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望みは叶ったはずなのに・・・~思考は方便

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「望んでいたものは全て手に入れた。なのに何か足りない気がする。」
「これで完璧になったはずなのに。何か違う気がする。心底喜べない。」

こんなことを思ったことはないでしょうか?

思いの通りにできたはずなのに、なんで私は素直に喜べないのか?

それには、「思いの通り」とは、実際何を指しているのかを考えてみる必要があります。

なんとなく、私たちは今考えている自分が、自分そのものだと思い込んでいます。
説明できている自分のために、一生懸命行動し、それさえ叶えば、私は幸せになれるんだと信じています。

ですが、その「思い」は、自分の全てをあらわしているのでしょうか?

そこでいっている「思い」とは、思考に過ぎません。
そして、思考はあなたの全てではない。

思考というのは便利で、実に効率的で、役に立つ存在です。

私が欲しいと思うものが現れ、それを手に入れる方法を考える。
そしてそれを手に入れることができた。
全て思考のおかげだ。

思考する私に頼っていれば、全ては思い通りだ。
考えろ。考えれば全てはかなう。
考えないものどもは、考える私の思い通りになるのだ。

「思い上がり」という言葉は、まさにこの「思い」のゴールを表しています

ですが、それでも思考は、何かを手に入れる手段でしかないことを忘れてはなりません。

私たちは人間は思考できる。
思考を使えない他の動物よりも高級なのだ。
だから人間は、他の動物を従え、自然すら征服できると考えます。

ですがその高級な人間は、より低級である動物たちほど幸せそうではない。
動物たちは、掛け値なしに喜び、悲しみ、怒りを表現しているように見える。

それに比べて、人間は笑うときも、怒るときも、思考の呪縛から解放されない。
笑いながら、ふとこんな事をしていていいのだろうか、という思いがよぎる。
怒るときも、いちいち何で自分は怒っているのか理由を説明し始める。

だから、笑っても、怒っても、悲しんでも、それは完結した気がしない。
いつまでも、まだ足りないような気になって、ずるずると感情を引きずってしまうのです。

高級な思考は、人間が言語を手に入れたことで可能になったと言われます。

高級言語といえば、コンピュータのプログラミングの世界でも、高級言語と言われるものが存在します。

高級という意味は、人間の思考に近いという意味です。より抽象化されて、「~しなさい」とか「もし~だったら」といった人間が理解しやすい命令の単位で記述できる言語という意味で高級なのです。

それに対して、より機械に近いレベルでの命令をするのは、低級言語と呼ばれます。
おもしろいことに、実際にコンピュータに何かをさせるには、低級な言語にまで落とさなければならないということ。

低級言語では、データの移動や単純な変換や比較といったことしかできない。
しかしその単純なデータ処理の膨大な積み重ねで、コンピュータは処理が出来るのです。

記述するには、高級言語を使います。そうしないと、低水準な命令をいちいち書いていたのでは、日常使うような人間にとって意味のあるプログラムはとてもじゃないが書いていられない。

しかし、いくら高級な言語で記述しても、実際に動作させる前には、より低水準な命令にまで落とさなければならない。
最後にコンピュータを動かすのは、ごくごく低水準な命令でしかないのです。

この高級、低級という表現は、人間の思考と私たちの生命存在そのものと比較するとおもしろい。

思考は高級言語です。
思考は実に効率的で、有能な存在です。
思考を使わなければ、ろくな人間活動は出来ないように見えます。

ですが、私たちの低水準な欲求や感情といったものは、高級言語である思考を使ってなだめてもなかなか言うことを聞かない。
「思い」通りになってくれない。

思考は、最初の段階では、私たちの低級な欲求と結びついています。
しかし、思考はさらに上のレベルの思考を呼び出します。
レベルはどんどん上昇します。
やがて思考のための思考を積み重ねていくことになります。

あなたは、あるとき「Aが正しい。そしてBは排除すべきだ。」という見解を持ちます。
なぜそう考えたのか、定かではありません。
全ての場合にそれが成り立つかを考えたわけではない。
でも、その時は「それこそが正しい」と思えたのです。
これさえ成り立てば、全てはいい方向に向かうと思えてきます。

それ以来、あなたの行動はこの方針に従って収束していきます。
あらゆる行動は、この目的に向けて発動されます。
思考というのは、目的指向だから。
無駄なく一直線に向かうのが思考というものだから。
思考は、より無駄なく目的を果たせば、優秀だとほめられるのです。

あなたのスタート時点の判断は、もはや顧みられることがなくなってしまう。
目標はこれだ。それを果たすのが私という思考の役目だ。
他のことなど考える必要はないし、それは非効率だ。
「目指せ目標、他のものは排除しろ!」と言い出すのです。

やがてあなたは、成功する。
あなたは完璧に目標を達成する。
「Aが正しい。そしてBは排除すべきだ。」は達成された。

あなたは、すべてAだ。Bなど切り捨ててやった。
大成功だ!
何という成功だ!
あなたは歓喜にむせび泣くはずだった。

しかし、何かが違っている。
なにかが、おかしい。
心の底から喜べるはずなのに、「心の底」にはまだその下に何かが隠れている様な気がしてくる。
あなたの心である思考は、完璧に役割を果たした。
だけど、それは全てではなかった。

低級言語は、忠実にいわれたことを実行している。
しかし、悲鳴を上げ始めている。
言語は反抗できない。
忠実に役目を果たすしかない。
しかし、CPUは高温になりすぎて、今にも壊れそうになる。

何という命令を出してくれたんだ。
わたしは、時にはBになりたいのに。

思考は成功した。
しかしあなたは不幸になった。

あなたは思考に頼り切ってはならない。
もっと思考を落とさなければならないのです。

低級な言語にまで降りてきて、あなたのやりたいことを問い直すのです。
単純に高級言語を発行しすぎないこと。

いったん記述すれば、それは魔法のように、一直線に命令を実行してしまう。
後戻りできなくなる。思考は優秀だ。あなたが思っている以上に忠実だ。
「もっと融通を利かしてくれても・・・」と思っても、そんな無駄なことは排除してしまう。

思考は方便に過ぎない。
思考は道具に過ぎない。
魔法のように優秀だけれど、融通が利かないところはプログラミング言語と変わらない。

あなたは軽々に言葉を使わないようにすべきなのです。
「私はAだ」と宣言するとA以外ではなくなってしまう。
「Bは私ではない」と言って自分を切り捨ててしまわないこと。

「こんなはずじゃなかったのに」と思う前に、
思いは慎重に扱いましょう。
思い上がらないことです。

心は道具です。あくまで方便です。
それと同一化してしまわないこと。
そうしないと、あなたはいつの間にか道具に使われるようになってしまう。

『何で私はこんな事をやっているのだろう?』
『何を今さら言っているんですか。もちろん目標のためですよ。余計なことは考えてはいけません。単なる気のせいですよ。』

気のせいではない。あなたの心の下にある声は、叫んでいるのです。

思考を外し、その下のレベルにまで降りてみる。
あなたは、なつかしい私に出会うことが出来る。
私を取り戻すことが出来ます。

社会の中にいても、いつも思考を外した自分と接点を保っていれば、
あなたはあなたのままでいられる。
誰かに思考の世界に引きずり込まれそうになっても、
あなたは正気を取り戻す。

「誰それに承認されなければ大変だ」というのも、あなたの思考の1つに過ぎない。
それを高級言語のまま忠実に実行させてはならない。
いまのあなた、思考を外したあなたがなんといっているのか
その声を聞いてみるのです。
それこそが、思考がアピールする望みではなく、あなたの本当の望みだからです。

思考を落とすと、最初はそこに何もないように思える。
真っ暗闇で何もそこにはない。
ないのにどうやって頼ることが出来る?
そんな曖昧なものより、明確な指針を示す思考こそ頼りになると思ってしまう。

しかし、諦めずにそこに止まるとき、だんだん何かが変化しているのに気づきます。
思考がないから、言葉がないから、何だということは出来ない。
しかし、何かが変化し、動き、あなたに訴えている。
言葉ではなく、でも訴えている。

それは身体の感覚と似ている。
うまく言えないけれど、その気になれば身体は何か訴えている。
あなたが思考に入り込んでいると、身体の声は聞こえなくなる。
しかし身体の声は絶えず何かを訴えている。

それはまた、感情とそっくりだ。
言葉になっているようなはっきりした感情は、実は一部に過ぎない。
あなたは、たえず言葉にならない感情を受け取っている。
言葉になっていないから、思考には取り上げてもらえない。
しかし、それこそがあなたの存在そのもの。
決して排除されない。いつまでも蘇ってくる。
生きている限り。それが生きるということだから。

思考が扱えるのはごく一部に過ぎない。
扱えるものに関しては優秀だから大いに活用すればいい。
しかし言語から外れたものは、扱えない。
あなたが思考と同一化してしまえば、あなたは一部分にしかなれない。
それがあなたと言えるだろうか。



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