けて、自分を失ってしまうと、やっぱり世界はやっかいで不安定なものであるという信念を強めてしまいます。

さっきまで落ち着いていて、このままでいられそうだ思っていたあなたなのに、
ちょっとした他人のひとことやふるまいでたちまち自分を憂鬱にしてしまうのです。

他人があなたを常に好きでいてくれることを期待したり、相手をあなたの見方に同意していて欲しいと思って行動するとき、あなたはその度合いに応じて、自分の自由さを売り渡すことになるのです。

なぜなら、相手のちょっとした反対を感じれば、あなたの側の反応を計算しなければならないからです。

さらには、相手がそれに気づいたとき、意識してか無意識にかはわかりませんが、あなたの弱みを利用したくなるかもしれません。

そんなこんなで、あなたは相手次第で自分が左右される存在であるという誤った確信を強めてしまうのです。

あなた自身、自分のしていることが、他人に嫌われることの恐れから行動なのか、自発的なあなたの反応なのか、区別がつかなくなり混乱します。

あなたの自分への信頼は、それらの分裂した自分によって、わけのわからないものになってしまうのです。

そもそもの原因は、自分の気分を周りに影響にあずけてしまうのを許した為に起きています。

自分で独立した自分の感情の選択を維持するか、今まで通りのまわりに振り回されることを繰り返すかを選択しなければなりません。

今こそ、起きてくること次第で突然落ち込んでしまう不安定さを、まだ続けるのかどうかを選択するときなのです。


出来事自体はいつまでもあなたを憂鬱にするものではありません。

もし同じ事が繰り返し起こるなら、あなたのどの選択が原因かを探ってみましょう。
思い切ってそれを切り捨てることが可能ではないか考えて見ましょう。
それがあなたの悪夢の映像を繰り返す原因になっているのです。


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