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自我とは抵抗したいという思い

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小さい子どもは、何をやっても叱られることにうんざりして、こんなことを言い出すかもしれません。
『何をやってもボクが悪いんだね。じゃあ、ボクなんか何もしなければいいんだね』

子どもにとって、自分の素直な衝動で動くことが禁止されることは、思いもしなかったことです。

いままで、素直に自分を表現したら喜ばれていた。
それが突然、ダメだと言われ出す。一体何が起きたんだ?

素直な自分を表現したいという思い、それは自分の生存に関わる重大なことです。
一方で、親たちから認められないことは、幼い子どもにとってこれまた生存に関わる重大な問題です。

どちらも捨てられない。しかし両方を立てるわけに行かない。
葛藤が生じます。
この世界は、一筋縄ではいかないことがあるものだと思い知らされます。

ここで、片方を無視する行動に走れば、その子の社会的な適応は、不適応になるか、過剰適応するかのどちらかであって、どちらもそれぞれ問題が生じます。

たいていは、そこまで行かずに、何とか妥協する道を見いだします。
つまり、一方では自分の素直な衝動を温存し、表面的には適応した自我を育てるのです。
ダブルスタンダードを持たざるを得ません。

ですから、その優位な方の表れだけを見て、「この子は素直だね」とか「何でも反抗ばかりする子」といった判断をすることは、その一面しか存在しないかのように見誤ってしまいます。

もちろんそれは、大人になっても同じ事です。
子どもよりも巧妙にそれらは隠されます。

もちろん、それらはどちらが正しいとか言える問題ではありません。
どちらも、その状況に応じて、正しくもなり、正すべき事にもなります。
状況とは、社会であり、それに合わせるだけが正解ではありませんし、しかし極端に合わない行動は社会から排除されることも動かしがたい現実です。

私は「私」に抵抗して「社会」に合わせなければならない。
その「私」への抵抗として自我を作り上げていきます。

その抵抗の仕方は実に様々で、そのやり方こそがその人の人柄や人格といったものを形作ります。

その成り立ちからして、自我とは本来の自分に対して抵抗する働きです。
対象があってこそ、存在できるのが抵抗です。

しかし私たちは、自我が発達するにつれ、何かへの抵抗だったものが、もともと存在するものだと錯覚するようになります。
つまり、自我を維持するために、そのための自我を発達させていくのです。

しかし、自我のための自我、思考のための思考は、根っこを持ちません。
もともとの「私」が不在のまま、それは大きくなってしまったのです。

何かへの抵抗とは、何かがあってこそ成り立つ、つまり本来その何かに依存する存在であったことを忘れてはなりません。

自我のための自我とは、つまりどこかで作り上げた自分を存続させたいために、ひねり出す理屈とは、根無し草に過ぎないものだということです。

根無し草を信じて、あなたがいかに努力しても、もとになった「私」はそこにはもういません。
社会的にいかに成功しようと、「私」は何も満足しません。
いつまでも、何かむなしいままです。
「そんな事じゃない、ボクがしたいのは!」

自分がやっていることは、いかに立派なことに見えても、「何かへの抵抗」としてやっていないだろうかを確かめてみることです。

「私」が存在しない抵抗のための抵抗は、いかにうまくやろうと、あなたを満足させることはないでしょう。
一時の満足はあっても、すぐに足りない思い、「ボクを忘れているよ!」という訴えが浮上します。

「何かに抵抗していますか?」
この問いかけをぶつけてみましょう。

あなたが素直になるなら、その正体は明らかになるでしょう。

こんな問いかけも役立つかもしれません。
「いつまで抵抗しますか?」
「まだ許せませんか?」
「もともと何がしたかったんですか?」

根っこのない自我をいくらがんばってみても、あなたは満足できません。
あなたが欲しいものは、そんなに複雑なものではありません。
根っこにある思いとはもともと何だったんでしょうか?

何かへ抵抗することで、充実しているように錯覚しないこと。
抵抗とは、対象への依存に過ぎません。

あなたは、ちょうど批判するがための批判をやっているようなものです。
誰かの言ったことに反対してみる。
そうすると、あなたは相手より上になれたような気がする。
私の方がわかっているからこそ批判できるのだと。
しかし、それは対象があってこそ存在できる依存物に過ぎない。
「それでは、あなたはどうすればいいと思うのですか?」
と聞き返されると、あなたは何も言えなくなる。
もともと、よって立つ根っこなど、あなたは持ち合わせていなかった。
相手があっての批判でしかなかったことを思い知るでしょう。

抵抗ではない、存在そのもの、ただそうであるだけで満足できる根っこに戻るのです。
今までの自分を維持したいがために、嘘をつかないこと。
「こんなに努力してきたのに」と思うと残念だ、認めたくない。
しかし、あなたが本当にしたいことは何ですか?


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