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兆しの現れないうちは、・・・

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何事も手遅れになってしまうと、事をおさめるのが大変になってしまいます。

その兆候に気がついたら、小さなうちに対処しておけば、手が着けられないほど大きくなってしまうこともないのです。

しかし、私たちはこうした予防する処置を、だんだん人まかせにするようになっていないでしょうか?

つまりは、仕事が分化し、様々な専門職が現れてくるにつれ、私たちは素人が手を出すより、専門家に任せてしまえばいいと思うのです。

どんどん物事が複雑になるにつれ、もはや自分で考えることなど役に立たない、だから考えることを放棄し、餅は餅屋に任せてしまいます。

「生兵法は大怪我のもと」というのは、確かに正しいし、素人がわかった気になって錯覚しているのを見ると、非常に危険なものを感じます。

しかし、だから手を引けとか、全て放棄しろと言ってしまえばいいかというと、そこに言葉の落とし穴が潜んでいるように思います。

何もかも専門家に任せてしまう態度は、やがて自分で感じ取る力を使わなくなり、感性など当てにならないものと思ってしまうからです。

いくら専門家がこれが正しいと言っても、自分にとっての真実は自分にしかわかりません。

「兆しの現れないうち」に微細な変化を感じ取るのは、それが言葉で表現される前の段階で現れることがほとんどでしょう。

兆しの現れるか、現れないかの段階で感じ取れるのは、個人の領域でしかありません。
それは、専門家の意見を聞く時のような、言葉になってしまう前の状態なのです。

痛い目に遭ってからなら、誰でも反省し賢くなるのです。
しかし、それでは本当は意味がないのです。
未然に防げてこそ、賢いと言えるからです。

これはいい経験になった、利口になったと喜ぶだけではなく、なぜあらかじめ手を打てなかったのかも考えなければなりません。

失敗することがダメだというのではなく、失敗に至るまで気づけない習慣にメスを入れるべきです。

人は何度も経験しながらも、同じたぐいの危険を見逃します。
どんな危険かはもちろん個人個人違うのですが、一人の人に固定してみていると、実にはっきりした傾向が現れることが多いものです。

早い話が、同じ事で失敗を続けるのです。

同じような兆しに鈍感であり続けるのです。
なぜ鈍感になるかと言えば、その兆しを感じると、即座にこう考えなければいけないと言い張る言葉が主導権を握ってしまうのです。
ですから、あいまいな兆し、言葉になる前の感覚など、邪魔なもの、気の迷いとしてしか扱われないのです。

そのような公式が働けば、同じ失敗が繰り返されることはあきらかです。

私は失敗を経験した。反省した。身をもって感じた。罰は受けた。
「だから今後は賢くなるだろう」と思うのですが、いったん公式が働き出せば、結局何も変わらないのです。

言葉に頼っている限り、それはやまない。
私のことを説明で作り上げている人は、いつまでも変われない。

「これだけは言っておきたい」という衝動は、正当な場合もありますが、今までの自分を正当化したいという欲求であることも多いのです。

言葉は兆しがはっきりと形をとってからの表現です。
兆しの現れないうちに、それを処理したいなら、自分で感じなければならない。

誰もが納得することをやろうと思っていては、あなた自身はどこへ行ってしまうのでしょう。
その損失は、やがて兆しから、はっきりした形をとるものになっていくでしょう。
あなたは、誰もが納得するものにはなれるけれど、自分自身だけは納得していないものになってしまうでしょう。


其の安きは持し易し、其の未だ兆さざるは謀り易し。(老子第六十四章)

安定しているうちは維持しやすい。兆しの現れないうちは、それを処理しやすい
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